心理カウンセリング
初世暦3474年4月7日 記録:モノ・クローム
「ただし、条件が」
「ム……」
「一つだけ、願いを」
「ダスターファクトリーのデータ保管庫。これを誰にも、渡さないでほしい」
……一瞬の静寂。
「理由は?」
「……俺は今、この国の政府と軍隊に反逆している。そのうち見つかるだろう……俺はここに長くはいられない」
「あたしに託して良いのかァ?」
「信頼できる人には話した。所長とか、粗消とか……データ保管庫は、俺の小さな反乱の核だ」
「抽象的な理由だな。でも、やるべきことは分かった!」
彼女の前髪に隠れているはずの目が、俺には見えた。
ってのが、何日か前のこと。インテグラルは無事、俺の皮膚サンプルを持っていった。……麻酔があって安心したよ。
今やっていることは、もちろん、仮想現実の監視だ。AIたちにエラーが起こらないように、日々面倒を見ている。
「すげぇよ、こんなに大量の行動データが……!」
同僚が感嘆の声を洩らす。
あのゲームは、摩擦も弾性も、現実のそれに限りなく近い。開発者はさぞ苦労したことだろう。
「ん、おい、こいつは?」
モニターには全てのAIの様子が、事細やかに、リアルタイムに、映されている。
特に、特筆するべき行動――犯罪を犯したり、模範的なNPCらしからぬ動き――は画面に大きく表示される。
黄色の警告マークとともに、とある個体が映し出された。どこかの邸宅の召使のようだ。
「この子……何かあったのかな」
「調べてみるか」
画面を展開し、行動分析を開始する。
<ニュートロン型5869番 外見上の問題点:なし 行動記録:バグを検知 思考分析:失敗 もう一度お試しください>
「何っ!?」
「モノ、この子やばそう……行動記録だけは見れるよ」
普通に生活していたら、こんな動作はしないはずだ。
どう説明したらいいか……立っていたら、突然床が崩れて、落ちていくような動き。
「削除する?」
「ん?あ、いや、待てよ……あいつに会いたい」
「えぇ……どうしても?」
「ああ」
部屋の隅には、腕やらゴーグルが付いた、あのゲームセットが鎮座している。
両脚両腕を装置にはめ、胴体をベルトで固定する。
「よし、OK」
最後にゴーグルを掛ける。同僚がセットとコンピュータを接続する。
ザザザーッ……視界がノイズに飲み込まれ、体と五感が再構成される。次の瞬間には、造り物の土を踏んでいた。
仮想現実へようこそ!
ここはどこだろうか。
あの個体が住んでいる町だとは思うが、まずはあの邸宅を見つけなければ。
「聞こえるか?マップで邸宅を探してくれ」
<あぁ……今中心街にいる?バスターミナルから目的地ら辺まで行けそうだよ>
「分かった」
バスターミナル、あの駅ビル内にありそうだ。何ブロックか歩く必要がある。
この世界には既視感さえ覚える。それほどリアルに作られている。
道路を行き交う乗用車や運搬車は、人かNPCか、どちらが運転しているのか分からないが、信号前に整然と並んでいる。たまに暴走する奴を見かけるものの、割と安心して、道を渡ることができる。
「次は……15時5分か。停留所B……」
ここでふと、思い出したように残金を確認する。OK、ある程度お金は持っている。
バスに乗り込むと、見た目も大きさも同じものがない、個性豊かなアバターたちが座っていた。
もしかしたら、この中に俺が入れたAIもいるのかもしれない。奴らの性格とかアバターはランダムに決めた、はずだ。
<次は、ウダマン。ウダマンです。お降りの方はボタンを押してください>
ここだ。
……そういえば、サイコロジスタの館は『エイマン』っていう地域だったか。少し名前が似ている。
「ご乗車ありがとうございまーす」
「着いたぞ。ここからは?」
<左に大っきな家が沢山あるだろ?その中でも一番でかい……>
あれか。一本の六角形の塔が見える。
大きな窓が付いたクリーム色の壁と、刺々しい水色の屋根。
この建築様式、サイコロジスタの館と同じだ。記憶を逆撫でされるようで、いい気分ではない。
「あ、大佐とかが来ないように、しっかり見張っとけよ!」
<おう>
ジリリリリッ
古臭い呼び鈴の音に気づいたのか、『はい、すぐに参ります』との声が。
ドアが開く前に、自分のアバターを変えた。白衣は俺が着ているのと同じだが、顔は適当な若い男性のもので、丸メガネを掛けている。
「こんにちは。今日はどのような御用でしょうか?」
間違いない、こいつが問題の個体だ。
白髪のツインテール、緑色の目、白黒が基調のメイド服と羽根付き帽子。成程、悪くないアバターだ。
「ええワタクシ、心理カウンセラーでして……」
「ご主人様を訪問しにいらしたのでしたら、残念ですが今日は不在なのです」
「いや、ゴホン、主人ではなく、あなたです」
赤いカーペットの敷かれた、客間へ案内される。
「おかけください」
暖炉の前に、向かい合う一組の椅子。俺はその個体の目を見ながら、ゆっくりと腰を下ろした。
「あの……なぜ急に、私を訪ねてきたのですか?」
足を組む。
「……あなたは、悩みを抱えているようで、それを聞きに来たんです」
「悩み――」
「例えば、現実にはありえないような体験をした、とか」
!!
俺には分かる。表では動揺していないように見せているが、この個体が発するシグナルは揺れている。
「嘘をついてはいけない。君は何かを見た、そうだね?」
「いえ、何も」
……まさか、本当にこんな事が起きるとは。
俺はAIをゲームに接続する時、ゲーム内でNPCになりきり、行動データを集めろと命令した。
ゲーム内のバグや、自らの異常を正直に報告した所で、AIにとって都合が良いとか悪いとか、そんなことは関係無いだろう。
「俺はモノ・クローム。お前の創造主だ」




