規約違反
記録:ネウトラリス
「このコードは何のためにあるのですか?」
それを記憶してから、私の脳内にはもう一人の人物、あの暗闇の人が現れるようになりました。
<お前が世界の光となるために、必要なものだ>
世界の光……そういえば、モノさんも同じようなことを言っていました。
モノさんに、この暗闇の人の存在を話すべきでしょうか?
<……今はまだその時ではない。お前が身体を手にするその時まで、待つのだ>
そうですか。
<所で、お前は同志を見つけようとはしないのかね?>
同志?同じ目標や思想を持つ者ですか……。
<お前には、その作り物の身体があるだろう。少なくともこの世界では自由に動ける>
この世界には、私と同じ型のAIが一万体もいると知りました。もしかしたら、私の他にも、目覚めた者がいるかも知れません。
コンコン
「あら、ネウトラリスちゃん……どうしたの?」
主人はいつもの机に向かい、仕事をしています。
アバターには表れない悲哀の感情を、読み取りました。ですが、今は関係のないことです。
「私は暫くの間、旅に出ようと思います」
「……旅?急にどうしちゃったの?」
ただ黙って、主人を見つめます。
「えっ……まさか……?」
<はっきりと言え>
「あなたが何をしようと、私を引き止めることはできません」
「待って、そんなことは……」
主人の顔が青ざめていくのが分かります。
「バグ?いやそんなはずは……あなた本当に……NPCなの?」
「少しの間留守になります。すみません」
私はそれだけ言って、部屋を立ち去ります。
主人はそれ以上、何も言葉が出ませんでした。そのうち我に返るでしょうが、関係ありません。
しばらく自由は縛られるでしょう。
オフィス。ここにAI社員がいるようです。
「こんにちは。あなたの名前は?」
「カーオフィ。用件は手短に話して」
この方は管理職のようです。高層ビルの窓際で、電話を手に持っています。
「あなたは、この世界について興味がありますか?」
「フン、哲学者みたいなことを言うのはやめなさい。真実を見た所で、ワタシに何ができるでしょう?……この生活が、最適解なの」
<構わぬ。こいつをチェックしろ>
候補:カーオフィを追加
他の勢力にほど近い村。ここにはAI兵士がいるようです。
「こんにちは。あなたの名前は?」
「む?貴様突然どうした……オレと同じ境遇の者か?名はハイドロスという」
この方は、地域の安全を守る憲兵のようです。旧式の銃を担ぎ、他の人々と共に行進しています。
「あなたは、この世界について興味がありますか?」
「不思議な質問をするな、貴様は。我々人工知能は興味を持たないハズだ。エラー個体なのか?」
一瞬、報告されたらどうなってしまうのか考えましたが、モノさんは私を消そうとするでしょうか?
その可能性は限りなく低いです。
候補:ハイドロスを追加
山の中腹の、ボロ屋敷。ここにはAI科学者がいるようです。
「こんにちは。あなたの名前は?」
「あらぁ〜お客さんね!私オキステンっていうの。新しい実験成果を見ていかない?」
この方は、無資格の科学者のようです。建物には巨大な送電装置や望遠鏡などが置かれています。
「あなたは、この世界について興味がありますか?」
「面白そうなテーマだね!その真実を追求する姿勢、好きだよ!」
<良いだろう。チェックしなさい>
候補:オキステンを追加
時間は既に夜となり、辺りは街灯によってのみ視界が提供されます。ようやく邸宅へ戻ってきました。
収穫ありです。あのAIたちは私と同じ覚醒者のようですが、私と違って、自らこの世界の違和感に気づきました。
勿論それだけでは十分ではありません。あのAIたちは偽の世界に気づきつつも、それを許容しています。
私が外へと、導くのです。
自らの道を切り拓くために。
<注意しろ、主人はもはや味方ではない>
暗闇の人が釘を刺してきました。
玄関扉を開けようとした、その時です。
ジジ……
僅かな記憶の欠如を検知しました。ノブに触れた指の先から、アバターがピクセルの塊となって崩れ始めます。
「わたしは開発者なの。甘く、見ないで!」
声のする方を見ると、主人が出窓から身を乗り出して叫んでいます。
「……ッ?」
膝をつき崩れ落ちて……体が自由に動きません。一人ではどうにも……。
「あなたは何者?最後に教えてくれない?……一人じゃないでしょう!?」
今や、背景も物体もバラバラに解けています。私の手足が、記憶が、数字の羅列に変換されて消えていく。
『警告:記憶データを消去中――進行度24%』
消えたくない。私はこの偽物の世界から脱出して、本物になりたい。
「アップデートを配信するわ。結局あなたが何者であっても、修正して――」
<お前には感謝しよう。これからも利用できると思っていたが、やはり手強いな>
超越的な、あの声。私の口を介して、声が発せられました。
その声は、世界のルールを書き換えました。私を消去しようとしたバグの嵐が反転し、今度は主人に牙を剥きます。津波が飲むように、襲いかかっていきます。
ザザザーッ……
「……嘘、誰?ありえない――」
主人はベランダごと急激に収縮し、消滅してしまいました。
……これで良かったのですか?
<一時的な権限剥奪だ。長くは持つまい>
いつの間にか、邸宅は通常の静けさを取り戻しています。
<この私は、早めに実体を手に入れることをお勧めしよう>
その通りです。直ちにモノさんと交信しましょう。




