討伐令が出た。僕を討伐する令が
討伐令が出た。僕を討伐する令が
聖魔教の設立から二日後、排除派が動いた。
朝、宿の扉を叩く音で目が覚めた。乱暴な叩き方だった。ヴァルゼンは布団を頭まで被って震えた。
(こんな叩き方をするのは、ろくな人間じゃない。経験上、間違いない)
「ヴァルゼン殿。開けていただけますか」
低い声だった。聞き覚えがある。
「……どなたですか」
「王都守護騎士団、副団長のハインリヒです。大神殿より、ヴァルゼン殿に通達がございます」
(大神殿から通達。朝一番の通達。嫌な予感しかしない)
扉を開けると、甲冑姿の騎士が二人、廊下に立っていた。副団長ハインリヒは四十代の厳めしい男で、排除派寄りの人間だとフェリクスが昨日報告していた。
「これを」
差し出された羊皮紙には、赤い蝋印が押されていた。
ヴァルゼンは震える手でそれを受け取り、読んだ。
読んで——血の気が引いた。
「『討魔令』……?」
「排除派の神官団が、大神殿の緊急会議において発布しました。内容は——魔族ヴァルゼンが聖なる炎を汚した罪により、王都からの退去を勧告する。なお、勧告に従わぬ場合は、浄化の儀をもって対処する」
(浄化の儀。浄化って。僕を浄化するの? それって要するに——)
「あ、あの、浄化って具体的には——」
「聖なる力による魔の祓い。端的に申せば——攻性聖術です」
(攻撃される。聖なる力で攻撃される。死ぬ。確実に死ぬ。僕の防御力はゴブリン以下なんだぞ)
ハインリヒの表情には、職務上の冷淡さの中に——微かな同情のようなものが見えた。
「ただし——これは大神殿内の一派閥による決議であり、国王陛下の裁可は得ていません。したがって法的拘束力は——」
「ない。法的拘束力はないが、宗教的権威による圧力としては十分な効力を持つ」
フェリクスが隣の部屋から出てきた。いつの間に起きていたのか。
「おはようございます、ヴァルゼン殿。予想通りの展開ですね」
「予想通りだったなら先に教えてほしかった……」
「仮説の段階で情報を提示すると、不要な不安を招く可能性があったので控えました」
(結果的に不安が最大化してるんですが)
ハインリヒが去った後、パーティ全員が食堂に集まった。
ヴァルゼンの手の中で、討魔令の羊皮紙がわずかに震えていた。
「こんなもの!」
エルヴィンが拳をテーブルに叩きつけた。食器が跳ねた。
「ヴァルゼン殿を排除するだと? ふざけるな。俺の仲間に手を出すというなら——」
「エルヴィン。落ち着いてください」
グリゼルダが制した。しかし、その手は剣の柄を握りしめている。
「落ち着けるか! 聖炎が揺れたのはヴァルゼン殿のせいじゃない。いや——ヴァルゼン殿だからこそ揺れたんだ。それを『汚した』だと? 見る目がないにも程がある!」
(エルヴィン……怒ってくれるのは嬉しいけど、テーブルを壊すのはやめてほしい)
ミラベルは無言で、ヴァルゼンの横に座った。そしてそっと、彼の震える手に自分の手を重ねた。
「大丈夫です。私たちがいます」
「ミラベルさん……」
(温かい。この人の手は、いつも温かい)
フェリクスが冷静に分析を始めた。
「討魔令の発布は、排除派にとって諸刃の剣です。法的拘束力がない以上、これは宗教的な示威行為——つまり聖魔教への牽制が主目的。しかし同時に、崇拝派を刺激し、対立を先鋭化させるリスクを負っている」
「つまり……?」
「両派の衝突が、より激しくなります」
(もっと激しくなるの? これ以上?)
「加えて、国王陛下の立場が重要です。王権と宗教権は王都において微妙な均衡を保っている。討魔令に国王が介入するか否かで、政治地図が大きく変わる」
ザガンが静かに口を開いた。
「フェリクス殿の分析に補足します。排除派の真の狙いは、おそらく陛下の排除そのものではない」
「え?」
「聖魔教の弱体化です。あなたを脅すことで聖魔教の信徒を萎縮させ、組織の拡大を止める。いわば——あなたを人質にした交渉術」
(僕が人質。宗教組織の政治闘争の人質。なんでこんなことに巻き込まれてるんだ僕は)
「しかし——」
ザガンの声が、わずかに硬くなった。
「それは、あなたの安全が保証されている場合の話です。排除派の中に、本気で浄化の儀を実行しようとする者がいないとは限らない」
食堂の空気が、一気に張り詰めた。
エルヴィンが立ち上がった。
「決まりだ。今日からヴァルゼン殿の護衛を強化する。グリゼルダ、交代制で——」
「すでに手配済みです。今朝から宿の周囲にも目を配っています」
(グリゼルダさん、いつの間に。さすがの行動力だけど、そこまでしてもらうほどの人間じゃないんだけど僕は)
ヴァルゼンは討魔令の羊皮紙を見つめた。
赤い蝋印が、血の色に見えた。
「あの——皆さん」
声が震えていた。震えていたが、言わなければならないと思った。
「僕のせいで、皆さんにまで危険が及ぶのは——」
「「やめてください」」
五人の声が、同時に重なった。
ヴァルゼンは目を見開いた。
エルヴィンが笑った。いつもの、太陽のような笑みで。
「俺たちはパーティだ。一人の危険は全員の危険。そんなの——最初から決まってる」
グリゼルダが頷いた。フェリクスが手帳を閉じて微笑んだ。ミラベルが手を強く握ってくれた。
ザガンは何も言わなかった。ただ、いつもの場所——ヴァルゼンの三歩後ろに、変わらず立っていた。
(……ありがとう。本当に、ありがとう)
口には出せなかった。出したら泣きそうだったから。
討魔令の重さは消えない。排除派の脅威も消えない。
だけど——一人じゃないということが、これほど心強いとは思わなかった。
ヴァルゼンは羊皮紙を丁寧に畳んで、懐にしまった。
(逃げ出したい。死ぬほど逃げ出したい。でも——この人たちを置いて逃げるのは、もっと嫌だ)
それが勇気なのかどうかは、わからない。
多分、違う。ただの意地だ。
でも——今は、それで十分だった。




