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おじロボ!  作者: 七色
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弐話


 某有名私立女子校の近くに狙ったかのように建てられている某男子校。名前さえ書ければ入れるという噂で、高校に入る気など全くなかった椎は、それがあながち都市伝説でもないような気がしている。入学試験のとき答案は真っ白でも、名前だけは律儀に書いてしまったからここにいるのだろう。

 「おはよーさん」

 「おはよう」

 幼い頃から小柄で肌も焼けず声もあまり低くない椎は、男女とよく虐められていた。高校になったらもうそんな暇人はいないだろうと思っていたが、甘い幻想だった。中学校のような激しい虐めはないものの、早々に気の強そうな連中に目をつけられ、パシリのようなことをさせられていた。

 「あんパンあったか」

 「あったよ」

 「おっつおっつ。ありがとな」

 「うん」

 しかし、それだけだ。普通に学校生活を送っている者には十二分な虐めに見えるかもしれないが、二三回死に目にあった中学生時代を思えば、椎の毎日は平和そのものだった。行き場のない成績不良ばかりが集まっているのだ、あまり大きな問題を起こして、退学にでもなったらたまらないのだろう。

 それに-椎には、心の支えのような人物がいた。携帯の待ち受け画面にぼやけてはいるが正面に映っている、隣の女子校に通う凪の姿だった。



 授業が始まったが、ほとんど誰も聞いていない。出欠だけ取ると半数は出ていってしまうし、半数は席を立ったり大声でしゃべっている。とても一緒に馬鹿騒ぎできるような性分ではない、かといって授業も聞こえない、椎はぼんやりと教師の背中を眺めていた。彼は慣れた様子で、誰も聞いていない中、淡々としゃべり、授業を続けている。将来に何の希望もない椎は、この人の跡継ぎなら楽そうだな、とぼうっと考えていると、ふと、いきなり携帯電話を取られた。

 「えっ」

 「おい、見ろよ。こいつの待ち受け、凪ちゃんだぜ」

 「かえ、返せよっ」

 ていうか気易く凪ちゃんとか呼ぶな-珍しく焦った椎を見て面白そうに、男子たちがふざけて携帯電話を回す。そのうち、クラスの中で一番体格がいい男が携帯を手にし、にっと笑った。面倒な奴に捕まった-教室中が妙に静かになる。

 「お前、この子好きなのか」

 「好き、っていうか」

 「じゃあ、放課後付き合えよ」



 連れてこられた先は、予想していたといえば予想通り、某有名私立女子校。凪が通う学校だ。腕が千切れるのではないかと思うくらい強く引っ張られ、ようやく解放されたかと思えば、隠れるように茂みの裏に座らせられた。さすがというか何というか、警備員のように男教師が目を光らせている。自分たちのようなものを警戒しているのだろう。体格のいい男子が、椎の背中をどんっと叩いた。

 「ほら、連絡先聞いてこい」

 「…はっ?」

 「凪のだよ!ほら早く!」

 「む、無理、無理だよ!もう帰ったかもしれないし-…」

 我ながら最もな理由で断れた気でいると、男子がまた椎の背中を強く叩いた。来た、と小声で言われ、ウソだろ、と顔を上げた。本当にいらっしゃる-自分一人でもなかなかお目にかかれないのに、何で今日に限って-男子が興奮気味に椎の背中を叩き続け、とうとう、思い切り押した。

 「わ!?」

 押されるとは思ってなかった椎は完全に無防備で、転げるように凪の足元に滑り込んだ。痛い、頬を擦った。椎がまばたきしながら起き上がろうとすると、とんでもないものを見た。凪ノーまあ、パンツだ。人生初生パンツとなる。おまけに凪の。鼻血ではなく涙が出そうだった。嬉しさよりも罪悪感が出て来た。登場が登場だ、凪以外の女子がきゃあきゃあ叫び、男教師も飛んで着て、男子生徒は逃げ出したようだ。もう全てを諦めて椎が座り込んでいると、なんと、凪が自分の前に立ってくれた。

 「待って下さい先生、この人友達です」

 「何を言っている、隣の学校のクズだろう…早く警察に」

 「本当です」

 凪に強めの口調で言われ、見つめられ、教師はふっと顔を逸らした。見間違いでなければ少し顔が赤かった-教師まで惹いてしまう美少女は、自分の手を取った。

 「行こう」

 「う、うん」

 繋げたら死んでもいいと思っていた凪の手は、ぞっとするくらい冷たかった。



 「あ、ありがとう」

 「別に」

 凪が-あの凪が目の前にいる。なのに、椎の心は、驚くほど『無』だった。緊張も興奮も、あっという間に和らいだ。触れた手は冷たいし、驚くほど素っ気ない。目は全くこちらを見ないし、顔が整いすぎて、近くにいるだけで何だか自分が酷く惨めになった気分だった。こいつロボットじゃないか、と考えてしまうくらい。何を勝手に期待、妄想していたんだろう。美少女だからって、ふわふわにこにこ、笑ってるわけじゃないのに-帰ろう、と思ったそのときだった。

 「契ちゃんっ」

 「…おお、学校終わったのか」

 「うん」

 椎は首まで赤くなった自信があった。可愛い-ふわふわ笑った。理想の顔をさせた張本人-誰だ、と椎が男を見る。典型的な中年、モブAとでもいうべきか。凪の父親-まさか。全然似てない。ちゃん付けだし。目が合うと、誰だ、と凪に聞いていた。お前こそ誰だ、と、椎は思ったが、何だかこれ以上関わりたくなかった。

 「凪さんに助けられたんです。ありがとう、凪さん。じゃあ、僕はこれで」

 「…お、おお、そうか。お前でも人を助けるんだな」

 「どういう意味」

 楽しそう、楽しそうだ。嬉しそうだ。凪が。全く似てないが、父娘という関係が一番しっくりくる。しかしあれでは、凪のあの顔は、思い切り大好きな彼氏の前で見せる顔だ。



 何度か死んでしまおうかと思ったときはあるが、今日は特別だ。凪への淡い恋心が消え、待ち受け画面も消したのに、自慰行為をしたきっかけは、凪のあの笑顔だった。悔しい、情けない。あの凪の笑顔が-どうして自分のものにならない。その夜、椎の中で何かが弾けた。それは彼の人生の、小さな革命に近いものだった。



 翌日、椎は学校を休んだ。制服を着て、カバンを持って、家は普通に出た。まさか高校に行かないなんて思ってもないだろう、というか僕にそこまで興味があるとも思えない。椎は早足であるところへ向かっていた。全く、ネット社会は恐ろしいものだ。アイドルというのも恐ろしいものだ。凪の目撃情報を辿れば、住んでいるであろうところはすぐに割り出せた。椎はそこへ忍び込み、凪を待つつもりだった。しかしドアをこじ開けようとした瞬間、椎は驚いた。ドアはあっさり開いた。平日の朝なのに-まさか凪も学校が休みなのか、もしくはまだ誰か家族がいるのか。

 ここまで着たら何でもいい、椎は思い切って中に入ってみた。心臓が五月蠅い。考えたらもうこれだけで犯罪だ、構うもんかと椎は土足で上がり込んだ。汚い部屋、おまけに異常にカレー臭い。生活感が溢れ過ぎて、何だか落ち着かない。椎が歩くと、思わずうわっと呻いた。化け物かと思ったらイグアナだ。まさか-飼ってるのか?美少女のくせに。こいつ噛まないよな、椎が牽制しながら部屋内を歩くと、凪がいた。

 寝ている-さぼり、か。創立記念日か何かか。分からないけど。ごくり、と唾を飲み込み、椎は凪の上に跨った。犯して脅して-僕の言うこと以外聞かないように-

 震える手でボタンを一つ、二つ、開けて。そして。凪の目が開いていることに気づいた。彼女は叫ぶでも、抵抗するでもなく、ただ椎を無機質に見ていた。風景のように。これから犯し終えるまでずっとこの目で見られるのか-椎にはとても耐えられそうになかった。勃起していたはずの椎自身も、もう再起不能だ。椎は震えながら体を起こすと、凪も続いた。

 「通報していいよ」

 「………昨日の」

 「そうだよ…学校にも、親にも、言えば」

 凪がぱたぱたと歩いていく。ああ電話される-終わった。僕の人生が。始まってもないのに、もう終わった。椎が震えていると、凪は電話した様子もなく、目の前にティッシュ箱を差し出した。

 「…え?」

 「涙」

 椎は泣いてることに今更気づき、そして、今度こそ、本格的に大泣きした。そして、その涙が一瞬で乾いた。今正に自分がいるところを、何か巨大なものが貫いた。あ、死んだ-客観的にそう思い、椎は意識を手放した。なぜか、笑っていたと思う。



 比較的恵まれてた環境だったと思う。年の離れた姉がいて、僕がいて、両親がいた。可愛がられ、叱られ、真っ当に育てられた。しかしあるとき、姉が不慮の事故で死んだ。自分はまだ幼かったから泣かなかった。そんな自分を父親は殴りつけた。姉の死に顔よりも、そのときの痛みの方がよく覚えている。

 両親は泣きながら謝っていたが、僕にはそのときから、どこか両親との間に線を引いていた。愛し、愛されてはいるが、どこか不自然だった。親は姉を事故で失ったことから送り迎えを徹底していたおかげで、放課後友達と遊べず、おまけに周りがどんどん身長が伸びていく中自分は小柄のまま、肌もちっとも焼けなかった。

 虐めはどんどん酷くなり、一番酷かったのは、自分のぼこぼこに殴られた挙げ句ほぼ全裸にされた写真が学校中にばらまかれたことだ。父はずっと黙っていたし、母は泣いていた。恥ずかしい、と聞こえた。

 もう学校にも行きたくなかったがどうにか中学校は登校日数が足り、更に高校も名前だけ書けば受かる学校に受かってしまった。両親は喜んでいるが、それだけだった。自分が学校に行けば、生きていれば、それだけで手放しで喜ぶ。少しでも道を違えば信じられないほど落ち込む。もう、いい、もう勝手にしてくれ。僕は僕で-やりたいことも-あれ。何だっけ。



 何度か瞬きを繰り返し、椎が目を覚ます。死ななかった-ゆっくりと体を起こすと驚いた。病室の中だろう、まさか凪がついているとは思わなかった。まさか心配してずっとついてくれていたのかと一瞬甘い妄想をしたが、すぐになくなった。凪はじっと奥に座り、携帯電話でテレビを見ていた。

 起き上がり、画面を覗き込んだ椎が目を疑った。何だかよく分からない気持ち悪い化け物-その腕には見覚えがある。自分の腕を貫いた物体だ。その物体が、ロボットらしきものと戦っている。

 「何、何だよこれ」

 椎が慌ててテレビのリモコンを操作するが、そんなものはどこにも映っていない。凪は映画かドラマでも見てるのかと思いたかったが、映る街も、化け物でさえ、椎の目に確かに映っていた。

 「どうなってるんだ、何だよそれ」

 「お父さんが乗って、戦ってるの」

 「は…何、そいつ。宇宙人?」

 「分からない。お父さんも分からないけど、戦ってるの」

 「何だよ、それ」

 どっから突っ込んでいいか分からないーけど、分かっていることは、自分はその化け物にやられかけて、そして、そのロボットとやらに乗っているのはあの契とかいうおっさんだろう。本当に、というかなんというか父親だったのだ。そしてこれは出来れば分かりたくなかったことだが、凪は契に恋している。彼女もまた、届かない恋をしているのだ。泣きそうになったが、今はそんな場合ではない。気がつけば、椎も凪の隣で画面を覗き込んでいた。

 戦いの知識は全くない。というかロボットの戦い方も分からないが、ロボットは明かに苦戦していた。異形の放つ光線が早い。避け続けていたが思い切り当たってしまい、ロボットが倒れた。

 「あっ」

 「大丈夫、これくらいじゃ死なない」

 口でこそ凪は強いが、その手は震えている。下心なしでその手を押さえてやりたかったが、自分の手では役不足だと分かっていた。ロボットは倒れ、軍隊が回り込むように壁になる。が、ロボットよりもずっと弱いらしい機体は次々と潰れていく。その間にもロボットの突貫工事のようなものが行われ、よろよろに立ち上がった。死んじゃうんじゃないか-というか生きてるのが不思議なくらいだ。凪をちらりと見る。ロボットが少し立ち上がると、落ち着いたようだった。

 「何で君の父さん、あんなのに乗ってるの」

 「私も詳しいことは聞いてない…けど、誇りにしてる。この世界を守ってる」

 「誰も知らないのに?誰も応援してないのに?」

 「私がしてるわ。私が応援してる」

 そんな小刻みに震えた手の応援と、ビール腹で救われてる地球か。笑えてきた。椎は病室の窓を開けて、思い切り叫んだ。

 「頑張れ!頑張れ!!」

 半ば自棄になった行動だった。とにかく、凪と契の2人きりの世界に、少しでも、自分が介入したかったのだ。


 だあん!!


 声が聞こえた-そう過信したくはないが、明かにロボットの動きが速くなった。そして彼の拳が思い切り異形に触れようとするが、すぐに異形は避けてしまった。瞬間、また異形の光線がロボットに注ぎ込む。思い切り当たりすぎている-あれじゃ機体が持たないんじゃないのか、椎が祈るように凪と画面を見ていると、ふと、信じられないことにロボットが立ち上がり、そしてまた拳を構えた。あいつ不死身か-ロボットはそのまま異形を叩き込むと、それは完全に沈黙した。倒したのだ、やった、思わず椎が笑顔で立ち上がると、凪が倒れた。

 「凪さん!?」

 慌てて駆け寄る。すごい手汗、緊張の糸が切れてしまったのだろう。敵う気がしない、ふっと笑った椎は、ナースコールを押した。



 「契ちゃん、契ちゃん」

 「大丈夫だって、もう泣くな」

 全然大丈夫そうに見えない。実際契は包帯だらけで、外傷も酷い。それでも、娘の前で気丈に振る舞っているだけとは思えなかった。人間ですらないのかもしれないけど-格好いいな、畜生。

 「お、君、凪の友達か」

 「友達ってわけじゃ…」

 「ありがとな。応援してくれただろ。小さいけど、よく通るなお前の声」

 

 あ。 

 あ。

 あー…


 「どした?」

 「い、いえ。こちらこそ命を救ってもらって、ありがとうございました」

 「ぷ、固…あ、じゃあ、そろそろ行くわ。俺のこととか黙っとけよ、記憶いじられて、必要なことも忘れるぞ」

 じゃあな、と契が去っていく。戦士の背中だ、椎がずっと見守る中、自分よりもずっと熱い視線を、凪が送っていた。



 数日後。

 「あ、凪。ストーカー男、今日も来てるよ」

 「怖―。うちらと帰ろうよ。今日こそ、一緒にカフェに」

 凪がぱっと走っていってしまい、女子生徒がうげろ、と舌を出した。また逃げられた。


 「椎君」

 「…凪さん」


 校門前でずっと待っていたのか、照れたように笑った椎は私服で、頬には思い切り殴られたような跡があった。

 「契ちゃんの会社の人にされたの?」

 「ううん、おかげさまで何もお咎めなしだったよ…言う友達もいないしね。これはオヤジに。学校辞めたんだ」

 「え?」

 「思い出したんだ、やりたいこと」

 ほら見て、と椎は広告を取り出した。青年合唱団の広告、日付はもう数年前のもので、もうボロボロだ。

 「奈落の中学校のときに声かけられてさ…全然相手にしてなかったけど、嬉しかった。認められて嬉しかったんだ。あんまり声変わりはしてないつもりだけど、もらったの中学校のときだし、もう相手にしてもらえないかもしれないけど」

 「F県?」

 「そう、田舎だよ」

 「私、住んでた」

 「そうなんだ」

 ぱっと笑った椎が、広告を受け取り、カバンに入れた。凪の目には、彼がとても輝いて見えた。

 「わざわざ私に?」

 「うん、ちょっと…はは。ちょっと、だけど、好きだったから。けど、パイロットに敵う気しないや。押し倒してみちゃえば?今度。案外、親子の壁越えられるかもよ?」

 「無理」

 凪が少し赤くなり、椎は吹くように笑った。この顔を見られれば満足だ-椎は凪に手を振りながら、大股で歩き出した。途中、ロボットが見えた気がして手を振ろうとしたが、それは電柱で、危うく転びかけた。

 空は快晴、電車は1本逃したが、椎は陽気に歌いながら、F県の観光案内をずっと眺めていた。




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