参話・弐
「♪君と出会った奇跡が~ふふふーん♪」
夕方の公園、学生にはとても見えない青年が、鼻歌まじりに、砂場のど真ん中で宇宙人のフィギュアで遊んでいる。これでもかと不審者だ。子どもと一緒に遊んでいた母親の1人が近くの駐在所に電話をかけようとしたが、あら、あと赤い顔をして止めた。三十前後の、顎元に傷はあるものの、これでもかとスタイルのいい美形。
しかしイケメンは大事だが、子どもはもっと可愛い、母親はごねる子どもをなだめながら公園を急いで去った。たった1人になった男は宇宙人のフィギュアを全て壊してしまうと、また鼻歌交じりに歩き出した。契のいる会社へ。
「紬でーす、よろしくお願いしまーす!!」
研究所、派手な音楽をかけながらライブ会場のように紬が登場してみるものの、研究員たちは会釈一つせず、そもそもこちらも見ない。顔をしかめながら、どうにか紬が笑顔を保っていると、ここ専属のパイロットです、声が聞こえた。今度こそ、紬がとびきりの笑顔で振り返る。
「紬です!はじめまして、よろしくお願いしまっ」
「…お」
練習に練習を重ねた営業スマイルが最短記録で崩れた。目の前でパイロットです、とやる気無く紹介してきたのは、つい先程自分を散々コケにした馬鹿親子の父親の方ではないか-まずい、よりによってこんな男に自分の本性を知られてしまった-空気が読めてなさそうな馬鹿面、交渉しようにも大人数の前だ。紬で頭をフル回転させながら悩んでいると、男はこう言った。
「はじめまして、契といいます」
それは、演技でも何でもなく、素の言葉だった。覚えてないのか-あんなことがあったのに。
「…ゆ、夕方お会いしましたよね」
「………は?夕方?どこで?申し訳ない、最近物忘れが激しくて」
たまらず紬は契に殴りかかった。
「紬さんお戻り下さい!」
「こちらは困ります!」
「五月蠅い、通してよ無能供!」
無能無能無能、どいつも無能-色仕掛けも金も引っかからない馬鹿ばっかり-紬が大股で急いだ先は、工房の最奥にある、女帝・琴の部屋だった。
「失礼します!」
「…あら」
彼女が振り返った瞬間、紬がうっと呻いた。すごい砂糖と煙草の匂い-写真では見ていたが、実物はもっと迫力がある。体格もそうだが、何だろう-とても長生きしたそうな体型と喫煙量ではないが、この女、人類が全滅しても生きてそうな気がする。
「今日からうちに雇われた…ええと紬さん?どうかしたの」
「契とかいうパイロットを変えて下さい!彼と同じ職場なんて耐えられません!大体、あの写真のイケメンがパイロットじゃないんですか!?」
「あの写真はここのスタッフで、あなたが勝手に勘違いしただけよ。パイロットもちゃんと映していた。それに、うちには彼しか専属していない」
「は…う、嘘でしょう。だって、こちらの部署、全戦全勝ですよね」
「そうよ、彼一人で勝っているのよ」
嘘、嘘嘘嘘嘘あんなドン腹に-いや、と、紬がにやりと笑った。これ以上ごねては、なら辞めたら、と提案されているのは目に見えている。ロボットに乗れる、人類規模のヒロインになれるのだ、ここは-ふ、と紬は勝ち誇ったように笑った。
「随分かばうんですね」
「うちの大事な資財だからね」
「またまた、愛し合ってたんでしょう?元婚約者だとか」
ぴくり、と琴の眉が動いたような気がしたが、それだけだった。しかし紬は怯まない。
「『私たち』のような者が全て望んでるパイロットに、元恋人だからって贔屓して…こんなことが公にされたら、貴女、ますいんじゃないですか」
「それ、脅してるつもり?」
「つもりではなく、恐喝ですわおばさま。さあ、あの男を降ろして、私を今すぐ唯一無二の専属に」
ぱんっ!!
「…素人相手にいきなり急所はますいんじゃない?」
「言うことそれだけ?」
公園で歌っていた男が紬の首もとを殴打すると、彼女はあっけなく倒れてしまった。その倒れた体を股越し、琴を後ろから愛しそうに抱きしめた男の胸元には『研究員 海』と記してある。
「随分熱心にかばっていたね。まだあの男に気があるの?」
「私に鬱陶しくくっついたところで、ロボットはあげないわよ」
「ああそうですか」
海が紬を眠らせたように琴の首もとを狙うが、彼女を守る十二分の脂肪を見て、彼は高らかに笑った。これでは眠らせるのは無理だ。
「さあ、女王様。天使と珈琲でも飲みに行きませんか」
「何が天使よ、死神さん。あんたが来たってことは…近いのね」
琴の飲んでいた珈琲を勝手に取り上げ、一気に飲み干して、海がにいっと笑った。
「信じられない!信じられない!訴えて勝ってやる!」
五月蠅い、運転席で騒ぐ紬の後ろで、契は暇そうに横になっていた。いつの間にこんなの作ったんだ、契は恨めしげに彼女の機体内を目で一周した。可愛らしい女の子の部屋のような作り、良い匂いまでする、おまけに自分が普段乗っているのとは倍の広さがあるのではないだろうか。
まあ何はともあれ、演習だ。契はその付き添いとなる。これに文句言わない理由はすぐに察しがついた。先ほどから、やたら上目遣いでこっちをちらちら見てくる。手には小型カメラ、こっちが少しでも近づいたり手でも触れようものなら、それを映像証拠に騒ぎたいのだろう。あいにく、何をされても指一本動く気がしない、契がわざとらしく大きなあくびをして背を向けると、紬は苛立ったように操縦席を叩いた。すると、甲高いアニメ声が聞こえてきた。
『そうバンバンバンバン叩くんじゃねーよ、ヤリマ○が!!』
「は…何よこいつ!」
「お助けアナウンサーみたいなもんだ」
「要らない…五月蠅いし。消去」
『おい、こらてめー整形ブス!!』
騒ぐ真夜中を主電源ごと切った、契がやれやれと起き上がる。彼女が出て来たということはー いや、考えすぎか。これはあくまで演習だ。
「さあ、演習だからこそ、派手に、好きに動けるわね…カメラは?音楽はもう鳴ってるの?」
「何言ってんだ、カメラが来るわけないだろ。音楽なんかも鳴らねえよ」
「………は?だ、だ、って、じゃあ、どうやって全世界に私の大活躍が知れ渡るの?世界的、ううん、宇宙的アイドルになれるんじゃなかったの?」
「ここでの人たちは、宇宙人のことも、もちろんロボットのことも知らねえよ。公表したところで、情報消される、おまえがそのカメラで映したところで撮影です、とか言われて終わりだよ。あんたみたいな肩書きなら尚更な」
落胆、したように見えた。契は少なからず同情する、こうして騙されてやってくる人間は少なくない。なら早めに情報を教えて、傷もつかないうちに現実に還した方が-また、殴って、降りると、騒ぐと思っていたが、彼女の反応は予想とは違った。
「いいわ。それならそれで構わない。私はここで絶対パイロットになる」
「…物好きだな。芸能界のが平和そうだが」
「…あんた、芸能記事…っ、ああ、怪我ってことにした上にあんたは私の顔も知らないんだったわね…いいわ。さあ、教えて。どうやって動くの」
少なくても、遊びの目ではない、契がどっこいしょ、と座り直した。少し近づく、また騒ぐかと思ったら、そうでもなかった。しかし思い切り耐えてる顔が多少傷ついた。まあこれが年頃の女の子の普通な反応といったところだろう。娘が規格外過ぎるのだ。
「まず、ここを握って歩きたいって思ってみ」
「は、それだけ!?それだけ!!?」
「きゃほおおおお!最高!!」
演習、確かに好き勝手やってもいい。動ければそれでいい、時間もない、エンジンもない、ただ、本人の意識のまま動くから。歌うポーズをしたり、踊ったり、バク転したり、契の知る限り、ロボットはかつてないほどアクロバティックに動いていた。
「ねえ、これ、戦ってるところは無理でも、プロモに使ったらダメかしら!?日本中、いや世界中驚くわ!その第一弾として、私が乗りながら歌うのよ!どう!?」
「いいわけねーだろ」
「あー、どんな曲がいいかしら!作詞はやっぱり私の方がいいわよね、話題性つくし!作曲は出来ないから、その辺の一流に任せるとしてぇ」
聞いちゃいねえ、契は嫌そうに紬を見た。そして、あることに気づいた。綺麗にセットしていたであろう髪は邪魔だったのか乱雑にポニーテールにし、興奮と汗で化粧はほとんど落ちた。こちらの方が純朴そうでよほど可愛い、ほんとに、世間の感覚は、年頃の女子の感覚は分からん。
「何じろじろ見てるのよ、セクハラで訴えるわよ」
いややっぱり可愛くねえ、契がビールを飲んで良いか聞こうとすると、ふと、世界が軽くゆがんだ感覚があった。嫌な予感はいつだって当たる、目の前にいたのは宇宙からの使者だった。警報が鳴り響く。真夜中が出てきたそうにもがいている。紬はまた目をキラキラさせていた。
「何何、CG?いいじゃない、動くだけに退屈してたところよ」
「馬鹿本物だ、退け。ここからは遊びじゃない」
退かそうとするが、紬は動かない。にらみ合う目は度胸だけは据わっていた。
「戦えるわ。シュミレーションを何度やったと思ってるのよ」
「…じゃあ、どうぞ」
「行くわよ!ぼっこぼこのぎったんぎったんに-」
あれ、と、紬が笑う。先ほどまで踊ったりしていたロボットが少しも動かないのだ。使者-仮にFとして、Fは少しずつではあるが、確実にこちらにやってくる。紬は焦るが、全く動こうとしない。焦りで、操縦ハンドルが滑る。
「な、何で何で何でどうして!?」
「お前が怖がってるから、そいつも怖がるんだ」
「わ、私がいつ怖がって」
「鼻水出てんぞ」
紬が慌てて鼻の下ぬぐうが、これは汗、と叫ぶ声もかすれていた。変わってやろうかと思ったが、ここまでだだっ子ならば、言ったところで変わらないだろう。
「真夜中つけてみ」
「まよなか?」
「お前がさっき電源ごと切ったアニメ声だよ」
少し迷った後だったが、紬が悔しそうではあるがしっかりと主電源を押した。てっきり意地悪して出てこないかと思ったが、もっと悪かった。これは反論する気満々だ。
「ふふふふふ…呼ばれて飛び出て出て来てやったぞこのマ○カスやろうが!」
「だ…誰がマ○カスよ!そっちの手入れにいくらかかってると思ってるのよ、人工知能の分際で!」
「お前等ねえ、可愛い声でそういうことでかいことで言い合うなよ。おっさん興奮通り越して萎えるよ」
「「おっさんは黙ってろ!!」」
ハモった、気は会うらしい、勝手にやってくれ、契はもうとうとうひっくり返ってビール缶を開けた。
信じられない、ビールを飲んで寝た-まあ、いい。元からあんなオヤジ相手にしていない。誰にも、期待していない。自分だけの手柄にする。この人工知能だって、倒す瞬間にまた電源ごと切ってやる。自分だけの手柄にしてやる。
「私は完璧、私は完璧-」
「おい、聞いてるのか?」
「分かってるわよ。契約でしょう。痛くも痒くもないわ」
ずぼっ
腕が千切れそう-紬がこらえながら、耳元で、真夜中の機械的な声が聞こえる。これが契約の代償か、紬は笑いさえ出てきた。
「もっぺん言ってみなさいよ」
「では、もう一度。なぜあなたが人より痛覚が鈍いのかの経緯を」
ぴくり、と、眠っていたはずの契の耳が動いた。




