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おじロボ!  作者: 七色
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参話・壱



 けたたましい目覚まし時計が鳴り、契が重いまぶたをむりやりこじあけて目を覚ます。なんだか体が重い。どっこいせと気合いを入れて安物マットレスから体を起こすと、胸元には下着姿の凪、首もとには口を開けたイグアナが寝ていた。

 「                」



 中年男が朝一から叫べば、喉も嗄れる。のど飴を片手にパンをかじっていると、向かいには無理矢理上着を着せた凪が更に気だるそうに眠っていた。

 「あのな、お前、ほんと何考えてるんだ。おっさんからかって楽しいか」

 「…下着…高かったのに…」

 「うんうん、それは悪かった。無駄にして悪かったな、じゃなくて!俺とお前は戸籍上は他人だけど実の父親と娘なんだよ、分かる!?お前が例え真っ裸でいようが俺は絶対何もしないし、つうかお前も何でそんなに俺を誘惑するような」

 そこまで怒鳴ると凪が決意したかのように、おもむろにブラジャーのホックを外し始めた。契が思わず両手で両目を覆うと、胸元の携帯がやかましくなった。この音は社長宛だが、電話に出たくても出れない。片手でも外したら大変なことに-大変なことに-それでも電話は鳴り止まない、急ぎの用かもしれない。覚悟を決めて契が片手だけずらすと携帯電話をたたき割るかと思った。ブラジャーの下はまたブラジャーだった。

 「何だよその斬新な着方!!」

 「電話、いいの?」



 どちらにしても時間だ、契がばたばた出て行きながら電話をかけ直す。

 「あ、す、すんません、ちょっと立て込んでて」

 『いや構わないよ。あんまり出ないから、娘さんと何かあったのかと面白くなっゲフンゲフン心配して』

 当たらずとも遠からず、おまけにおもしろがりやがってクソじじい-いや、自分の恩人だ。

 「事件じゃないんすか」

 『うん、まあ、ある意味事件だね』



 仕事の前に、会社近くに構えられている工場施設にそっと入る。最新の機械ばかり並ぶ工場内を勧めば、白衣を着た眼鏡君と眼鏡ちゃんたちが揃って同じ画像を見ていた。どうでもいいが、どうしてこういう人種はみなコンタクトではなく眼鏡なんだろう。

 「すごくいい角度だね」

 「素晴らしい黄金比率だ」

 何だまた新しい武器か-契も後ろから覗き込むと、ぎょっとなった。またすごい美少女だ、年は凪と同じくらいだろうか。凪が月と例えるなら彼女は太陽といったところか、どこのアイドルだ-というかこんな顔を見てもこいつらこんな反応しか出来んのか、契がため息混じりに科学者たちの背中を見ていると、もう飽きたのか散っていった。で、この美少女がどうしたのか、契が画面を眺めていると、後ろから社長が歩いてきた。契と目すら合わさない科学者たちも、さすがに会釈している。

 「どうだい」

 「まあ、可愛いっすねタイプじゃないけど。彼女がどうしたんすか?またロボットをプロモーションに使わせてくれとかいうアホな会社でも現れましたか?」

 「いや、新しいパイロット候補なんだよ」

 「へー」

 契は冷めた目で彼女を見上げた。実はこういった話が持ち上がるのは珍しい話ではないのだが、仕事の過酷さと休みの取れなさと時間の不自由さにあっという間に止めていく。最低記録は1日保たなかった。

 「今度は何日持つかねえ」

 「案外タフかもしれないよ。現役アイドルのセンター張ってるからね」

 「え、見たことねえ」

 「テレビくらい見なさい、君も…名前は紬ちゃん。とりあえず試験期間として、三ヶ月。表向きは、怪我による休業ってことになってるから。一応体裁として、高校にも通わせる。ええと確か…○○女子高等学校」

 ぶっ

 「?どうかしたかね」

 「いえ別に」

 何でよりによって凪の高校なんだ-いや、まさか会うことも、そしてまさか彼女がパイロットと名乗ることもないだろう。契が無理矢理笑みを浮かべて社長を見る。

 「で、今日来てるんすか?」

 「いや、今日はとりあえず学校だよ。事件があったらすぐに抜けてもらうけどね。外で会うことあっても他人のふりしてってことで…よろしくね?」

 「はーい」

 よろしくも何も、そんな小娘と何話していいか分からないし、そもそも仲良くする必要性がないし、更にもっと言えば、彼女がどんな顔をしていたか社内に行く頃には忘れていた。



 授業始まる前は、お嬢様校とはいえ無法地帯になる。聖書の下に化粧特集やアイドル特集を並べて、情報交換に忙しい。最近では凪も仲間に入り、彼女たちは余計楽しそうだ。相変わらず合コンにはついてきてくれないが、その無表情さと変わった性格が逆にうけ、契が心配しているほど凪の交遊関係は寂しくはなかった。

 「えええ下着姿でアタックしても駄目だったの!?」

 「どんっだけなの、凪ちゃんの片思い相手!まさかブス専!?」

 「それはないと思うけど…おかあ…っ、昔の彼女はすごい美人だったから」

 「そっかー」

 まさか相手は父親とはいえないが、契へのアタックの仕方の相談、愚痴相手に困らないのは凪にとっても助かっていた。それでも相変わらず、凪の世界は契だけを中心に回っている。

 「凪ちゃん、こんなに可愛いのにねえ」

 「でもさでもさ、負けじと、紬ちゃん、ますます可愛くなったよね!怪我でしばらく見れなくて残念だなあ」

 「…紬ちゃん?」

 「ウソ、凪ちゃん知らないの!?ほら、このセンターの子だよ!」

 ほらほら、と級友が雑誌を見せてくれるが、凪は首を傾げる。これが可愛いのか、凪の目にはペットのイグアナの方がよほど可愛く見える。

 「見たことない」

 「ええ!?凪ちゃん家、テレビ何見てるの」

 「昨日は…じいさん探偵Gを見てた」

 「うわじじ臭…凪ちゃん、部屋にテレビ買ってもらいなよ」

 契の趣味を馬鹿にされたようで凪が少しむっとするとチャイムが鳴り、生徒たちは一斉に後片付けをして席に戻り、お嬢様の顔つきになった。この変化ぶりは何度見ても恐れ入る。

 「はい、おはようございます」

 「「「おはようございます」」」

 「今日は皆さんの新しいお友達を紹介します…入って」

 転校生とは珍しい、凪以外の女生徒が身を乗り出していると、教室中が叫びだした。さすがの凪も顔を上げると、目の前にいたのは、右足に包帯を巻いているが、正真正銘の大人気アイドル紬だった。

 「はいはい静かに静かに…自己紹介は必要なさそうね。怪我の関係で、しばらく学校に通えることになったそうです。短い間になるかもしれませんが、皆さん、仲良くしてあげて下さい」

 「「「はいっ」」」

 「紬って呼んで下さい。よろしくっ」

 教室中から再び、黄色い悲鳴が挙がった。

 それから、授業が終わるまでクラス中は静かにしていたもののずっと浮き足だっていた。凪もまた、国民的美少女から目を離さないでいたが、すぐに、止めた。契の興味のある外見ではないだろうから。



 その日は1日お祭り騒ぎだった。紬の周りには常に人で溢れ、男子校からも乗り込む生徒が出て来て警察沙汰にまでなった。彼女は常に人に囲まれたが、凪はずっと本に没頭していた。中年の堕とし方、大人っぽく見られる服、彼女の興味は尽きない。そんな凪を時折面白くなさそうに見ている紬の視線にも気づかないほどに。



 放課後になってもお祭り騒ぎは止まず、正門前は警備員とファンと野次馬でもみくちゃになっていた。生徒たちはバスで帰らせることになったが、凪は酷く乗り物に弱い。契のロボットに乗らざるえなかったときも、そのときは我慢できたが、終わった途端嘔吐が止まらなかった。駄目もとで契にメールを送っていると、校舎裏で大きな声が聞こえた。

 「なんで迎えに来れないのよ!この私をバスなんかに乗せる気!?バスん中まであの猿たちの声を聞いてなくちゃいけないわけ!?日がな1日きーきーきーきーバッカじゃないの!こちとら休業中で通ってんのよ!馬鹿、切るな!何よ忙しいって、このガリ勉供が!!」

 低い怒声の般若のような顔と紬と目が合うと、彼女は慌てて電源を切った。まばたきした後は、人気アイドルの顔と人気アイドルの声をしていた。

 「あ、あら貴女、確か同じクラスの…ごめんね、ドラマの練習中で」

 「落ちた」

 「え?」

 「マツゲ」

 「うっそ!?」



 契が迎えに来てくれないなら迎えに来てくれないで一刻も早く帰りたかったが、紬がそれを許してくれなかった。あいかわらずつけまつ毛がずれたままの紬が、凪の腕を掴んで離さない。

 「あんた…私が実はブスで声も低いって誰かにしゃべってみなさい…うちの会社がどれだけの損害になるか分かる!?分かんないわよね、ガキなんだから!!」

 「あの」

 「何よ!お金でも請求するの!?」

 「私、言わない。お金も要らない」

 「………は、だ、黙ってるの?タダで?」

 「うん」

 何こいつ何こいつ何こいつ-紬の頭は大パニックだった。何を言っても無表情、凪だけが自分に好奇の視線を送ってこなかった。おまけに全然自分が思った通りのことを言わない。全然こちらを興味なさそうに見る。街に出れば人に見られ、ステージに上がれば万単位の人が喜ぶのに-こんなに綺麗で性格も-否、紬が吹き出すように笑った。

 「分かった!あんたも、実はブスなんでしょ!」

 「いたっ」

 紬が凪のマツゲを引っ張るが、全く取れる気配がない。地だ。目も、鼻も、顔も、口も、触ってみるが全く整形した形跡がない。半泣きになった紬が凪の両頬をわしつかむが、ファンデーションも塗っていないことにすぐに気づいた。とうとう泣き出した紬が、凪を押し倒した。

 「何よ!生まれつき美人で性格も良くて声も高くて…何様よ!私、私が、どんな思いで、ここまでっ」

 押し倒された圧力による痛みと、背中の土の痛みに慣れてきた頃、凪はようやく紬の顔を見た。たくさん泣いて、たくさん騒いで、マツゲも化粧も取れてしまったけど、雑誌で見るより、今の彼女の方がよほど可愛く見えた。


 「はい、ストップ」


 大人の男の声が聞こえ、紬が慌てて左に倒れ込み、両手で顔を覆う。

 「先生助けて下さい!彼女が!彼女がいきなり!」

 「へー、俺にはこいつが虐められてるように見えたけどな」

 転校初日から教師に見られたか-まあ、どうせ正体も生徒に見られた。すぐにこの教師とこの生徒を追い出せば問題はない。決意した紬が立ち上がると、目を疑った。どん腹の冴えない中年-なのに、立ち上がり駆け寄った凪は、彼に恋をしているように見えた。

 「契ちゃん、仕事大丈夫だったの?」

 「ああ、暇だったし…お前が迎えに来てなんて珍しいしな…じゃあ、連れて帰るわ。あまりこいつを虐めないでくれ」

 抱き上げる手は父親のものだとすぐに分かり、しかしそれを受ける凪の顔つきは女のものだった。一気に2人の関係性と凪の片思いが見えて、紬はたまらず叫んだ。こんな綺麗でこんなまっすぐなのに、実の父親に恋しているのか。

 「あんた、ファザコンなの!?気持ち悪い!!言ってやる!学校中にばらまいてやる!!」

 「…どうぞ」

 無機質にそう言われ、そしてすぐに笑顔で凪が契と帰っていき、紬は、両腕から地面へ崩れ落ちた。そして彼女の胸元で携帯電話の呼び出し音が鳴り響くと、すぐにアイドルの顔になった。


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