第94話 『機械仕掛けの神』VS『糧在神』
剣と剣が衝突する。
普通ならば、鋭く頑丈な方が、脆い方を切断するという、そんな結末を迎えるだろう。
しかし、剣が同格の場合、お互いに、剣に込めた理屈を語る。
「チッ、戦いにくいな」
「ククク、この神剣に触れた物質は、その『魔力の安定感』が急激に欠落する。あまり触れすぎると、二度と使えない『使い捨て』になってしまう。そんな剣を振るう我を相手に、『戦いにくい』という程度の感想で済ませる者はなかなかいないぞ?」
「圧倒的って感じはしないからな!」
「ハハハッ! それはそうだ。所詮、人間の『限界』だぞ? 神という言葉よりも強い言葉を作れない、情けない想像力の檻で吠えるだけの存在さ。圧倒的なものか」
高速で衝突する大剣と両手剣。
ホーラスの剣の峰にある筒からは高密度のガスが噴射し、圧倒的な速度で剣を振っているが、質量で劣るアルゼントの剣を押し切れない。
何よりも安定性を誇る『神の名』を持つアルゼントだが、その剣術の質はホーラスと差はない。
「あーっ! やっぱり反則だその剣!」
ホーラスは何かが嫌になったのか、叫ぶ。
呆れではなく、『イライラ』でここまで叫ぶのは珍しい。
「ほう? 反則?」
「その剣に触れた物質は『安定性』を失う。そんな剣であったとしても、本来なら『自分』に影響を及ぼさないために、いくつか『隙』が用意されてるもんだ。だが……お前自身が『絶対的な名』を持つゆえに神剣の影響を受けない。だから安全装置を作る必要がない。めんどくさいわ!」
「なるほど、敵の『構造』を解析して戦うタイプか。ユーディネスもそうだったが、ゴーレムマスターとはそうなるものなのか……まったく面白い」
アルゼントは楽しそうにしている。
お互いに、そう、お互いにまだ、本気も全力も出していない。
だがその中で、アルゼントは楽しそうにしている。
「はぁ、てことは……100年前。ユーディネスはお前に挑んで、その剣を相手にして、『勝った』というわけか」
「フフッ、話している余裕があるかな? あの三人が加勢に来る可能性はなく、我だけに集中することができるとしても、貴様が使える時間は多くないぞ?」
「あー、ファーロスの鍵盤から嫌われてることはわかってんのね」
「我がやったことを考えれば当然だ」
「……はぁ、確かに俺には使える時間は少ないな」
ホーラスはテラ・ディザスの力が入った宝石を受け取る際、そこに含まれた『勝手口の鍵』を使うことでここにきている。
しかし、その鍵は、『期限』が短いとテラは述べた。
それに間違いはない。
「とりあえず、奥の手を一つ切ろうか」
「ほう?」
「俺がランジェアたちを連れてきて、あそこに置いてきた理由。わかるか?」
「そんなもの。この『汝の名』というダンジョンが、我の名によって支配され、そんじょそこらの安定性では存在を保てないからだろう。その鎧を着ている貴様だからこそ、この空間の中で存在を保てるのだ」
そこまで述べた後、アルゼントは瞬きをした。
「……それが、ダミー? いや、勇者たちがあの場に来たら、シド達はあそこに……っ! まさか貴様!」
何かに気が付いた様子のアルゼント。
それを見ながら、ホーラスは手に……10枚のメダルを出現させる。
「『誰もいない実験室』」
10枚のメダルが塵となり、10個のフラスコに姿を変える。
そして、ホーラスが身にまとっている真っ赤な装甲が、純白に変貌した。
「……あの三人の切札か。よくもまあ、再現したものだ」
「といっても二割くらいだけどな。ただ……お前を相手にするなら十分さ」
フラスコの中には液体が入っている。
その液体が動き出して、フラスコの口から外に出ると、ホーラスが握る剣の峰にある10個の筒にそれぞれ入っていく。
中身が入った後で、ホーラスは左腰のキューブを大剣の鍔にはめ込んだ。
次の瞬間、10個の筒が峰から離れて、ホーラスの両肩、両腰、両膝、両肘、背中に接続された。
「行くぞ。アルゼント」
「その力を混ぜたところで何になる」
「何になるかはじきにわかるさ。ただ……お前がどんな強さだろうと関係ない。俺の勝利で、すでにシナリオは決まっている」
「ぬかせ!」
アルゼントは前に出て、ホーラスは高圧ガスを噴射してロケットスタート。
剣が衝突し、そのままつばぜり合いに持ち込む。
「刀身に液体があるな。それを使って、神剣の力をコントロールしているか。なかなかやる……が、それだけで我に勝てると思うな!」
距離を取ると、アルゼントは左手を掲げる。
そこから、いくつもの、炎の球が出現し、ホーラスに向かった。
「あの三人とまともに話したこともないくせに、『それだけでは勝てない』なんて言うものじゃないぞ」
剣を真横に一閃。
斬撃の形となった魔力が剣から放たれて、炎の球を全て切り捨てた。
それをアルゼントが認識するころには、再び加速して急接近。
剣を振り下ろす。
「チッ……」
剣で受け止めるが、勢いを殺しきれずに後ろに下がる。
「……なんだ。随分腰が引けてるな」
「油断していられるのも今の内だぞ? お前は我の力を、理解してなどいないさ」
アルゼントは力を入れて剣を押し込む。
そのままホーラスを弾き飛ばすと、手から雷撃を放った。
ホーラスは加速でそれを回避し、そのまま速度を上げる。
アルゼントの視界から消え、彼がきょろきょろと見渡した瞬間。
「がふっ!」
アルゼントの胸から、剣が生えた。
「隙だらけだぞ。まともに戦ったことがない奴の動きだ。まあそうでなくとも、100年ぶりの挑戦者っていうんだから、戦い方なんて忘れてるよな」
「わ、我が……こんなあっさり……」
ホーラスは剣を引き抜く。
アルゼントの胸から血が流れ、膝をついた。
「はぁ、はぁ、まったく、この領域で『存在できる』というだけで相当異常なことだというのに、まさか、我をこんなアッサリ倒すとは……世界は広い」
アルゼントはつぶやく。
それに対しホーラスは……。
「茶番はやめろよ」
「はっ?」
「お前さ。そうして倒れたあと……俺の体に入り込んで奪う気だろ」
「!」
「お前は殺された側がどうなるのかという、『糧の在り方』を決められる。お前が力を使えば、『糧』は糧のままでおとなしくせず、『反逆』すら発生する」
「……」
「100年前。そうしてユーディネスの体を奪ったんだろう。気が付いてないと思うが、お前の体を貫いた時、特殊な液体を流し込んでおいた」
「特殊な液体?」
「そうだ」
ホーラスは頷いた。
表情は見えないが……おそらく、憐みの視線を浮かべていることだろう。
「超特殊な液体だ。『そいつの体を急速に回復させ、その後で致命的な毒性を発揮する』というもの」
アルゼントは自分の体を見下ろす。
その体には、傷が残っていない。
「そしてその毒性なんだが、『俺の意思とは関係ないという扱いになる』んだ」
「……はっ? あ、え? お、お前が流し込んだんだろう?」
アルゼントが『理解』を拒み始めた。
「ああ、俺が流し込んだ。だが……俺の意思とはもう離れた存在になってるんだ。そういうふうに作ったんだ」
アルゼントに理解させる意味はない。
ここから先は全て、ホーラスにとっては意趣返しにしかならない。
とはいえ、それでもいいということだろう。
「テラ・ディザスの力を応用している。アイツの力は、それが膨大で制御しきれない故に、『災害が自分の意思と関係なく発生し、人を死に至らしめることがある』んだ。だが、制御しきれない力が『形』を持つことなんて本来はあり得ない」
そう、制御しきれない魔力に、『形』が宿るということは、本来の理論ならあり得ない。
制御しきれない故に災害が起こる。
いくつか必要な理論をすっ飛ばしているとしても、頭ごなしに否定するという段階にならないフレーズではある。
だが、ホーラスくらい『魔力を理解する』と、明らかに理由が付けられない現象のはずなのだ。
「魔力は安定を求める。そんな中で、制御しきれない。何のイメージももたない魔力が、形を得るなんてことはあり得るはずがない。だが、テラ・ディザスの力はそれを引き起こす。災害という形に固まって、被害を発生させ、大量の死者を出すこともある」
そして、災害になるというのはただの『異常』であり、テラ・ディザスの意識とは関係のない事。
「お前の体に流し込んだのは、そんな『毒』だ。要するに、俺の認識だと、ただの液体を流し込んだだけ。そういうふうに作ってある」
「な、なら、これは……」
「その毒によってお前はもう終わりだ。だが……お前の死に、俺の意思は関係ない。お前の定めたルールの上で、それは『殺害』には該当しない」
ホーラスはアルゼントを見下ろす。
「お前は、俺の糧にはならない。俺に侵入して、奪うことなんてできない」
「く、くそがああっ! がっ! がふっ!」
血を吐くアルゼント。
すでに、彼の体内は『毒』によって急速にむしばまれている。
「馬鹿な。我は神だぞ。最高の安定性を誇る存在だ! この程度の毒。治癒力で解毒できるはず! なぜ。何故回復しない!」
「お前の体を蝕んでるのは事実だが……お前の体は、その毒を害悪と判断しない」
「馬鹿な!」
「だって、お前の体。傷が治ってるだろ? 『それが本来の効果』だからさ。回復剤を受け入れるように、人間の体はできている。まあ、副作用がちょっと強いかもしれんが」
「ふざけるな! ふざけるなよ! こんなあっさり、我が負けてたまるか!」
「お前が大きすぎる力を制御するために、『より強い器』を求めてるのはわかってた。お前の姿がユーディネスそっくりなのは、お前が自分を倒したユーディネスの体を奪ったからだ」
ホーラスは溜息をついた。
「俺がここにいられる時間は少ない。要するに、『すぐに俺が撤退し、もうここに来ない』という展開をお前自身が避けたかった。ユーディネスの体よりも俺の体の方が、『器として優れてる』ってことだろうが、そんな俺が逃げるという展開を、絶対に避けたかった」
見下ろしながら、言葉を続ける。
「まあ、それが最初から俺も分かってたわけで、あっさり終わるだろうなーって。ずっと思ってたよ」
「馬鹿な。わ、我がこんな、こんな最期を迎えるなど。クソっ、我は神だぞ。こんな滑稽な話があってたまるか!」
叫ぶアルゼントだが、その口からは血を吐き、血の涙を流す。
彼の体を蝕む液体は、その効果が止まる様子はない。
「お前が判断した通り、俺は、敵の構造を把握して戦うタイプだってことだ。お前の理解は早かったが……理解したことを応用する勘っていうのは、長い間、戦いに身を置かないとすぐに錆びつく。強くなることをサボってたお前が悪い」
「は、ははは……まったく、愚かなものだ。だが、お前の歩みもまた過酷だぞホーラス! このダンジョンは我ら五人が作り替えた! 我ら五人を倒さない限り、『このダンジョンの奥』にたどり着くことはできない!」
何かに『愉悦』を感じ始めたのか、アルゼントは笑顔で吠える。
「認めよう。ホーラス。お前は強く賢い。だが、他の神々は、こんな展開にはならないぞ。今回は我の特殊性によってこの結末になっただけだ。次、他の神に会えば、貴様は理解するだろう。本当の『神の力』が、どれほどのものなのかを!」
天を仰ぐ。
アルゼントはどこか、満足そうな顔で……。
「はぁ、はぁ……ホーラス、最期に、ユーディネスからの、『ゴーレムマスターとして自分を倒した者』への遺言をくれてやろう」
アルゼントの眼は虚ろになっている。
もう、しっかり目が見えないほど、体はボロボロになっているはずだ。
だが、言葉を紡ぐ。
「『自信があるものではなく、自慢できるものをつくれ』……だそうだ。かふっ」
次の瞬間、今までで一番大きく血を吐いた。
そして、地面に倒れ、自分の血で絨毯を濡らす。
その神の体は、一つのインゴットと莫大な量の金貨を残して、消えていった。
「……自慢できるもの。か。確かに、やろうと思ったことはないな」
指を鳴らすと、そのまま金貨とインゴットが渦に呑みこまれ、異空間に消えていく。
「……ユーディネス。俺が死んだとき、散々自慢してやるから覚悟しておけ」
言い残すと、ホーラスはその場を後にした。
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