参話・参
紬の手が震えている。緊張しているわけでもない、目の前の敵Fに恐怖しているわけでもない。ただ、恐れているのだ。自分のかつての記憶を。
「わ…私…っ、は、お母さんが、昔、アイドルになりたくて、それで、でも、全然、駄目で。お父さんも、自棄になって結婚した相手だからブサイクで…だから私も平凡な顔で…お母さんそれでも私をアイドル審査にひたすら応募してたけど書類すら通らなくて…しょ、小学校卒業するとき…顔、変えられた」
聞くに堪えない内容だった。しかしまだ契約は終わらない。もう勘弁してやれ真夜中、契は心の中から真夜中に呼びかけるが、彼女は応えない。動かない。いつもはちょっとワガママで口が悪い小娘で済んでいるが、こういうときに嫌というほど思い知らされる。彼女は人工知能。情など最初から持ち合わせていない。
「いいとこまで選考いった最終試験で…声がいまいちって落とされて…声帯も…いじられた」
「それから?」
「…そ、それから…やっとデビュー出来たけど…なかなか、芽、出なくて…今のプロダクションの社長に呼び出されて………っ、無理矢理」
「もういい」
契が紬の後ろから彼女の腕を支えた。涙と汗で腕はどろどろに溶けるように『契約』から外れそうになっていたのを契が必死で支える。
「…触らないでよ、ハゲ!」
「禿げてはねえよ、まだ!ほら、来るぞ!」
「うん!」
音楽は鳴る、五月蠅い音楽は鳴る、それでも彼女はそんな音楽の中、集中して操縦を続け、それに応えるかのように飛びかかり、そうしてFに思い切り斬りかかる。剣はどこから出たのか、彼女の怒りに応えて現れたのか。Fはあっと言う間に真っ二つに斬られ、倒してしまったかのように見えた。
「やった!やったわよハゲ!」
「だから禿げてねえって!」
よくやったな、と声をかけようとしたそのときだった。耳障りな音を立てて、あっと言う間にFの体が、何事もなかったかのように元に戻った。紬は絶句しているが、契は面倒臭そうにため息をついた。すぐ復活するタイプは珍しくない。契はすぐに立て直したが、紬のショックは大きそうだった。
「おい、次来るぞ!」
「分かってる!」
どうにか紬も立て直し、剣で再び斬りかかる。しかし、先ほどは勢いよく切り落とせたというのに、今度はびくともしない。金属音だけが響き、まったく効いている感じがしない。
「ど、どうなってるの!?」
「落ち着け、復活したときに性質が変わったんだ」
「え、何それ、反則!どうしたらいいの!?」
「いいか、とにかく、反撃する間もなく叩き続けるしか」
悔しそうではあるが契の話をちゃんと聞こうとした紬が、手汗で操縦ハンドルから手がずれ落ちた。Fはそのときを待っていたかのように思い切り飛びかかってくると、驚いた紬はバランスを崩し、そして、契までその衝動で倒れてしまった。
「きゃあ!」
「うわああ!」
そうしてロボットは建物ごとなぎ倒され、Fは勝ち誇ったように帰っていった。
「最悪ね」
「…申し訳ない」
帰す言葉もない、やはり演習から急に発生した地球外生命体発生は本部に伝えるべきだった。更に言えば、彼女をいきなり実戦に参加させるべきではなかった。思い出したくもないだろうことをしゃべらされ、挙げ句にあっと言う間に無様に負けた。
琴に睨まれ、契は頭を下げるしかない。自分はいい。こういってはなんだがまずクビになることはありえない。減給くらいで済む。しかし彼女は別だ。使い物にならないと思った時点で、元の生活に強制的に戻される。
「あの子、もう無理よ。操縦出来ない」
「それを判断するのはまだ早いんじゃないのか?本人の口から帰るって聞いてない」
「やけにご執心ね。もしかして、そっちの趣味があるの?」
「よせ」
契がないない、と吹きだして笑ってみせる。ただ。一瞬だけ、凪と、自分の愛娘と被ってしまった。年が同じの同性というだけで、父親の自覚を持つことを許されないだろう自分が、怒りにかられそうになってしまった。操縦ハンドルを握り損なったのは自分にも責任がある。
しかし-、契はちらり、と紬を見る。体操座りのまま背中を向けて動かない。どんな顔かも分からない、少なくても笑顔ではないだろう。年頃の娘をどうやって元気づけていいのかまるで検討がつかない。しつこいようだが凪は参考にならない。あれは、もう何だったら、自分が生きているというだけで喜ぶ。
さてどうしたものか、とりあえず凪と一緒に飯でも食わせるか-その凪と紬が思い切り喧嘩していたことなどもう忘れかけている上にその当事者が紬だと気づいていない契がそう提案しようとしたそのときだった。
「や、お嬢さん。随分落ち込んでるね。何かあったの?」
こいつ気配がしなかった-契が思わず立ち直す。知らない顔だ。海、と名札がある男は契に軽く会釈すると、優しい手つきで紬を立たせてやった。
「俺、夕飯まだなんだ。良かったら、一緒に行かない?一人で食べるのは味気なくて」
「………はい」
うわ、元気出たよ。イケメン最強だな。契が嫌そうな顔してさっさと退散しようとすると、爽やかな声に呼び止められた。
「良かったら、パイロットさんも一緒に」
「………は?」
近くのファミレスに移動すると、紬のアイドルっぷりはすごかった。完璧な笑顔、完璧な声、完璧な泣き真似―身振り手振りを交えて、海にこれでもかとアピールしていた。契はそれをまるで動物園の動物を見るかのように物珍しさで眺めていたが、すぐに飽きた。
それにしてもビールが不味い、視線が痛いせいか。芸能人とイケメンと同席してるからだろうか。
「ねえ、ちょっとあれ、紬じゃない?」
「うわ、ほんとだ。写真写真」
「あいつ、ディレクターに体売って、謹慎処分受けたらしいよ」
「嘘、私は交際禁止なのに妊娠したって…あ、相手、隣の男じゃない?誰だろ、かっこいいけど見たことないなあ」
「舞台役者か何かじゃない?向かいのおっさんはプロデューサーかなあ、偉くなさそうだけど」
すげえな、丸聞こえ。これも鍛えてる聴力のおかげか、全く嬉しくない。不味いビールは早々に酔いを冷まし、そして、海に注意がいった。紬が遠くから携帯電話で写真を撮られているが、彼は上手く映らないようにしている。それに気のせいか、さっきからやたらとこっちを-
ウインク、された。
かなり年下とはいえ、男からのウインクはさすがに応えた。もう契が帰ろうとしていると、別についてこなくていいのに海は続いた。
「あ、貴方が帰るなら俺も」
「い、いやいや、後は若いもん同士で」
まるで見合いの決まり文句だな、海と2人きりになりたかっただろう紬はふくれていた。
「そうですよ、おじさまは寝るの早いんですから!海さんは、私ともうちょっと」
「いや、本当に…俺は。あなたに興味があるから」
ぞく、と契の背中に寒気が走った。なんだ、ものすごく強い宇宙外生命体と会ったときと感じが似ている。どう見ても人間、だよな-安いビールが回ってきたか。しかし契が注意深く海を見ていると、彼はにこりと笑って、じゃあ、と帰っていった。よく分からない奴だ。やはり気のせいだったかもしれない。というか、そもそも何者なんだ。まあ、ともあれ。
「行くか」
「うん」
「あの人、ホモなのかな。しかもデブ専の」
「………はい?」
「だって、私がモーションかけてもさっぱりだったし、あんたばっかり見てたし…彼女とか、いないの?」
「知らね。つうか、あいつがそもそも誰かも知らねえ」
「そうなの?最初にここのスタッフだって写真見せられたの、彼だったけど」
「…そうなのか?」
「うん」
ということは、少なくても関係者ということになる。当たり前か、研究所にいたんだから。まあ、あそこも出入りが激しい、新人の研究員か何かだろう。
しかしこいつ、やたらついてくるな、と契が紬を見る。こっち方向は契の家で、駅も何もない。
「お前、帰る方向こっちか?何なら送って」
「泊めて、あんたの家に」
「………え」
「今日の戦いの結果、マネージャーも知ってる。顔、見たくないの。何言われるか分かんないし。お金もないし」
「いや、だからって」
「何、何か問題?いいわよ、ムラムラするっていうなら、相手くらい。そういうの慣れてるから」
ばしっ!
「慣れるな!!」
思わずひっぱたいてしまい、しまったと思った次の瞬間には。
ばしい!!
「いってえ!!」
その倍近くの金的をくらってしまい、情けないことにしばらく立ち上がれなかった。
結局泊めることになった。なんだかんで家までついてきちゃったし。汚い家、汚い家、文句言いながら紬は我がもの顔でずかずか入っていく。もう何も言えない契が、めんどくさい足音が起きてきたことに気づいた。
「お帰り、契ちゃん」
「…お、おう」
「おじゃましまーす」
紬が軽く手を挙げると、イグアナを抱いて起きてきた凪は彼女の姿を見て固まった。そしてしばらくも経たないうちに、カバンを抱いて玄関に向かった。
「お、おい!どうしたんだよ」
「契ちゃんが女の人連れ込むなんて…実家に帰らせて頂きます!」
「お前の実家ここしかないだろうが!どこに帰るんだよ!」
「ねえねえ、このイグアナ、非常食?」
「お前もちょっとは止めろよ!!」
疲れた。契がビールを飲み直し、風呂に入り、とっとと寝てしまう。年頃の女の子たちは女の子たち同士と思って、さっさと寝かせたのは良かったが、2人とも一般的な女の子と呼ぶにはキャラが立ちすぎて一周回っているため、ちょっと心配になったが、寝室は静かだ。少なくても殴り合ってはいないらしい。関わらない関わらない、疲れた、契はさっさと寝てしまった。
寝室。
確かに殴り合ってはいなかったが、ものすごい小声で言い合いしていた。というよりも、紬が一方的に怒鳴って、凪が受け答えして、といった風だったが。
「くっさい、狭い!あんた、こんなところでよく寝れるわね!」
「嫌なら出ていけばいいのに」
「何よ、放課後のこと、まだ恨んでるの?」
「…放課後?」
凪が不思議そうに首を傾げる。この女、嫌味ではなく、ほんとに忘れている-呆れ通り越して、いっそ、関心さえした。
「あんた…どんだけあの父親好きなの?」
「契ちゃんは、私の全部だから」
「何それ、くさ…ださ…」
私も、私、も、そうだったのよ。言えない紬が声もなく泣き始める。夜は駄目だ、感傷的になる。人がいるなど久しぶりだったから、夜の泣き止み方を忘れた。だから、彼女に抱きしめられていたことなんて、気づきもせずに、そのまま寝てしまった。




