修羅の国編③
「欲を捨てるって……」時雄が首を傾げる。「お前みたいなストイックな生き方が必要ってことか?」
「違うわ」かぐやが苦笑した。「羅刹はかつて『強くなりたい』という欲に取り憑かれた結果、多くの犠牲を出したの。その結果神格化に必要な『慈悲』や『調和』を失ってしまった」
「要するにやりすぎたってことか?」
「そう。彼にとって階段は見えても届かない幻。だから資格を持つ者が来ると……」
「全力で阻止するってわけか」
「ええ。でもそれだけじゃないわ」かぐやの声が低くなった。「彼の中には深い自己否定がある。『自分だけが届かない』という孤独が彼を歪めているの」
「同情しろってか?冗談じゃない」時雄が鼻を鳴らす。
「俺たちは上らなきゃいけないんだ。どんな事情があろうと」
「あっ、それと一つ不思議な事があるんだが」
「なにかしら?」
「透視能力で現場を見たのは理解したがそれだけでここまで状況確認できるもんなの?」
「何かと思ったらそんなこと。透視能力じゃありませんよ」
「だってさっきそう言って」
「千里眼て言ったんですそれに加えて順風耳もあるしね。だから見ると同時に聞くこともできるしそれに羅刹クラスは無理でも部下位なら少しは頭の中を覗けますから」
「お前どんだけ有能なんだよ……」時雄が呆れたように呟くと、かぐやが肩をすくめた。
「私が作った体だもの。高性能に決まってるじゃない」
焚き火の炎がゆらめき、かぐやの横顔を照らす。普段の冷静な表情に微かな誇りが混じっているのが見て取れた。
「千里眼に順風耳……」時雄が金棒の柄を握りしめる。「まるで忍者の秘密道具みたいだな」
「忍者?」かぐやが怪訝そうに眉をひそめた。
「ああ、日本で昔いた特殊工作員みたいなもんだ。忍術とか使うんだ」
「……興味深い文化ね」かぐやが考え込むように呟いた。「でも羅刹についてはもっと具体的に知っておくべきだと思う」
「そうだな。あの最強戦士ってどういう奴なんだ?」
かぐやが岩壁に映る炎の影を見つめながら話し始めた。
「まず外見は鬼神のように巨大。体高はおそらく十メートル近くあるでしょうね」
「デカいな!」時雄が思わず身を乗り出す。「でも見た目以上にヤバそうなのは中身の方だろ?」
「その通り」かぐやが頷く。「羅刹はかつて『憤怒の化身』と呼ばれた。怒りによって神力を増幅させる特性を持っているわ」
「怒ると強くなるってか?」時雄が首を傾げる。「まるで子供の喧嘩だな」
「子供なんかじゃない」かぐやの声が硬くなった。「彼の憤怒は極めて理性的に管理されている。感情のコントロールを逆手に取って暴力性を増幅させる高度な技術よ」
「それじゃあ弱点は?」時雄が尋ねると、かぐやが困ったように微笑んだ。
「今のところ見当たらないわ」
時雄が不満そうに金棒を床に突き立てる。「おいおい、そこまで強かったらどうやって勝つんだよ」
「勝つ方法はあるわ」かぐやの瞳が真剣な光を帯びた。「彼の『憤怒』にはトリガーがある」
「トリガー?」
「羅刹の怒りは特定の条件下で爆発的に増幅する。逆に言えば、その条件を回避すれば彼の力を封じることができるかもしれない」
「それで?」時雄が身を乗り出す。
「情報を集めないと」かぐやが立ち上がった。「私たちは羅刹と直接対峙する前に可能な限り偵察を重ねるべきよ」
「偵察ってどうやって?」
かぐやが微笑んだ。「私の千里眼があるわ。でも確実な判断をするためには接近観察が必要ね」
時雄が疑わしげに眉をひそめる。「接近?それって危険じゃないのか?」
「確かにリスクはあるわ」かぐやが腰の刀の柄に手を置く。「でも勝率ゼロパーセントのまま挑むよりはマシでしょ?」
時雄が考え込むように火を見つめた。そしてはっとした。やがて大きな息を吐きながら尋ねた。
「あれ?その刀は何?そんな武器いつの間に手に入れたんだ?さっきまで持ってなかったよな?」
かぐやが腰の鞘を軽く叩いた。「私の能力の一つよ。必要に応じて神力を具現化する武器を作れるの」
時雄が口をぽかんと開ける。「お前そんな便利な能力まで持ってるのかよ」
「言ったでしょ?私が作った体だもの」かぐやが得意げに微笑む。「とはいえ限界はあるけどね。氷の刃とは違って消耗品じゃないのが利点かな」
「で、この刀はどんな性能なんだ?」
かぐやが刀を抜くと青白い光が走った。「名付けて『凍牙』。触れたものを凍結させる特性を持ってるわ」
時雄が金棒を床に突き立てながら唸った。「お前ばっかり有利な武器を持ってて卑怯だぞ」
「あなたにはその金棒があるじゃない」
「こいつは殴るだけだ。お前のみたいに特殊効果はない」
「それだけシンプルな武器ほど扱いやすいものよ。それに……」
かぐやの瞳が真剣な光を帯びる。「近接偵察に行くなら素手で挑むつもり?」
時雄が黙り込む。確かに敵地へ赴くのに無計画すぎる。
「俺は単純だからな」彼は肩をすくめた。「だがお前の言う通りだ。準備は怠れない」
かぐやが立ち上がり洞窟の入口へ向かった。「羅刹の要塞まで1200kmと言ったけど」振り返る。「実際はもっと距離があるわ。あそこは特殊な次元空間になってるから」
「次元空間?」
「ええ。だから物理的な距離よりも長く感じるの。時間を稼ぐために特殊な結界が張られてる」
時雄が眉をひそめた。「結界ってことは……」
「そう。単純に走って行っても消耗するだけ」かぐやが壁に掛けた古い地図を指差す。「羅刹の配下である八将軍の拠点を通らないと最短ルートで行けないわ」
「八将軍?」
「修羅の国で最強の配下達。それぞれ異なる能力を持ち領域支配してる。彼らを迂回すると大幅に遠回りになる」
かぐやが地図上の一点を指差す。「最初に突破すべきは『風将軍』の領域。彼は羅刹の副官で最も信頼されている」
「風?」時雄が眉をひそめる。「厄介そうだな」
「ええ」かぐやが頷く。「彼の能力は『暴風支配』。領域内では台風級の嵐が常時発生している」
時雄が金棒を握りしめる。「嵐なんか俺の金棒で……」
「無理よ」かぐやが遮る。「物理的な干渉じゃ風は止められない。私の『凍牙』で局地的に凍らせて突破するしかないわ」
「いや、それも危険すぎる。せめて中二病の大技を使えば倒せるだろうがエネルギー消費が激しすぎるしな。いままで2回使ったが直後にとんでもないことになったし。自分ひとりならまだしもかぐやまで危険に晒したくない。ここは時間がかかっても遠回りルートで行こう!」
かぐやが地図を指差し直した。「確かに風将軍の領域は危険よ。でも……」
時雄が遮るように金棒を床に突き立てる。「エネルギーを温存したいんだ。羅刹との最終決戦に全力を注ぎたい」
「それと俺のこの金棒をお前の刀みたいに作りかえられないか?俺も刀を持ちたい。絶対かっこいいよな」
「金棒を刀に?」かぐやが眉をひそめる。「できないことはないけど……」
「本当か?やったぜ!」時雄が飛び上がりそうになる。
「ただし」かぐやが手を振って制した。「それは神力の無駄遣いよ。金棒の物理的な破壊力はそのままの方が有効」
「いやいや、刀の方がかっこいいじゃん!」時雄が熱弁をふるう。「アニメでも勇者とか主人公って剣を使うんだよ。金棒ってゴロツキみたいだろ?」
かぐやが大きなため息をついた。「……あなたの価値観はどうでもいいわ。重要なのは戦略的合理性」
「戦略的合理性?」時雄が不思議そうに首を傾げる。
かぐやが真剣な目で時雄を見据えた。「いい?この金棒は純粋な質量と硬度の塊。神力で強化すれば岩盤さえ砕ける。一方、刀は切断面積が狭い分だけ耐久性に難がある」
「でも刀は振りが速いだろ?何より俺も飛ぶ斬撃やってみたい。あれに神力加えればさらに強力になりそうだし」
「しかも金棒って地獄の武器だけあって地球上にはない相当固い材料で作られてるから耐久性も難どころか最強クラスだと思うけど」




