支配された男
初世暦3474年4月1日 記録:モノ・クローム
俺はバディの隣で起き上がろうとしていた。
今、バディ、サイコロジスタ、そして俺に弾丸の先端が届こうとしている。
あとコンマ一秒でも遅れていたら、俺は全身穴だらけになっただろう。
俺の真下の床に、漆黒の水溜りが現れ、同じく漆黒の手が浮かんでくる。それが俺たちを握って、引きずり込んだ。
ズガガガガガガガッ!!
「っはあっ!ゲホッ……」
鼓膜が破れるほどの激しい銃撃の後、俺は水溜りから吐き出された。うっ、黒いものが少し口に入った。
月明かりの光と、兵士たちの懐中電灯の光が交差する。周囲の状況が少しずつ見えてきた。
所長がいる。下半身を引きずっているが、彼が力を振り絞って俺を助けてくれた。
さっきまで銃弾の標的となっていた場所には、見るも無惨な痕が残る。
サイコロジスタの体表面は、激しい凸凹のため、もはや頭、胸といった部位すら見分けられない。体の至る所から白い煙が吹き出している。
彼は、泡が弾けるような音を発しながら、床に崩れ落ちてしまった。
――しまった!バディは?
バディは折れた柱に背をもたれて座っていた。右の二の腕辺りが赤く染まっている。
当たったのか。
「ハァ、バディ……腕……」
俺がバディの方へ手を伸ばそうとすると、それを振り払って、一人の兵士がバディに歩み寄る。彼の足取りは重い。
バディが兵士に視線を向ける。次の瞬間、兵士は腰の拳銃を抜き――
ダァン!!
額に命中。即死。
彼の血が、至近距離にいた俺の顔に付着する。
「ッ……」
バディ……ダメだ。俺も……視界が、暗く……
ピーッ……ピーッ……ピーッ……ピーッ……
一定間隔で鳴る電子音。蛍光灯の眩しい光。
光……。
(ダァン!)
記憶が脳内再生される。俺の顔に、血が――
「ダメだ!!」
……医療室、ダスターファクトリーの。
「あァ起きたァ!」
粗消の声だ。
インテグラル、所長もいる。俺は、気絶していた。
「モノさん……あなたは悪くは……」
「ない。分かってます。……大丈夫です――」
視界が滲み、涙が頬を伝う。皆の前で涙を見せたことはなかった。
「モノ、マスク外すよ。それじゃ涙で窒息するもんな……」
普段はお喋りなインテグラルも、今日ばかりは沈んだ表情をしている。
「ありがとう。ああ……ちょっと」
一人の時間が欲しい。
「えぇ。皆さん、出ますよ」
三人はそろそろと部屋を後にした。
未だに、自分の顔に付いた血の感覚が、残っている。
……バディが、死んだ。
友人はおろか、親友と呼べるやつなんて、そうそういなかった。
俺はバディを助けに行ったが、結局何もできなかった。
何故だ?軍なんて信用すべきではなかった。あそこに行く前に、交番に駆け込めば良かった。
そもそも、首相からのオファーを受け取ったあの日、死を覚悟で警察に連絡すれば良かった。
……いや、俺が死んだらあいつが悲しむ。あいつの分も、俺が生きればいいか?
俺に死んでほしいとは、言わないよな……。
何故関係ないやつが死ぬんだ?
もう、軍の、首相の言うことに従ってはいられない。
だが、そんな事言ったところで、大佐や軍は計画を続けさせるだろう。
なら、どうする?
――ここからは聞いた話、つまり俺が気絶した後の出来事だ。
所長はあの瞬間を目にするなり兵士の喉元を掴み、危うく捻り潰すところだったと言う。
警察はすぐには来ず、事後処理は軍が受け持った。
ゴンザレス大佐は現場に来ていた。所長が先に館へ行ったことは承知済みだったが、俺からの情報を聞いて雲行きが怪しく感じたようだ。
機密漏洩の芽は即座に摘み取れ、という絶対命令に従い、サイコロジスタの生体サンプルを取得し、目撃者を消した……。
サイコロジスタは、生体装甲を培養する実験をしていた。偶然か必然か、それはインテグラルや粗消が求めていた物だ。
被検体として既に数人が命を落としており、最後には彼自身が実験台になった。
彼は日記を残していたようだ。一部は液体で濡れ、読むことができなかった。
<1/10:『声』を聞いた。あの糞狂信者どもが信仰する奴の声だ。聞き取ったのは最後の一文。>
<1/11:『この私の代わりとして、新たなる管理者■■造せよ』■■■■■■■■■■■々を支配する?全く馬鹿げているが、奴らはすぐにでも動くだろう>
<1/15:奴らに反撃の機会がやって来た。おれも、復讐され■■■■■■■■の支配者など要らない。証明する>
<2/28:■■■■■■■■■■■■理解っていない。細胞とDNAに潜む無限の可能性を>
<3/16:カタル■ス。あの野郎、■■■■隷に成り下がったな。■れだけ言った。あの時おれ■■いて来ればよかったものを>
<3/19:被検体が足りない。どこから手■■■■■息子か?……いや論外だ。手は掛けられない>
<3/26:決め■■■だ。おれは恐れない。あの糞になど支配され■■■■>
<3/27:最後の一■■■■■が、おれ■戦う>
彼は、支配に抗おうとしたものの、結局は自らの実験に支配されてしまった。皮肉な話だ。




