修羅の国編⑤
かぐやの顔から湯気が立ち上る勢いで真っ赤になった。「あなたの潜在意識が反映されたのよ!」
「潜在意識?」時雄が首をかしげる。「俺はかっこいい服を想像しただけだぞ?」
「それが問題なんです!」かぐやが刀を振るい、羅夢の画像部分を狙って刃を当てようとするが—
「危ないって!」
時雄が咄嗟に防御すると、刀身が接触した羅夢の画像から突如として笑い声が響いた。
*「あれ〜?時雄くんったら私のことそんなに想ってくれてるの〜?」*
立体映像のように浮かび上がった羅夢が嬉しそうに笑っている。
「うわあああ!?」時雄が腰を抜かして後退する。
かぐやが完全にブチギレた。「あなたの欲望がこんな形で具現化するなんて……!」
羅夢の画像がウインクしながら告白する。「私も時雄くんのこと好きだよ〜♡」
「もう限界!」かぐやが刀を構えた瞬間—
画像が忽然と消え去った。戦闘服の背面には焼け焦げたような跡だけが残っている。
「ふう……」かぐやが肩で息をする。「これで安全よ」
「おいおい!せっかくのデザインが台無しじゃねえか!」
「むしろ感謝なさい。あと少しでこの羅夢とやらの思念体に取り込まれるところだったわ」
「へっ?そういう仕組み?」
「あなたが地獄で出会った存在との因果関係が、神力回路に影響を与えたのよ」
かぐやが冷静さを取り戻したようだ。床に散らばった金属片を集めて戦闘服の修復を始める。
「とにかく今は戦術的な準備が必要よ」
「へ?」
「あなたの新しい刀と服は確かに強力。でも羅刹に挑むには準備不足」
「だからその力になれるまで特訓が必要なの。もちろん基礎体力もね…。そうだ空手でも覚えましょうか」
「いや、そんな覚えてる時間は…」
「時間ならたっぷりあるわ。最低10年位しなくちゃね♡ここだと修羅が次々と襲ってくるからひとまず無人島にでもいきましょうかね」
かぐやが金属片を手の中で転がす音が洞窟に響く。彼女の指先から発せられる微細な神力粒子が焼け跡に絡みつき、戦闘服が再生していく。しかし時雄の表情は曇っていた。
「……十年?」
時雄の声が乾いている。「おいおい冗談だろ?俺たちすぐそこまで来てるんだぜ?」
かぐやが修復作業を中断し、冷たい目で時雄を見据えた。
「冗談だと思う?」
彼女が再び粒子を放出する。焼け跡に沿って新たな装甲パターンが浮かび上がり始めた。
「あなたの神力操作は粗雑すぎる。今のままじゃ『天照』の真価を引き出せない」
「そんなことねえって!さっきだってちゃんと……」
「偶然うまくいっただけよ。羅夢の画像が出現した時点でアウト」
かぐやの言葉に時雄が唖然とした。
「……やっぱりあのこと気にしてるんだろ?」
「は?」
「あの娘のこと!」時雄が胸の奥のモヤモヤを吐き出すように続ける。「お前が嫉妬してるだけじゃないのかよ!」
かぐやの動きが止まり——次の瞬間、刀の柄が時雄の額を直撃した。
「イテェッ!」
「……誰が嫉妬よ」
かぐやの頬が紅潮する。しかしすぐに冷徹な指導者の表情に戻る。
「私はただ無駄死にを防ぎたいだけ。空手は呼吸法と精神統一に最適。肉体改造も兼ねて一石三鳥」
「肉体改造……?」時雄が恐る恐る尋ねる。
「ええ」かぐやの唇が妖艶な弧を描いた。「あなたの『男らしい筋肉』を限界まで引き出してあげるわ」
「おまっ!エロい目で見るなよ!」
「見るも何も……これから毎日裸同然で修行するんだから」
時雄が仰天して後退する。
「裸同然!?」
「当然でしょ?汗腺開発には直接神力を流し込まなきゃ。背中だけでなく全身のツボを刺激して……」
「お前そういう趣味だったのかよ!?」
かぐやの手から神力の鞭が飛び出し、時雄の喉笛に突きつけられた。
「……選びなさい。今すぐ特訓するか。それとも羅刹の餌食になるか」
「選択肢ねえじゃん……」
時雄が力なく肩を落とす。
「あっそうだ」
時雄の表情がぱっと明るくなった。「せっかく修行するなら水着に着替えようぜ。ビーチとかあったら最高じゃん」
「はあ?」かぐやの眉間に皺が寄る。
「だってさ」時雄が熱弁を振るう。「お前って実はグラマーだからな。水着になると映えるっていうか……」
「セクハラ発言は修行中禁止よ」
かぐやの目が刃のように光る。しかし一拍置いて口調が変わった。
「……まあ環境設定は考慮しましょう」
「マジかよ!」時雄が飛び上がる。
「ただし条件付き」
「条件?」
「私の指示通りに動けば、一日一度だけ水着に着替えてあげるわ」
「やったぜ!」
時雄がガッツポーズを決め「で、どうやってその無人島とやらに行くわけ?」
「簡単よ」
かぐやが右手を軽く翳すと、掌の中に青白い渦が生まれた。
「神力跳躍。次元の隙間を開いて直接目的地へ転移するわ」
「おおっ!ワープってやつか!」
時雄が目を輝かせる。
「ただし……」かぐやが不吉な笑みを浮かべた。「転移酔いの可能性が高いから覚悟して」
「え?」
「行くわよ」
かぐやが時雄の襟首を掴んだ瞬間——二人の周囲に光の輪が出現し、床から引き剥がすように持ち上げた。
「うわあああああ!?」
時雄の悲鳴と共に視界が歪む。空間そのものが渦巻く中、内臓が逆流する感覚に襲われた。
数秒後——
ザッパーン!!
盛大な水飛沫を上げて時雄が海に落下した。
「ぷはっ!冷てぇっ!!」
慌てて水面から顔を出すと、砂浜に佇むかぐやの姿が見えた。彼女はすでに予言していたかのように折り畳み式パラソルを広げ、優雅に腰掛けている。
「大丈夫?転移酔いはどうだった?」
「頭ガンガンする!」時雄が苦悶の表情で応える。「しかも濡れた服が重くて……」
「ちょうどいいわ」かぐやが不敵に微笑む。「そこで服を脱ぎなさい。肌着一枚で十分よ」
「ええっ!?こんな昼間から裸にさせんのかよ!」
「修行の第一歩よ」
彼女がパチンと指を鳴らすと、時雄のシャツが霧のように蒸発した。
「うわっ!お前って本当に強引だな!」
「早くしなさい」
時雄が渋々腰のベルトに手をかけると—
「ちょっと待って!水着忘れてた!」
彼の慌てぶりにかぐやが小さく噴き出した。
「安心しなさい。もう用意してあるわ」
彼女の隣のクーラーボックスから、真紅の競泳用ビキニが現れた。
「へ?」
「私が着る分よ」
「……え?」
「言ったでしょ?私の指示通りに動けば……」
彼女の唇がゆっくりと弧を描く。
「水着姿を見せてもいいって」
時雄の思考回路がフリーズした。
(冗談じゃなくてマジだったのか!?)
「ほら」
かぐやがサングラスを外す。太陽光を浴びたその姿は女神のように輝いていた。
「修行の成果が楽しみね」
「おおおおっ!??そういえば」
「何?」
「さっきの神力跳躍もそうだが、お前どれだけ神人進化したんだよ。ついこの前までは普通の人間だったのに俺にはない能力ばかり。ちょっと偏りすぎじゃないのか?」
「不公平だって?」
かぐやが紅いビキニの肩紐を整えながら冷たく言い放つ。砂浜の熱気が彼女の白い肌に反射して眩しい。
「神人システムは階級社会よ。あなたの神格Ⅹと私のⅩXⅩの差は歴然としてる」
「いやだからさ」時雄が腹立たしげに砂を蹴る。「たった数週間でお前だけチート能力手に入れてるだろ!俺だって必死で戦ってきたのに!」
「あなたは命を懸けて『敵』を倒してきた」
かぐやが足元の貝殻を拾い上げる。神力の気配が宿ると透明な防具ケースに変形した。
「私はその上で『神人のルール』を学び、利用しただけ」
ケースが開き、黒塗りのグローブと足甲が出現する。時雄に投げ渡しながら説明を続ける。
「神人システムは『知っている者』に有利。知識こそ最大の武具なの」
「だから俺にも教えろって!」
時雄が立ち上がり、濡れた筋肉を震わせながら迫った。かぐやがパラソルの陰で目を細める。
「焦らなくても教えてあげる。ただし条件付きでね」
「また条件?」
「特訓メニュー全部こなすこと。一ヶ月以内に完了できれば—」
かぐやが時雄の腕を掴み、彼の耳元で囁いた。
「私の神力回路を共有してあげるわ」
「本当か!?」
「嘘なんてついてないわ。神人の契約書類も作れるくらいには信頼してほしいものね」
時雄の胸に熱い期待が湧き上がる。同時に—
(つまり一ヶ月我慢すれば合法的にエッチな……)と考え始めた瞬間—
かぐやの手刀が時雄の頸動脈を掠めた。
「今邪念を感じたわよ?」
「ヒィッ!?別に何も!」
「集中しなさい」
彼女が掌を砂に押し当てる。大地が波打ち、巨大なトレーニング施設が浮上してきた。天井には空手道場の看板が掲げられている。
「まずは基本姿勢から。裸足で一時間立ちっぱなし」
「じゅじゅじゅじゅ……一時間!?」
「動いたら秒殺するわ」
かぐやが手のひらに火球を灯す。時雄は即座に正拳突きの構えをとった。
「さあ……修行開始よ」
かぐやが砂を踏んで近づく。胸元の谷間が視界に飛び込んだ刹那—
「ぐっ……!」
時雄が顔を逸らし必死に神経を鎮めた。脳内で羅夢の声が再生される。(頑張ってね〜時雄くん♡)




