プロローグ2
自由……。
この虚無感がそうなのか。
首のない父親と祖父の身体を見つめながら、俺は首をひねった。
確かに恐怖はぼんやりとした。
唯一心配だった、祖父を殺しても恐怖が残り続けるということは、どうやらないらしい。
時間はかかるだろうが、それこそ祖父に鍛えられたおかげで、俺の精神は嫌になるほど現実的に出来ている。
見えない影に怯えるような、可愛いロマンチストではない。
闇を見れば闇が見える。
それが俺だ。
胸の奥に潜む恐怖も、こうして警察の到着を待っている間にも、どんどん薄くなっていく。
祖父の死を身体が理解していっているのだ。
そのうち跡形もなく消えてしまうだろう。
身体が軽い。
異常なほどに軽い。
気を抜くと宙に浮かんでしまいそうだ。
身体の中にヘリウムでも詰まっているんじゃないかと思う。
自分が存在しているという感覚が、とてつもなく希薄だった。
「……これが自由か?」
俺は呆然とつぶやいた。
想像していたものとは違う。
喜びも晴れやかさも楽しさもない。気分も全くすっきりとしない。
ただ恐怖が消えただけ。
身体は重みを失い、存在感が希薄になった。
すべてがどうでもいい。
糸が切れた人形になった気分だ。何もない。何もなかった。
あちら側にいるときは、こちら側にあるはずだと思った。
だがこちら側に来た今、あちら側にいた方がまだマシだったんじゃないかと思ってしまう。
……なるほど、そうか。
これは自由なんかじゃない。
家族と同じだ、愛と同じだ。言葉だけを知り、しかしそれがどんなものかわからなかったこの感覚。
希望という名の山を越えて、初めて手に入るこの虚無の名前。
それはつまり、
「――これは絶望なんだ」
笑いが漏れる。
恐怖を失い、希望が砕け、絶望が残った。
俺は絶望を手に入れるために、十七年という時間を生きたのだ。
馬鹿馬鹿しい。
なんてふざけた話なのだろう。
これから新しい人生が始まると、本当の自分を作っていけると、そう信じていたのに。
結局これだ。
俺はただ、自分にとどめを刺しただけなのだ。
「ははは、あはははは……」
もう十分だ。
この世界が俺に与えてくれるものは、全部手に入った。
もうここに留まる意味はない。
生きることに固執する必要はない。
もう終わったのだ。
終わったのだから、いいんだ。
警察の到着を待つ必要はない。
取り調べも、弁護も糾弾も釈放も、夜も夜明けも待つ必要はない。
心が死んだのだ。
ならばこの抜け殻の身体にも、とどめをさしてやろう。
「結局、三人殺すはめになったな……」
俺はため息をつき、放り出した刀を拾い上げた。
二人の血はもう乾きかけている。
赤よりも黒に近かった。
そこに新しい真っ赤な俺の血が混ざると、果たしてどのような色になるだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は日本刀を返し、切っ先を腹に向けた。
が、苦笑する。
こんな時まで祖父の教えに縛れる必要はない。
武士の末裔が死ぬのではない。
上蔵影渡が死ぬのではない。
名前のない空っぽの人形が砕けるのだ。
「ああ、ひどい夢を見たもんだ」
俺は小さく吐き捨て、首に当てた日本刀の刃を勢いよく引いた。
そして――世界は白く染まった。




