ヒューマン・コード
初世暦3474年3月16日 記録:モノ・クローム
ビビビビビビッ
携帯端末の電子音が、俺を暗闇から引きずり出す。
アラームか、いや、電話だ。
昨日なら、永遠に毛布の中でうずくまり眠っていたいと願っただろう。だが、今日起きてからは何だか心が落ち着かない。それは電話の内容が原因だった。
ベッドの端に座り、音の鳴る方へ手を伸ばす。
「はい、モノです」
俺はモノ・クロームという者だ。政府の直属研究機関で働いている。『リバースエンジニアリング』って、知ってるか?
考古学者のチームが世界中を旅し、古代の技術の発掘調査を行う。そして発掘した遺物を分析し、その情報を基に、より高度な科学技術を開発する。それが仕事。
<おはようモノさん、朝早くに申し訳ない……デカい仕事がやって来たかもしれませんよ。会議を開こうと思いまして、すぐに来てほしいのです>
所長の声はわずかに震えている。緊張しているのか?
「ん、じゃあ、これから朝飯を食べるんで、片付けたらすぐに向かいます」
<了解しました。では後ほど――>
所長が先に電話を切った。
デカい仕事とは一体何だろうか。
軽乗用車を走らせ都市の郊外まで出ると、山沿いを囲む幹線道路が見えてくる。その出入り口付近に建つ、流線型の建造物『ダスターファクトリー』。
普段はそこで働く者のみが、敷地内に入ることができる。俺は建物横の駐車場に車を停め、入口まで歩く。回転式の扉に入り、スキャナーに体を近づけると、緑のランプが点灯して俺を建物内へ押し込む。
今まで登場した機械や何やらは、どれも古代の遺物を復元したものだ。これらのお陰で、ここ数年の社会は劇的に変化している。
入ってすぐ、廊下に接続する二つ目の部屋、入口のディスプレイには"会議中"と書かれている。ここは元々応接間だったが、急ごしらえで会議室を設置したのか。
扉が左右に退き、中にいる全員がこちらを見る。俺がビリのようだ。
「来ましたか。さ、そこへ座ってください」
所長は宙に浮く手で、手前の席を指す。
部屋の中心にはテーブルがあり、二人の幹部が左に、右には所長とノートPCが一台、オンラインの出席者。
俺は全員の、不思議そうに奥を見る顔を確認しながら椅子を引き、視線を皆が見る方へ向ける。置かれているのは、どこからか持ってきた電子黒板、画面に映るのは……この国の首相だ。
ん、首相!?……開発依頼を、わざわざ国の首長が?
初めての経験だ。皆の顔が困惑を現していた原因か。
<研究所の諸君、朝早くから集まってくれてありがとう。私はこの後大事な会議があるので、早速本題に入りたいと思う>
ドリエル首相はいつもTVで見るように、その眩しいばかりの笑顔を一ミリも変えず、しかし眉間にシワが寄っているが、語り始める。
<……諸君らには、『人間』を作ってもらいたい>
「人間!?」
一瞬どよめく。
<厳密には人間ではないが、しかし人間と同じことができるものである>
俺はすかさず聞く。
「ヒューマノイド、ですか」
<その通り。先進諸国は、人型ロボットの開発を進めている。私達も追いつかなければ、時代の波に呑まれるだけである。>
「詳しく教えていただけますか?」
所長は首相の方を見て言った。
「その、急に難題を言い渡されて、皆さん混乱しているので……」
人型のロボット、所謂ヒューマノイドを実用化できた国は未だ無い。とにかく時間と資源が大量に要るからだ。
<分かった。では、ヒューマノイドを作る労力に見合う、理由について説明しよう>
<我が国の人口はついに減少に転じた。労働者の不足はこれからさらに深刻になるだろう。そこで、人材不足を補うようにヒューマノイドを投入したい。>
「利点はいくつもありますね。彼らは人間と同じ規格の道具を使えるので、わざわざロボット用の設備を作らなくても良いわけですか」
<もう一つ、重要な事がある>
<最近、金朝が東海岸で大規模な軍事演習を始めたのはニュースで見たことがあるだろう。奴らの矛先は、ついに私達に向いてきた>
金朝。西、海を越えた大陸の国。その地域はたった数年前まで、複数の軍事国家がひしめいて存在していた。その中に突如現れた新興国、周りの国を片っ端から薙ぎ倒し、今なお領土を拡大し続けている。
<奴らは、大洋に沈む希少金属鉱脈に目をつけた。その為、次に狙うのは我が国を含む、東海岸沿いの島嶼国である。>
<対して我が国は対抗できるのか。兵士を増やそうにも人口が足りず、かと言って国防費を増額すれば国民の強い反発を招く。このままでは、私達は蟻のように踏み潰されてお終いだ……>
首相は手を組み、俯く。
「そこで私たちにヒューマノイドを?」
<そうだ。彼らは従順で、頑丈になる。兵士としても活躍できるだろう>
「ですが――」
<プロジェクト名は『ヒューマン・コード』私達は成し遂げなければならない。異論は認めない。これは決定事項である>
首相は所長のツッコミを跳ね返し……異論は認めない……?
民主主義国家の首長が口にするには、あまりに独裁的な響きだ。
「ん?」
その時、外から大勢の足音と、誰かの怒声が聞こえる。
しかし一瞬の騒ぎは、すぐに静まった。
画面の中の首相は、相変わらず貼り付いたような笑みを浮かべたまま、こちらをじっと見つめている。




