信仰の再来
初世暦3474年4月3日 記録:モノ・クローム
「『再びやって来る』か……」
ダスターファクトリーのデータ保管庫、冷却ファンの乾いた音だけが響く静寂の中、俺は必死に過去という名の墓を掘り漁っている。
『信仰・支配』と聞いて最初に思い浮かんだのは、三十年ほど前のアイサ独立革命のことだ。
当時、この国周辺の島や大陸は一つの神政国家だったが、国民の不満が発端となり、最終的には最高指導者が退位して複数の国に分裂した。
何故国民が怒ったのか。それは『神』を信仰することを強制されたからだ。
その神について詳しく分かる資料は少ないが、断片的に残る古代の遺物には、単眼や歯車の紋様がよく刻まれていることが分かっている。
とにかく、神は神聖化されていて、生活のありとあらゆる場所に浸透していた。何をするにも神が優先される。まあ言い方が悪いが、信仰によって生活が邪魔されていたんだ。
革命が起こって以来、その宗教の信仰者は息を潜めていたんじゃないかと思う。
だが、サイコロジスタの日記には『新たな管理者■■造せよ……奴らに反撃の機会がやって来た』とある。
奴らの反撃の機会とは……?
政府はプロジェクトの情報を、何としても外部に漏らすまいとしている。罪亡き人の命を奪おうが構わない。
……ここまでするのには理由があるはずだ。信仰者が関わっている可能性もある。
「所長?」
ドアノブに手を触れようとした瞬間、後ろに静かな気配を感じた。
「あの私、モノさんが何をしてるのか気になってしまって……」
「そうですか」
「……所長は、何故あの時俺を助けたんですか?」
薄暗く、所長の目のみが宙を歩いている。
「モノさんは優秀な部下ですし、何より子のような存在ですからね……」
「……」
<二日前に起こったエイマンの爆発事件の詳細が、少しずつ明らかになってきました……>
<警察と国防軍の共同インタビューで、犠牲となったバディ・サイコロジスタを殺害したのは、父であるテクター・サイコロジスタだという発表がなされました>
<……サイコロジスタ容疑者の自宅跡からは、大小さまざまな武器や薬物に含まれる成分が検出された。帰省中の息子を爆発により自身もろとも殺害した、と我々は推測する……>
<最近、このような異常行動をする変質者が摘発されています。怪しい人には関わらず、すぐに警察に通報することを心がけましょう……>
「おぉい……言ってること全然違うじゃんか……」
俺は何も言わず……ニュースを見ていた彼の、パソコンのタブを閉じた。
「ゲームは手に入れたか?」
急に大声を出された同僚は、驚いた様子だ。
「わっモノ……あぁ、ごめん……まぁ、一応な、転売者に市場の20倍の値段で売りつけられたよ……」
「よくやった。AIモデルの複製を手伝ってくれ」
「……わかった。本当にやるんだな」
ゲームに接続するAIは全部で1万を超える。
大丈夫だ、元々そのゲームには大勢のNPCも導入されているから、プレイヤーは違和感を持たないだろう。
<こんにちは。今日はどんな御用でしょうか?>
「何をさせようか?」
「何もかもだ。適当に決めよう」
同僚が買ったゲームセットと、PCを接続する。なるほど、確かに面白そうだ。
人間が遊ぶのであれば、このセットに手足を固定し、ゴーグルを装着すれば良い。だが、そこにAIのボディはまだ存在しない。
「苦労して買ってきたのに、これは使わないのか……」
「まあ……いずれは使う」
「ほう、そうか。んじゃやるぞ!」
キーボードが叩かれる。と同時に、周りの機械がブゥゥゥンとファンの音を立てる。
「おっ大丈夫か?」
一気に1万体を接続するのは不味かったか……。つばを飲む。クラッシュだけはするなよ。
幸いなことに、30秒もするとAIプレイヤーの転送は、無事完了した。
「これで、上手く行けば、AIが仮想現実の行動データを集めてくれる」
「……ん?あっ、インテグラルさん」
同僚が俺の肩を叩いて知らせる。
「モノ、ちょっと手を貸せ!」
「……ああ、後でも、良い?」
「むぅ、今日中には来いよ!」
彼女は俺を残して行ってしまった。悪いな、俺にはやることがある。
『ヒューマン・コード』の意味を考えていた。
人間の行動の原則、倫理、あるいは暗黙のルール。つまり、人間であることの意味についての理解、といったところか。
ここで、疑問が生まれる。首相は何故、この言葉をプロジェクト名にしたのか。
AIに人間らしさを植え付ける必要がどこにある?
効率を求めるなら、心など邪魔なノイズでしかない。
人間のように、感情に揺さぶられたり、欲望に目が眩むことがない。これが機械の強みだ。
……そもそも、『ヒューマン・コード』という名前自体、裏を覆い隠すための偽名かもしれないな。
首相、国防軍、インゴット社、WW社……表の目的は『利便性のためのテクノロジー』だが、本当のところはどうか。
「おっ来たな?」
ピンセットのような道具を持ったインテグラルが、物凄い速度でこちらに振り返る。
「うん。……それは?」
俺はベルトの付いたベッドと、脇に並べられた道具類を見て言った。
「フッフッフ……ちょっとここに寝てくれないかな?」
分かったような気がする。嫌だな。
「俺の皮膚サンプルを取ろうってことだな」
「頼む!ドロドロの生体装甲を見て思いついたのさ。モノの皮膚にも流動性があると!」
「よくそんな思い切ったこと言えるよ。わかった、協力する」
インテグラルも俺のことを気遣って、静かにしていると思ったら、この有り様だ。いかにも彼女らしい。
「ありがとうっ!」
……部屋に入る前に、周囲に兵士がいないことを確認した。
「ただし、条件が」




