壱話・後編
今頃、あいつ-ちゃんと帰ったか。いや、今は-今は。
契が睨み付ける先には、例の異形がいた。仮に名前をXとする。何というかエノキが食べたくなる形だ。動きがとにかく速い。この為の銃か、契が銃を乱射させるが早すぎて全く当たらない。やはり自分には銃が向いてない、武器を捨てて肉弾戦で行こうと思っていると、ふいにXの足が紐のように伸び、ロボットの足部分にかすめ、こちらの胴体から思い切り倒れてしまった。
呻きながら契がどうにか立ち上がろうとするが、すぐにまたXの足が伸びてくる。押さえつけられるようにされ、なかなか立ち上がれない。
『あーもう何やってるんだよ!』
真夜中のアニメ声が響く、分かっている、集中出来ていないのは十二分に分かっていた。そして事態はより悪い方向になっていった。足がどこまでも伸び、鞭のように自由に伸び縮みしながら、何度も執拗にロボットを地面に叩き続け続けた。契にはほとんど痛みはないが、これでは機体が持たない。
『おい、おっさん!早く倒さないと、ロボットごと死ぬぞ!』
分かってる、が、立ち上がろうにもまた足を取られた。今までよりずっと高く上げられる。この高さから地面に叩きつけられては本当に機体が持たない。まるで遊ぶように思い切り放られ、叩きつけられる。運がいいのか悪いのか、柔らかめの地面に落ちたせいで機体にほとんど損傷はなかった。
『おっさん生きてるか!?』
「生きてる生きてる」
どうにか立ち上がると、契は信じられないものを見た。ロボット機体の近く、腰を抜かしている男たちの側にいるのは凪だった。嘘だろ、と呟いた。どうしてこんなところに民間人が-真夜中内のシステムに問い合わせたがエラーだ、上も使えない、咄嗟の敵襲にすぐに対応出来なかったのだろう。
『おっさん、いつかのイケメンみたいにロボットに乗せるの止めろよな!四人はさすがにシステムがかばいきれないよ!それに、今日はおっさんだって集中力が』
「分かってる、分かってるよ!」
『声かぶせんじゃねえ!何の為の萌え声だぁ!』
「うるせえ、俺は頼んでねえ!」
今度こそ直訴して真夜中の声設定を変えてもらおう-生きて、帰れたら。さてどうするかね、契がやけくそ気味に笑った。下手に動いたら凪たちが潰れてしまう。考える暇を与えないように、Xがのしかかってくる。どうにか耐えながら、契は凪たちが逃げてくれるのを待った。
「うわああああああああああ何だ、何だあれ!」
「やっぱロボットはいたんだ、感激!」
「感動してる場合か馬鹿!早く逃げるぞ!」
「いや、それが」
康が泣くように、笑う。落下してきた岩に足を取られ、康は身動きが取れなくなっていた。その様子を、絶望した面持ちで伏が見下ろす。
「先輩、先行って」
「じゃあ、そうするわ」
「あれ、あっさり!?」
ほんとに行った、もういよいよ笑うしかない康が凪を見る。彼女は無傷だ、逃げられる。
「君も早く逃げて」
凪は首を横に振ると、岩に手をやった。非力な彼女の力では全く動かない、まさか助けてくれようとしているのか、信じられない様子で康が凪を見た。
「い、い、いいよ、僕なんて見捨てちゃって!惚れてくれるのなんて、二次元で十分だから!」
「あんたが死んでも、関係ない、でも」
この世界は、この人たちは、契が守っているものだ。
「私はあの人を肯定する」
「何やってるんだ、あの馬鹿!」
契は凪がやりたいことがすぐに分かったが、父親として褒めちぎってやりたいところだが、地球人類を守るロボットパイロットとしてはとても賞賛してやりたいところではなかった。
『なんだ、あの可愛い子。何者だ。何であんたとこんなに波長がかぶるの』
「…娘」
『うそおおおおおおおおお!?あんたの遺伝子一個も譲ってなさそうじゃん、良かったね!』
「ありがとありがと」
『あの子なら乗せても大丈夫そうじゃない?波長だけは似てるし』
「冗談、あいつだけは絶対乗せられんね」
言いかけて、ああ、と契は何か思いついたように機体の右手を思い切り拡げ、康と凪を持ち上げると、肩の上に乗せた。このまま非難シェルターまで連れていくことにした。左肩にアンモニア反応、野郎、もらしやがったな-契が嫌そうに反応を確かめると、目を細めた。何の縁だか、確か同じ会社の男だ。
地面より遙か離れたロボットの機体の肩上、頭にしがみつく康は涙が首にしたたり落ちるくらい泣いてしまっていた。
「うわああああああああ降ろして降ろして降ろして!こういうのは妄想だけで!夢の中だけで十分です!」
「黙って」
「き、君は怖くないの!?」
「大丈夫」
震えながら、それでも気丈に、凪は冷静にロボットの頭をしっかり掴んでいる。自分たちを庇うように、機体がずっと胴だけで敵の攻撃を受けている。契の方がずっと痛くて、怖い。
震えながらも気丈に強くいようとする凪を見て、この子は内面がそんなに強くないことに康はすぐに気づいた。どこかで見たことあるような気がする-どこかで-
バラララララララララ!
ふと聞き覚えのある音に頭を上げると、国の機関のヘリコプターだった。中で手を振るのは伏、助けをよびかけてくれたのだ。泣きながら康はヘリにさっさと乗り込み、機体にしがみついて降りそうにない凪を、伏が無理矢理引っ張った。
肩が軽い。離れたはずの凪の心臓の音が聞こえる。聞こえる。すーっと息を吸い込んだ契が立ち上がり、思い切りXを蹴り飛ばす。長すぎて自由な足を引っ張りあげ、今度はXの方が後ろから倒れた。
『おっさん、今日は日が悪いよ。帰ってクソして寝たほうがいいよ』
「帰らねえよ。やっと本調子になったんだから。大人の本気を舐めるなよ、すぐ疲れるけどな」
Xが倒れている隙に思い切り突っ込んでいく。また馬鹿の一つ覚えのように足を取られるが、今度は倒れず、抗わず、ただ耐えて耐えて、そしてXが持てる最高の力を震いきった瞬間、Xの胸元を思い切りこじ開けた。Xの動きが止まる。それでも尚、機体の両手はXの胸元を抉るように削ぐように開き続けた。
『おっさん…おっさん!!』
真夜中に呼ばれ、契はようやく我に返った。もうXは、完全に塵のようになってしまっていた。
『腹が立つのは分かるけどさ、無茶苦茶だよ。生け捕りにするチャンスだったのにさあ、まーた怒られるよ』
「そうだな」
腹が立った、らしい。凪の膝小僧が少しすりむけているのを見て。本当に、愛情も責任感もないくせに、心配と怒りだけは一人前だ。
「怒られに帰るか、真夜中」
『うんっ』
ぱん、ぱんと琴がリズムを刻むように書類を叩く。彼女の周りの若い研究生たちは泣きそう、実際泣いているいる者もいた。機嫌は最悪らしい。謝ることも頭を下げることもなく、契はじっと琴がしゃべるのを待った。
「何を考えているの、と言いたいところだけど。まあ死人が出なくて良かったわ。死にさえしなきゃもみ消すのは簡単だから」
「そりゃどうも」
「あの子、何なの。えらく大事に守ってたみたいだけど。あんたの女?」
ふっと吹き出すように笑った契が歩き出す。まだ後ろで琴が叫んでいるがもう聞こえない。ああなると琴はいつまでも叫ぶのだ。
「ただいま」
一応そう挨拶して部屋に帰るが、玄関には凪の運動靴がない、そうかやっぱり帰ったのか-ため息混じりに契が室内を見回す。静かで明かりもついていない部屋、少し前の日常に戻っただけだ。
電気をつける気にもなれず契が室内へ入っていくと、ふと温い感触が足をかすめた、何だ、と思って電気を付けると、イグアナだった。置いていかれたのか、契が頭をイグアナに近づけると、首輪があることに気づいた。凪が書いたのだろうか、kと書いてあった。俺の名前かよ、と笑ったつもりが、上手く笑えなかった。
「はーあ…」
広いな、ワンルームのくせに。
どこに行っても、どこに逃げても、彼らはやってきて、凪を無理矢理車に乗せようとした。さすがに疲れ果てた凪は、大人しく彼らに従うことにした。こうもしつこいということは、契も承諾済みなんだろうから。
無言で車に乗り込もうとしていると、後ろから、五月蠅い足音が聞こえてきた。男達を押しのけ凪が車から降りると、契が汗だくで走ってきた。
「契ちゃん」
「ごほっ…はあ!すいません、ちょっと時間もらえますか」
「君」
「おい、この人は」
こそこそと会話をすると、男達は引いて、そして何と車に乗って帰っていった。何だか始めてまともにパイロットの権威らしきものを震ったような気がする。
さて、契が凪を見る。綺麗なビー玉みたいな目、ほんとうに誰かさんそっくりだ。目を見ただけで緊張するが、でも今は、ちゃんと話さなければならない。
「俺は、いつ死ぬか分かんない仕事だし、そのくせ給料安いし、お前の父親と名乗ることも出来ない。お前も生活送りづらくなると思う。金銭的な面でも、精神的な面でも。それでもお前が俺んとこにいたいって言ってくれるんだったら、一緒に住んでやるくらいだったら出来る」
一気にしゃべった。どうにか言いたいこと全部言えた。ずっと言葉を待っていると、とんでもないものが返ってきた。凪の唇が、自分の唇にぶつかるように当たった。
「おまっ!何すっ」
まさか赤くならないが慌てて口元を擦ると、凪は真っ赤な顔をして、半泣きの顔で叫んだ。
「これで、誰も私が契ちゃんの娘だなんて思わないでしょう。ほら、見張ってるし」
言われて、契がようやく気づいた。見覚えのある制服姿がうろうろと。帰ったんじゃなかったのか。
「何だってする。何だって言う。娘でも、愛人でも、セフレでも、恋人でも、ペットにでも何にでもなる。だから契ちゃんのところに帰る。契ちゃんしか、好きじゃない」
それだけ言うと凪はわっとへたり込んで大泣きしてしまった。忘れていた娘の癖、腕に力がなくて、足にもっと力がなくて、爬虫類が好きで、そして。誰よりも、泣き虫。
「…帰ろう」
「うん」
翌朝、会社は大騒ぎなっていた。掲示板に貼られた異動命令、そこには康と伏の名前が刻まれていた。何も見なかったように、何事もなかったかのように契が去ろうとすると、伏が待っていた。
「おっさんのせいで人生めちゃくちゃだ」
「詫びる言葉もねえな…あの眼鏡君は」
「も、ずっと興奮しっぱなし。ロボット作る一員になるんだって張り切ってたよ。左遷なんてどーでもいいみたいだ」
「それはそれは」
「ぶん殴ってやりたいけど、止めた。一応、命の恩人だし…はい」
こと、と置かれたのは缶コーヒー1本。
「じゃあな、おっさん。田舎に帰るわ、俺。地球をよろしくな」
「おー、任しとけ」
軽く手を振って、缶コーヒーを開ける。
何年も何年もアテもなく命を張って、始めてのお礼は缶コーヒー1本。そして、家に帰れば、手も出せない、世界一苦手な顔をした無駄な美少女。
「お帰り」
「ただいま」
「ほーら、お父さんが帰ってきたよ、けーちゃん」
「そいつこっちに向けるの止めて、怖いから」
案外幸せかも、なんて、現金に思えるから、今日もどうにか、地球を守ってます。




