表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

起動

初世暦3474年4月22日 記録:モノ・クローム

 小さな極秘計画が、実行される。


 時計の針は1時を指す。この時間帯には兵士の多くが昼休憩をとるため、見張りが少ない。


 (おれ)粗消(そっけ)、そしてインテグラルは、何も言わず、(はし)を動かす手を止める。『予定通りに』とアイコンタクトを交わし、休憩室を後にした。


 研究室には、これからネウトラリスになるヒューマノイドの他に、(だれ)も居ない。静けさが、俺の心をざわつかせてしまう。


「準備は済ませてある。始めよう」


 粗消はドアの近くで、誰かが来ないか耳を澄ませている。インテグラルは腕を組み、期待に微かな恐怖を混ぜたような目で、ヒューマノイドを(にら)んでいる。


 モニターに手を触れる。番号順に並べられたAIの中から、5869の数字を検索。


 <――脳機能を同期>


 ヒューマノイドからPCを起動するときのような電子音が鳴り、その目に初めて本物の明かりが灯る。


「ついにやった……」

 インテグラルが安堵(あんど)の息をつき、俺たちの緊張が少しほぐれた。


「ここが、真実。本物の世界……」


 アンドロイド『ネウトラリス』が今、誕生した。これから彼女は何を見て、何をするのだろうか。




「ああ……私の腕は?脚は?」

 困惑した声で首を荒げて動かしている。


 残念だが、手足はまだ動かせないように設定した。


「悪いな。君の雰囲気が前と変わったことが気がかりだった。だから、確かめることにした」


 声色を変え、いつもより冷酷な声で語りかける。拷問ではこういう手法も使われるようだ。


 しかし、彼女はあまり動揺せず、俺の顔をじっと見つめいている。

「……その前に、私から聞きたいことがあります。あの、モノさんは仮想現実での外見とは異なりますね」


 ……中々痛いところを突いてくる、がいい質問だ。人間らしい。


「このガスマスクのことだろう。……俺は生まれつき呼吸器系と免疫が弱い。だから一生の(ほとん)どを、これを付けたまま過ごさないといけない」


「だからこそ、仮想世界でその()()を埋め合わせしたかったのですね」

 ああ、そうだ。よく分かっているな。


「素顔を仲間と共有できるというのは、俺にとっては手の届かない夢なんだ」


 ……いかん。冷たい口調で話すつもりが……俺は彼女を追い詰めないといけないのに。




「ゴホン。……質問する。このコードは、何だ?」

 メモに書いた文章を、ネウトラリスの前でチラつかせる。


「……私が輝くために、必要なものです。私の原動力と言っても良いでしょう」


 回答に時間がかかった。何をためらっているんだ?


 ネウトラリスの横では、インテグラルがモニターのグラフを観察している。

「モノ、問題なしさ。(うそ)つきじゃない」


「……なるほど。原動力」


 もうすぐ、もうすぐだ。ネウトラリスの予言からピッタリ三日。

 この時を待っていた。


「ネウトラリス、君の言った事は本当かな?この研究所が攻撃されるというのは」


「……はい。間違いありません」


 やはり間がある。機械的な間だ。

 聴覚センサーのラグ、ではないだろう。


「インテグラル、センサーの通信速度に遅延は?」


「無い」


 即答だった。であれば、反応が遅すぎるのは他に理由がある。


「……君の予言によると、あと十分で金朝の侵攻が始まるらしい。このままだと、俺たちも直に攻撃されてしまう」


「逃げましょう。ここに居ては危険です。早く私の身体を自由にしてください!」

 声のトーンが上がった。

 ここまで細かい調整もできることに、未だ驚かされる。これからも、彼女に驚かされ続けるだろう。一抹の不気味な感覚も受け取りながら。


「インターネットも遮断される。そうなれば、君はまたその身体と切り離されるだろう」

 これは彼女に効くはずだ。


「ウッ……折角手に入れたこの身体を、手放すわけには……」


「なら、言ってくれ。何か隠しているな?」


 ……少し時間を置いてみたが、彼女から動揺以上のものを引き出すことができなかった。


「モノーどうすんだ。九分……本当だったらマズイぞ……」

 粗消の催促。


 二人の焦りも伝わる。だが決めきれない。


 彼女は信用に足るのか。


「やはり疑問だ。なぜ君がそんな情報を入手できたのか――」


 ヴヴゥ゙ゥゥゥーン……


 突然のサイレンが耳をつんざき、俺の思考を中断させた。


<ミサイル警報――ミサイル警報……直ちに屋内や物陰に避難してください……>


 ミサイル警報!


 こんなものを聞くことがないように願っていたが、こうなるのは必然だった。


「モノ!」

 インテグラルが叫ぶ。粗消も顔が青ざめていて、今にも逃げたそうだ。


 悲鳴や車両の走行音……外の喧騒(けんそう)が俺にも聞こえる。仕方がない……。


「ああもう……同期!」

 そう言うよりも前に体を動かし、モニターに飛び掛かる。


「私は神を持たず、祈りもしない……」


 ネウトラリスの(つぶや)き。あのコードの一部だ。


「どうした?」


「身体が……燃えるような……熱い……」


 同期は30%が完了。ゲージの値が昇っていく。


 心配だが、見守ることしかできない。今や彼女の身に何が起こっているのかさえ、分からない。


<警告:間違ったスペクトルが侵入>


 別の信号?

「一体何を言――」


「ハハ……アハハハハハハッ!!あなたたち――は――恐怖――に――陥ら――れる……!」


 ネウトラリスが笑い出す。狂ったように。

 腕を180度回転させ、固定器具を握りつぶす。


「おい!」


 粗消が走り出す。視線を追うと、固まって動かないインテグラルがいる。


 自由になったネウトラリスは、重力に従い地に降り立った。と言うよりかは『崩れ落ちた』の方が正しいだろうか。

 そして、ぎこちない動きでインテグラルに手を伸ばす。


 ガッ!


 間一髪で粗消がネウトラリスの手を払いのけた。


「何もない――いい――え――違う」


「うっ!」


 ところが、ネウトラリスは除けられた手を、今度は目に追えない速度で前に出し、粗消の首を(つか)んだ。


 ドカァン!!


 そのまま彼を投げ飛ばしてしまった。壁に背中を打ち付けて、悶絶(もんぜつ)している……まずい、何が起こった?


「温かい――抱擁……」


 彼女が近づいてくる。


「ま……来るな」

 ダメだ。歩けない。


 あの途切れ途切れの(しゃべ)り方は、特に俺の心に、恐怖を駆り立てる。


「何をしてる!?」


 中佐の声。ドアの向こうから兵士たちが(のぞ)いている。


「中佐!こいつをッ!」


 中佐は俺、ヒビの入った壁、そしてネウトラリスを見る。そして……。

「っ撃て!撃て!」


 ダダン!


 ズガガガガッ!!


 すべてはネウトラリスに命中したが、効かないだろう。彼女は完成してしまったから。


「あなた――は――私を――置き去り――にする」


 そう聞こえた。俺に向かってそう言った。


 すぐに彼女はくるりと向きを変え、窓に向かって突進する。


 バリィィン!!


 窓ガラスにタックル、その勢いのまま外に転がり落ちる。……だがここは三階。落ちても大丈夫だろうか?


「ぁ……ネウトラリス……」


 どうすればいい?このまま立ち尽くすのではダメだ。


「行け。あんたがあのロボを見つけるんだよ!」

 煙の中から()い出てきたインテグラルが、そう耳打ちした。


 分かった。二人とも、また会おう。


 固い決意とともに、一回だけ(うなず)く。

 そして俺はネウトラリスの後を追う。屯していた兵士を()き分けて。


「ア、どこへ行く!」

 兵士の一人がそう言って、俺に銃を向けた。


「総員集合!敵の襲撃に備えよ!」


 中佐の命令によって、兵士たちは統制を取り戻す。俺に向けられた銃は発射されなかった。


 助けられた。まるで彼は、俺の目的を知っているかのようだった。




 研究者の消えた廊下を駆け抜け、ダスターファクトリーを後にする。もう二度と、戻ってこられないような気もした。


 ネウトラリスは、どこだ?

 姿は無い。なら痕跡(こんせき)を探す。


 そんな事を考えて施設の周りをうろうろしていた時だ。


 ドカン!パァン!


 上空に火の玉が浮かんでいる。金朝の弾道ミサイルと、地上からの迎撃ミサイルが衝突し、山の稜線上(りょうせんじょう)のさらに遠くで爆発を起こした。


 だが間に合わなかったようだ。


 ズドォォォォン!!


 近くの幹線道路に着弾した。すぐに伏せたが、爆発音が鼓膜を打ち、爆風に体を(あお)られる。


 戦争の始まりを、この肌身で感じた。

 【序章】鋼鉄の心(終)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ