第76話【王国SIDE】 モヤモヤ
「……とりあえず、片付いたと言えるのか?」
「私はそう考えていますが……シーナチカ教会はこれから、立て直しが必要でしょう」
バルゼイルの執務室。
報告書を読み込んで、バルゼイルは『片付いた』と表現した。
「シルビオは表舞台から姿を消した。だが、十五年、あの男がずっと権力を牛耳っていたことで、神殿における指導者がいない状態か」
「教皇は動けるでしょうか」
「できないだろう。そもそもホーラスが述べた15年前の真実は、『本当に神への信仰は正しい事なのか?』と疑問を植え付けるには十分だ」
「シーナチカ教会は『五大神』を崇拝しますが……」
「このままでは、その存在意義に関わるか……まったく、確かに無責任なものだ」
神殿の『あの場』には優秀な諜報員でも紛れ込んでいたのか。それとも優れた野次馬でもいたのか、かなり多くの情報が報告書として記載されている。
それをもとに言えば、確かにホーラスは『無責任』と言える。
「私の意見を言えば、別に崇拝したければすればいいと思うがな。とはいえ、今の宗教国家のほとんどは、シルビオの『研究』によってリソースがほぼない状態。神を信じていいのかもわからず、神殿の権威も失墜した今、よほどのリーダーがいなければ瓦解するか」
「どうしますか?」
「どうもできんだろう。何故、神血旅で分けられているのか。それを考えれば、私たちが大きく動いて宗教国家を助けるのは悪手だ」
バルゼイルはどこか呆れた表情で……。
「『神に祈らずとも、我々は民を守り抜く』……これが世界会議の二大理念の一つ。それを掲げる私たちが宗教国家を救うのは、『神に祈る国家が、神に祈らぬ国から助けられた』ということになる。過去にそれで大揉めしたことがあるそうだ。そういう経緯で、宗教国家が困っていても助けるという結論になりにくい」
「バカバカしいとは思いますが」
「私もそう思うが、まあ、そういうものなのだろう」
バルゼイルはため息をついた。
「……とはいえ、意味のない研究に金を使うものはいなくなった。まともな権力を持っていたのがシルビオだけだったため、これから、誰が指導していくのかを決めていくことになるが……」
「人がいませんね」
「おらんな。とはいえ、何も手助けができないわけではない。商会をうまく利用して物資を届ける。といったことが主流になるか。面倒なものだ」
バルゼイルの頭の中では、宗教国家がどれほど血統国家の介入を拒もうと、困っている人間を助けない理由はない。
愚か者が上に立っていると下がどれほど苦労するのか。それをよくわかっているからだ。
「しかし、ホーラスがモンスターだとは、正直、想像していなかったな」
「その話ですか……私も報告書を読んだ時は驚きました」
「それらしい要素がなかったからな。そもそも、モンスターの発生を感知するありとあらゆる手段に引っかからないという状況でもなければ、その意見が成立せん」
ホーラスがモンスターだった。
バルゼイルとしても、これは想定を完全に超えている。
そもそも、どんな街でも『モンスターの出現を感知する方法』は構築しようとするし、それは首都ならば当然のことだ。
だが、ホーラスがその手のセンサーに引っかかったという例はないはず。
とはいえ、対象があのホーラスなので、『なんでもあり』といった感覚はあるのも事実。
「扱いを変える必要はないだろう。モンスターが絶対悪だと喚いているのはシーナチカ教会だけだ。中には利用した方が社会にいい影響を与えるモンスターもいる。民の中でも驚くものは多いだろうが、絶対悪だと非難する者もおらんだろう」
「……少し、不安はありますが」
「私もそうだが、決してそれが多数派になることはない。というより……敵に回したいと思わんだろ」
「それはそうですね」
一網打尽と見せしめを戦術とするホーラス。
これは言い換えれば、ホーラスにちょっかいをかけると『後で本当にひどい目に合う』のだ。
そしてそのひどい目にあった人間は多く、可能なら敵対したくないのは事実だろう。
「とはいえ、どこにでも『その手のバカ』はいる。注意はしておくべきか」
「そうですね」
ここまで話したうえで、バルゼイルは一度、大きく咳をした。
「コホンッ。ふむ……すべてが片付いたということには決してならんが、少なくとも『落ち着いた』とは言えるか」
「現状はその程度でしょう。というより、今よりも悪い状態にならないように調整する。という段階かと」
「結局、そんなものか」
バルゼイルもライザも、どこか『モヤモヤしている』のは間違いない。
シルビオの一件は、とりあえず落ち着いたといって間違いはない。
しかし、だからと言って『安心できる』などとは口が裂けても言えない。
「……なあ、ライザ。どこかモヤモヤするのは気のせいか?」
「私もそれはそうですが……おそらく、ホーラスの提示した情報にあるでしょう。どこか、『避けて通ろうと思えば避けられる情報』にあえて踏み込んだような、そんな印象のあるフレーズがチラホラあります」
「はぁ……これで、本人はゴーレム研究に没頭するのか」
バルゼイルは呆れた表情で、資料を机に置いた。
「なるほど、無責任か。困った男だ」
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