修羅の国編②
かぐやが一歩前に出た。
「治癒を邪魔する気?」
氷の刃を掌に生成しながら問いかける。
「ならば死を覚悟しなさい」
「面白い!」
剣士が獰猛に笑い刀を振るう。無数の斬撃が空間を歪ませて迫る。
「っ!」
かぐやが両手をクロスさせて氷壁を作り出した。氷と斬撃が火花を散らす刹那――
時雄の右手が動いた。
「かぐや! 下がれ!」
左腕の傷口から噴水のように血が飛び出してきた
「勝手に命名、神血龍陣」
噴出した血が龍の形になったと思ったら霧状に変化して剣士を取り巻いた
「く…い、息が…」もがき苦しみ息絶えた。
「ふ、神人力がなくてこんな小細工しかできなかったが何とか…しかし血を使いすぎたか…」時雄は倒れてしまった
しかし最後の技の効力は消えずにいて結界のように外敵を排除する
「気絶してなおこの力‥凄い‥でも今のうち」かぐやは必死に腕の再生に専念する。
「この結界、そう長くはもちそうもないわね。せめて腕の治療が終わるまでもってくれればいいのだけど」
傷ついた腕がシュウシュウいいながら次第に回復していく。あと一時間くらいかかるか。
シェルター内に張られた血の結界が、刻一刻と薄れていく。霧状の血液は濃度を保とうと細かい粒子になりながらも、外から押し寄せる修羅の圧力に抗えなくなっていた。
「くっ……あと十分……いや五分だけ……!」かぐやの額に汗が光る。左手で傷口を固定しながら、右手から放出する氷結エネルギーで神経組織を強制結合させていた。切断面から伸びた細い血管が互いを探し合い、蜘蛛の巣のように絡み合う。
時雄は朦朧とした意識の中で見た。それは懐かしい映像だった。かぐやとはじめてあったあの日の光景。必死にドーム天井付近に登ろうとしていた俺を救助しようとして飛びつかれたんだっけ。階段で頂上まで運んだのは大変だったな。
(……同じだ)
意識の奥底で時雄は悟った。あのとき感じた彼女の冷たさ。今まさに自分の腕を包み込むこの氷のような指先。かつて生命を与えられ、いま再び命を繋ごうとしている同一のエネルギー。
「かぐや……」
かすれた声が喉を通り抜けた。焦点の合わない瞳がかぐやの顔を捉える。翡翠色の瞳が潤み、睫毛に涙が溜まっていた。普段は毅然とした彼女が初めて見せる脆さ。その表情が時雄の意識を現実へと引き戻す。
「目が……! でも動いちゃダメ! まだ神経が……!」
「大丈夫だ」
時雄の右手が不自由に持ち上がり、かぐやの手の甲に触れた。熱く脈打つ己の血潮と凍てつく彼女の体温が交差するその瞬間——
急速に腕が回復し傷跡もなくなった。が、その代償としてかぐやの神人力が急激に減ってしまい逆に動けない状態になった。
薄暗いシェルター内で時雄の左腕が完全に再生し終えた瞬間、かぐやの身体がぐらりと傾いた。氷のベールで包まれていた腕の傷痕が跡形もなく消失した代償に、彼女の全身から蒼い燐光が零れ落ちていく。
「かぐや!?」
時雄の声が震える。つい先ほどまで自分を治療してくれていた彼女の体が透き通り始めている。換装衣装の鎧部分が淡雪のように砕け散り、無防備な肢体が露になる。
「は……っ」
かぐやが吐息を漏らした。唇は真っ白で、頬には青痣のような疲労の翳りが浮かんでいる。時雄が咄嗟に伸ばした腕を掴むと、彼女の指先が凍てつくほど冷たかった。
「神力を使いすぎた……」
かぐやの視線が虚ろに彷徨う。「人間と同じく負荷をかけすぎると……器が壊れる……」
シェルターの壁面を血の結界が脈動する。外部から叩きつけられる修羅たちの斧や槍が霧を貫きかけていた。砕け散った石塊がパラパラと落下し始める。
「このままじゃ二人とも……」
時雄の額に脂汗が滲む。左手を握り締める感触が確かにあるのに、かぐやの体温は急速に失われていく。まるで彼女の生命が彼の傷を埋めるために吸い上げられたかのようだった。
「あなたは……逃げて……」
かぐやが苦しげに言葉を紡ぐ。翡翠色の瞳が薄らいでいく。「私は……もう動けないから……せめてあなたが……生き延びて……」
「おいおい、何をこれで終わりみたいな事を言ってるんだ。安心しろ。俺はほぼ体力もお前のおかげで回復している。だがお前の身が最優先だからひとまず逃げる。少し‥というかかなり揺れるだろうがしばらく辛抱してくれ」
そういいながら全身の神人力を集め、「フルパワー神人破砕風陣!」
一気に放出して爆発を起こし身近にいた周辺の敵を消滅させとりあえずその場を離れ数キロ離れた洞窟に飛行して逃げ込んだ。
「まあ、力を使いすぎただけだ。半日も寝てりゃ元気なるさ、まあ、俺も最後渾身の力を使ったからヘロヘロだからな。ちょっと休憩」
それから数時間経過し敵も現れず二人とも元気を取り戻した。
洞窟の湿った岩壁から滴る雫がポツリと落ちて水面を揺らす。時雄とかぐやは岩陰に身を寄せ、焚き火の炎を見つめていた。炎が踊るたびに二人の影が壁に大きく伸び縮みする。
「もう大丈夫なのか?」時雄が焚き火越しにかぐやを見た。彼女は岩壁に背を預け、膝を抱えて座っている。換装した鎧はすでに解除され、シンプルな着物姿に戻っていた。先刻までの疲労の色は薄れていたが、瞼はわずかに腫れている。
「ええ……」かぐやが小さく頷く。「神力を限界まで使った後はいつもこうなの。頭が重くて思考がまとまらない」
彼女は炎を見つめたまま続けた。
「でもあなたの腕が無事だったから……良かった」
「よくねえよ」時雄が金棒を地面に突き立てた。左手を開閉し確認する。完全に機能していた。「俺のためにお前が倒れるなんて本末転倒だ」
「でもあなたさえ無事ならこうして逃げることもできる。私だけならそれもかなわなかった」
彼女は話題を変えた。
「さっきの剣士……飛ぶ斬撃なんて規格外の能力を持っている修羅が他にもいるはず」
「ああ」時雄が深刻な顔つきになった。「俺の腕を切り落とした技も相当だったな。あきらかに地獄の鬼達より強い。まさか人間相手に無双が出来ないとは思いもしなかった、あんな中二病野郎が他にもいるんだろうな。この国で最強の奴ってどうなってんだ?」
かぐやは静かに頷く。
「そのことなんだけど…」
「ん?どうした?」
「この国の階段の有りかなんだけど‥」
「わかったのか?」
「ええ、さっき休息中に方角が検知出来たんで千里眼で覗いてみたんだけど」
「え?透視能力?俺にもまだ使えないのに‥さっきの飛行能力といいどれだけスペックがいいんだよ」
「うふっ♡まあベースがいいのもあるけど時雄さんみたいにスケベな煩悩がないから」
かぐやの言葉に時雄がピクリと反応した。焚き火の炎が揺れ、彼の顔を赤く照らす。
「な、なんだと!? スケベな煩悩が能力に関係あるわけねえだろ!」
時雄が慌てて立ち上がる。金棒を地面に叩きつけた反動で、焚き火の木炭が跳ねた。
かぐやが首を傾げる。
「だってあなたの能力って全部物理攻撃系じゃない。氷の刃も空気砲も爆発も──すべて現象を具現化するタイプの神力。でも私の透視は量子レベルの情報を読み取る能力よ?」
「うっ……」時雄が言葉に詰まる。実際、彼の攻撃は派手だが精密さに欠けていた。
「話を戻すけど、階段なんだけどこの方向の約1200キロ程度の所にあるわ」
「そうか、そりゃよかった、地獄の時みたいに移動だけで何年もかかるのだけは勘弁してほしかったからね」
「ただ問題はそこじゃないの」
「問題って?」
「階段の周りは要塞化されておりこの国での最強戦士羅刹がいる」
「この国最強っていったって勝手に入って勝手にのぼりゃいいだけの話」
「いやそれはとても無理ね。なぜ階段の周りが要塞化されてるかちょっと考えればわかるでしょ」
「???いや、全然わからんけど」
「まったく…ご丁寧に階段を守ってるって事は見えてる人がいるという事。何を意味するかはもちろん私達と同レベル以上の神人‥ここではもちろん敵側だけど」
洞窟の壁面に跳ね返った光がかぐやの髪を銀色に染める。彼女の瞳には珍しく緊張の色が浮かんでいた。
「つまり」かぐやが指を一本立てた。「この国には私たちと同じ階級の存在がいるということ。それが羅刹」
「それってつまり、俺と同じく神力を使えるってことか?」時雄が首を捻る。
「神力どころじゃないわ」かぐやが声を低めた。「あなたは地獄で鬼と戦ったから分かるでしょう? 鬼ですら普通の人間には手が出せない。ましてや鬼の中でも上位種族なら尚更」
「そりゃな。でも階段を守るなんて面倒なことする意味あるのか?」
「考えてみて」かぐやが焚き火に薪を投げ入れた。「もし誰でも簡単に次の世界に行けたら? この修羅の国は混沌を好む連中の巣窟。そんな連中が上位世界に行けば……」
「大変なことになるってわけか」時雄が納得したように頷く。「つまり階段は一種の『門番制度』ってことだな」
「そう。だから羅刹は強い。おそらくこの国唯一の『門番』として存在している」
時雄が金棒を手に取り、石壁を軽く叩いた。「じゃあ簡単だ。その門番をブッ倒せばいいだけだろ」
「……簡単じゃないから警戒してるのよ」かぐやがため息をついた。「あなたの単純思考は何とかならないの?」
「『門番』はその通りなんだけど動機はそれだけではないの。これが最大の理由なんだけど彼は神になる資格を失ったもの。要するに禁忌を犯してしまい階段は見えるけれど上れなくなった事が原因。だから私達みたいな資格者が上って行くのは面白くないの」
「なんだよ、要するに嫌がらせってことかよ」
「そういう事になるわね」
焚き火の炎がちらちらと揺れる。かぐやが薪を追加しながら静かに語り始めた。
「羅刹の存在は神人システムの矛盾点なのよ」
「矛盾?」時雄が眉を寄せる。
「神になるためには多くの条件が必要だということ。力だけではなく精神的な成熟も求められる」
「例えば?」
「例えば……」かぐやは遠くを見るような目をした。「自分の欲を捨てること」




