第75話 「「悪いのはお前だ」」
先ほどから、大衆は振り回されてばかりだ。
「い、一度死んだだと」
「そうだ。俺は普通の人間じゃない。冒険者カードって知ってるよな。アレって、持ち主が死亡すると灰色になって、すべての機能が停止する。そこから再使用はできない。協会本部に行けば、灰色になった俺の冒険者カードが保管されてる」
「そこからモンスターとして復活したと」
「そうだ。巨大なダンジョンをつぶした時に手に入れた『復活アイテム』だ。とはいえ、手に入れたときは一切の鑑定魔法を受け付けなかったから、どんな効果を持ってるのかわからなかったし、復活アイテムだなんて考えもしなかったけどな」
ホーラスの口から語られる情報。
それが真実なのか、嘘なのか。
しかし、彼が嘘をつく理由がないのは事実である。
むしろ……。
「おい! 聞いたか! こいつは自分がモンスターであると認めたぞ! モンスターは人類の敵だ! コイツを殺せ!」
シルビオは叫んだ。
「フフッ、俺を倒したらどれくらい金貨が出るか。楽しみにしてるのかな?」
「そ、そんなことは――」
「一枚も出てこないよ」
「はっ?」
「アンタは知らんだろうが、『死体が残るモンスター』はいるんだよ。かなり例外的で、突然変異のようなものだが、俺はこれに該当する。もちろん、魔力を直接操作できる俺は、モンスターであることに変わりはないがな」
「なっ、あっ、あっ……こ、殺せ! どのみちモンスターなのだ! こいつを殺すのは正義だ! 教義として教わったはずだ! モンスターは悪だと! そこから得られる金貨は人の社会の糧なのだと! そう教えたはずだ! こいつはモンスターだ! 殺せ。殺せ!」
叫ぶシルビオ。
だが、それに対し、騎士たちは動かない。
まず、ホーラスが述べた15年前の真実と、何の成果もない研究を覆す証拠をシルビオが提示できないこと。
次に、『どうしようもなかった証明』をホーラスがしてしまったこと。
これで、騎士たちに『正義』を通せるはずもない。
しかし、シルビオは止まらない。
「こいつを殺し、体を刻めば、復活アイテムが手に入るはずだ! それをよこせ! 私の娘をよみがえらせる!」
「……ランジェア。魔王の死体。今どこにある?」
「ドロップアイテムすらありません。大量な金貨になって消えました」
「嘘だ! 神から与えられた宝石だぞ! 特別なはずだ! なら、死体が残るはずだ!」
「突然変異は願望じゃ通らないよ」
「うるさい!」
「それに、俺は自分の体にある宝石を認識できるが、これに復活アイテムとしての効果は残っていない。そういう『自覚』がある」
「うるさい! 私の仮説はすべて正しいのだ! 娘を返せ! 娘を返せええええっ!」
喚くシルビオに対し、ホーラスの顔は無表情だ。
「腐りきった15年前の大神殿に身を置いた結果、アンタを支えるのは信仰だけ。アンタが大切にしているのは娘だけなのは容易に想像ができる。そこまで固執する理由も、娘が生きていればそれでよかったからだ。それだけがアンタの願いだったからだ。それは理解できるよ」
「なら、貴様は死ね! 娘を返せ! お前の命は、娘の命に比べれば、塵以下の価値しかないのだ!」
「命の価値に差はないよ」
ホーラスは内心で『人の価値に差はあるが』と思ったが、それは言わなかった。
「第一、アンタはわかってるはずだ。俺の言ったことを理解してるはずだ。アンタ、相当賢いだろ」
「話を変えるな!」
「はぁ……実際に話してみればわかるさ。娘に執着してるが、頭の回転自体はすごく速い。おそらくアンタの研究資料を使えば、『人間に魔力を直接動かす力はなく、魔力に動いてもらっているだけ』と完全に証明できるほどのデータがあるはずだ」
「違う! 違う! 娘は帰ってくる。私が取り戻すのだ! 貴様を殺して取り戻す!」
「俺を殺しても取り戻せないことはわかってるだろうに」
再び、指を鳴らす。
シルビオの口が布で塞がれた。
これで、喚くこともできない。
「なあ、なんで俺が怒ってないか。わからないか?」
ホーラスはつぶやいた。
……そう、彼は怒っていない。指名手配されようと、殺せと連呼されようと、彼はイライラすらしない。
「んんーっ!」
「まあわかってないと思うから言おうか。三つある。一つ目は、モンスターを倒して人間社会の糧にするという、その方針そのものは俺も認めてるからだ。二千年前に神は世界に楔を打ち込み、モンスターから金貨が出るようになった。これが今の貨幣の始まり。これによって今の社会は支えられているんだから、モンスターを倒すことそのものを否定しようとは思わない」
ホーラスは他人の主義の善悪は気にしないが、認めるに値するかどうかの判断はする。
その上で、『モンスターを倒して社会の糧にする』ことを認めている。
「俺を殺しても金貨は出ないが、解剖すれば新しい発見はたくさんあるだろう。『モンスターを倒し、人間社会の糧とする』というスローガンに反しない。もっとも、アンタらの教義には『強大なモンスターにわざわざ太刀打ちできない戦力を投入することは愚行だ』って書かれてるから、ここで騎士団に俺を殺せっていうのは愚行だとさせてもらうが」
ホーラスの表情が少し変わる。
「二つ目は、アンタが惨めだからだ」
「っ!」
「自分を支えるのは信仰だけで、大切にしていたのは娘だった。だけど、神から与えられた宝石で娘が魔王になって、アンタを支えるものも、大切なものもなくなった」
ホーラスはしゃがんで、シルビオの顔を近くから見る。
「過去のアンタは、自分が作った頑丈な『心の檻』の中に、自分と娘を入れて閉じ込めた。娘は自由を手にして、檻から出てしまったが、アンタは出られなくなった。檻の中に残った娘の記憶だけで今を生きている」
人間は、非難されたとしても、怒りすら感じなくなる時がある。
それは、相手を理解し、その先の答えが、『惨め』であるときだ。
「三つ目、それは……俺が怒るまでもないからだ」
「っ?」
「なあ、アンタ、パストルが何をやらかして、今どうなってるか知ってるか?」
ホーラスは溜息をこらえつつ言った。
「四年前の大失態。パストルは『精神異常耐性』のマジックアイテムを大量に用意し、魔王を討伐する計画を立てた。多くの冒険者と、職人と、商人を巻き込み、彼らを満足させるために飲食店や娼館が我慢を強いられ、冒険者協会本部は金貨1億枚の借金を積み上げ……冒険者が全て虜になって終わった」
「ひと月にも満たない前。宝都ラピスで大爆発を起こして、パストルは宝石を使って竜になって暴れ始めた。死傷者は何十人も出たらしい」
「なあ、魔王を倒すために、意味のないマジックアイテムを大量に用意し、多くの人間を巻き込み、我慢を強いたパストルと、魔王を救うために、意味のない魔力操作技術の研究し、多くの人間を巻き込んで、多くの国を貧困化させたアンタ」
「考えが暴走して、大爆発を起こして死傷者を大量に出したパストルと、考えが暴走して、ゴーレムを動かして宗教国家を襲い、死傷者を出したアンタ」
「何が違う? むしろお前の方がひどいぞ?」
ホーラスは事実を並べていく。
「で、今のパストルがどうなってるか知ってるか?」
「……」
「これがな……『一切の情報がない』んだよ。金貨1億枚の責任を取る必要があり、宝都ラピスで大爆発を起こし、大量の死傷者を出したことで、厳罰を望む声は多かった」
見下ろすホーラスの視線は、とても冷たい。
「協会本部の地下に送られたというパストルの『今』を見ることを許されたものが何人かいるようだが、全員が口を閉じている」
深いため息をついて、ホーラスは言った。
「『表には絶対に出せないほど、凄惨なことが行われている』……そう思わないか?」
「っ! んんーっ!」
「やっと自分の罪の重さを理解したか」
ホーラスは立ち上がった。
そして、彼に背を向ける前に、一度呟く。
「あ、一応言っておくが、『魔力の直接操作はできない』とお前に言わなかったと俺を責めるのは反則だぞ。言っても聞かなかっただろうし、『研究の途中で不可能と理解した』はずだからな」
そう言うと、ホーラスはシルビオに背を向けて歩き始めた。
「もうここに用はない。俺がここに来たのは、『ゴーレムで国家を襲う』なんて馬鹿なことをするから、それを止めるためだ。まだ、『世界に今の形を維持してほしい』からな。これを放置すると国際バランスの問題になる。ただ、それだけ」
ホーラスは歩きながら言う。
「俺は無責任なんだ。お前らが何を考えようと知らんし、何を語ろうと黙ろうと非難しないさ。指名手配だって別に取り下げる必要もないぞ。気にしないからな」
歩いて……ランジェアたちのところまで戻った。
「帰るぞ」
「……そうですね」
「はぁ……なんだか、一生分驚いた気がするのだ~」
全員で、扉に向かう。
「あ、そうそう……シルビオを拘束してるソレ。本人が自力で解くのはかなりの難易度だが、外からだと簡単に外れるんだ。いいか? 『後は好きにしろ。俺は知らん』……じゃあな」
最後にそう言い残して、ホーラスたちは大神殿を後にした。
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