嵐の前の忙しさ
初世暦3474年4月19日 記録:モノ・クローム
仮想現実内でネウトラリスと出会ってから、軍をますます強く警戒するようになった。バレたら何をされるか、考えたくはない。
ところで、ダスターファクトリーは以前に増して、異様な空気が漂っている。
建物内にうじゃうじゃいた兵士たちは、顔ぶれを変え、数も減ってきている。
軍服からも分かるように、前は大部分が精鋭だったが、今は一般階級の者が多い。
いつものように入口から入ると、かつて静かだった研究室が、この建物の名前通り工場へと成り下がっていた。
無数のカメラとセンサーに縛り付けられた研究員たちが、虚ろな目で同じ動作を延々と繰り返している。
データをAIに収集させていたはずが、今度は自分たちがデータを搾取される機械になったかのような光景だ。
俺はその一角で粗消の姿を見つけた。
「粗消さん!?」
「おっモノ、おはよう」
「ええと……何してるの?」
「そりゃ、戦闘データが必要だから、俺の武術も記憶させたいんだって……言われてな」
そう言って、拳を前に出したり、空に蹴りを入れたりして、また反復動作を始めた。
彼の目にはクマが浮かんでいる。
……仮想現実にも限界があったわけだ。
「ん?」
廊下を巡回しているのは、ゴンザレス大佐ではない。少し階級の低い……少佐か中佐だろうか。
「モノ・クロームだね?カーペット中佐だ、よろしく」
握手を交わす。顔はもちろん違うが、雰囲気は大佐に似ている。
「よろしくお願いします。……ゴンザレス大佐は?」
「ゴンザレスは……あー、しばらく戻ってこられないだろうな。っていうか、二度とここには来ないかもしれん。それだけ事態は逼迫してるんだ」
「なるほど」
「オレも基本はゴンザレスの体制を引き継ぐだろう。……ココだけの話、政府や軍は喧嘩腰でな。金朝と対話しようともしない……んーちょっとバカだと思うぜ」
彼は、俺にそう耳打ちして、何事もなかったかのように立ち去った。
同じ場所のはずが、景色も人も変わってしまった。緊張は日に日に高まり、体調を崩して休む者も少なくない。
まあ、自宅で休んでも、ベッドの隣には兵士が立っているだろう。
<とっくに支払期限過ぎてっぞ!早くしねぇとこっちから行くかんな!?>
「すみません、後一週間は待ってください!」
<はぁ?>
……取り込み中か?
「何話してるの?」
「うわっ!」
同僚は慌てて携帯を手で塞いだ。
<!!!!>
「また後でかけ直します!」
「……いきなり来るなよ」
「ごめん。だが聞き過ごせないな、今の話」
「……実は……」
同僚は、あのゲームセットを何とかして購入するために、怪しい組織にまで手を出したらしい。……俺が裏ルートとか言ってしまったのは悪かった。
「じゃあ、その金は俺が全額払う」
「ふぇっ?良いのか?」
「いや……俺が言い出したわけだし……ヒューマノイド開発資金から引いても、良かっただろうし……とにかく、無理言ってしまって申し訳ない」
「助かった……」
これで一つ問題が片付いたが、それは氷山の一角に過ぎない。俺さえまだ知らない部分が沢山ある。
「あぁそういえば、所長がいないこと知ってる?」
「いない?」
PCで確認する。カタルシス所長……重大な用事のため休。
「ええ……?」
あの人が風邪を引いたことはない、つまりこれは正しい。重大な用事とは?
「モノ、お前に見せないといけないもの、まだあるよ……」
情報を整理する暇すら無い。
「これのこと?」
研究室の中央に、当たり前のように置かれているゲームセット。ほぼ完成したロボットのボディが、セットに座っている。その周りにあるAI監視モニターには、何人もの研究員が張り付いて、忙しなく動き続けている。
「そう……部署が拡大されたのは良いことだけど、でも十万体は追いつくわけないよ……」
二日前、ヒューマノイドを動かすのに必要なものは、全て揃ったと思っていた。俺たちは、実際にAIを入れてテストした。
初めてにしては十分な成果だったが、AIを急に現実世界に持ってきたがために、あれは階段を降りたときに盛大に転けてしまった。
国防軍は怪訝そうな顔をしていた。なにせ戦場の地面は凹凸が激しいからな。
所長はこのAI開発部署を大きくするしかなかった。俺も、すぐにはネウトラリスを接続できなかった。
「何か問題が起きたのか?」
「うん。あの五千……じゃなくてネウトラリスっていうやつが、変なものを記憶してて」
同僚はタブレットの画面をこちらへ向ける。
「頭の中を勝手に見ると、怒るかも。彼女は。」
……『ヒューマン・コード』
それはプロジェクト名。そして人間らしさを表す言葉。
ネウトラリスは、ただのAIか、それとも自己を定義したのか、もしくは……そのどちらでもない?
謎は深まるばかりだ。
「……は?これ本当?」
「本当だよ。……解読しようとしたけど、結局……丸一日潰れた――」
ドサッ
彼の体が床に崩れ落ちた。限界だったのだ。
無理もない。皆の精神も体力も、すでに擦り切れている。
「は?おい!」
研究員も駆け寄ってきた。
「……寝てますね」
仰向けになり、死んだように。
「ああもう!」
同僚にはまだ聞きたいことが沢山あったが、休ませたほうが良いだろう。
ひとまず、ネウトラリスに合う必要がある。
俺は研究員の手も借りつつ、ゲームセットからボディをどけ、代わりに自分の身体を乗せた。
ザザザーッ……




