前夕
初世暦3474年4月19日 記録:モノ・クローム
なるほど。前回はあの邸宅でログアウトしたから、客間に出現した。
ネウトラリスが目の前の椅子に座っている。
「もういたのか」
「モノさん」
「私を信じてくれるのなら、今から言うことをよく聞いてください」
「分かった」
俺も腰を下ろした。前とは逆の構図だ。
「今から丁度72時間後、あなたの国で、大規模なインターネット遮断が発生します。それから間もなく、金朝の侵攻が始まるでしょう」
「……それは、信頼できる情報か?」
「私を信頼しているのなら、そうです」
「……それから?」
「弾道ミサイルが、重要機関やインフラを攻撃します。あなたの研究所も含まれるでしょう」
「最悪の事態が起こる前に、私を救って欲しいのです」
……にわかには信じがたい話だが、正直なところ、可能性は半々となる。俺はかなり重要な判断を任されてしまった。
「ああ、これは、考える時間が必要だ。それじゃあ、次会う時は……現実世界かも」
彼女は立ち上がり、握手を求める。
「約束です」
「……最善を尽くそう」
感触はなかったが、強く握ったつもりだ。
ザザザーッ……。
「冴えない顔ですね」
ゴーグルを外して座り込む俺を見て、研究員が問いかけた。
「……」
彼女、前と雰囲気が変わったような気がする。以前の彼女には、真偽は別として『人間らしい揺らぎ』があった。
だが今は違う。彼女の言葉には迷いが一切ない。この違和感が、俺の胸に棘を刺す。
三日後、侵攻が始まる。これを信じるかどうかが、最大の問題だ。
個人的には、信じたい。戦争が近づいているのは、最近の軍の動きを見ても明らかだろう。
だがやはり懸念点もある。さっき言った、ネウトラリスの雰囲気が変わったことだ。
彼女の身にもし何かあったのなら、俺を欺いたのかもしれない。
確かめる方法は一つ。
「ハァー……。インテグラル!」
インテグラルが通りかかったが、俺が見つかる前に言った。
「ぉお、どうした?」
「外装はどう?すぐにでも装着させたい」
「……少し不安定な点もあるがァ……そこまでお望みなら」
「ありがとう。ネウトラリスをボディと同期させる。三日後だ」
「ふつッ……!?ちょうど外骨格も出来たところで、人間っぽいロボットどもご対面か?」
「それじゃ、そこのモニターをどかせ!」
ゲームセットとモニターが取っ払われ、ボディは直立姿勢のまま台に固定された。
「まずは今付いてる皮を剥がすぞ」
部屋に工具を持った研究者が大勢入ってくる。彼らはバラバラになった装甲板を、カートに載せて運んできた。
現場は、一ヶ月前、古代の石像を分解した時のような雰囲気に戻った。
あの時とは違い、ボディには仮の皮が張り付いているだけで、剥がすのに回転ノコギリは使わない。
純白の仮皮の代わりに、灰色の特殊な装甲を装着する。サイコロジスタの生体装甲と、俺の皮膚組織を合成したものだ。
案の定、パーツごとに付けた装甲は、すぐにお互いを接着しあって、一枚の外皮が出来上がった。
「ロボットの完成……んで、同期日が確定したのは理由がありそうだな」
「ああ。ちょっと、粗消も連れて来る。三人で話そう」
彼は身体にセンサーを貼り付けたまま、壁にもたれ掛かって水を飲んでいた。
「粗消さん、大事な話が」
「ん?オーケー今行く」
俺、インテグラル、そして粗消の三人で向かい合い、静かな会議を始める。
場所は首相から依頼を受けた、あの部屋だ。誰も入ってこれないように、鍵をかけておいた。
「一ヶ月か……早いな」
粗消が他愛もない話で切り出した。
「そうだな!最近は事件の詰め込みセットさ」
「恐らくこれからも……平穏が訪れることはない。ネウトラリス、AIが、三日後に金朝の侵攻が始まると言った」
「はぁー……本当か?」
「完全には信じきれない。だから明らかにするために、計画を立てたい」
「まァ本人に聞くしかないな!」
「だとすると、タイミングが大事だ。俺たちは危険な賭けに出ることになる……」
……
「上手くいくと良いが……じゃあ、当日にね」
そう言って、俺たちは別れた。
建物外に出た。太陽は西に傾き、空は橙色に染まる。
駐車場の先で、カーペット中佐が空を見つめている。
「中佐、こんな所で何をしているんですか?」
「ン、ああ、クローム博士か。オレはな、明日もこの美しい景色が見られるかどうか、心配してる」
「軍人、命令があればその通りに動くし、部下にも動くよう命令する。でもよ……ここ最近の政府はどうかしてる。どうあがいたって金朝に勝てるわけがないだろ!」
ここでは、彼は軍人ではなく、一人の国民として、嘆いている。
「ゴンザレスは悪いヤツじゃねえ。バカ正直なんだ。無謀なことも引き受けるけど、詰めは甘い……」
「詰めは甘い?」
「そうだ!あんだけ精鋭を用意したのに、機密情報を盗まれやがって――」
「え?」
「――ア、やった」
情報漏洩。もしや金朝に盗まれた?
「えっそれでは、金朝がここを攻撃したり、軍隊を送ってくるなんてことはあり――」
「得る……なぁクローム博士、その、今の黙っててくんね?」
「……明々後日だったら腰を抜かしていたでしょう。教えてくれてありがとうございます!急がなくては!」
中佐にお辞儀をした。180度回転して走り出す。
「ワァ待て!」
彼の声で慌てて振り返ると、腰に差した拳銃のグリップを、ぽんぽんと指先で叩いている。
(そんな風に焦りながら走ると、兵士に目つけられるぞ!)
これが彼の伝えたいメッセージ……警告なんだろう。
「あっそうですね……すみません」
中佐が歩き始め、俺もそれに歩調を合わせ、それぞれの職務を勤めに行った。




