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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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宗教が割れた。僕を巡って

 宗教が割れた。僕を巡って


 翌朝、王都の空気が変わっていた。


 宿の窓から通りを覗くと、神官服の人間たちが何やら言い合いながら行き交っている。声は大きく、身振りは激しく、その顔は一様に紅潮していた。


(……嫌な予感がする)


 ヴァルゼンの嫌な予感は、百発百中の精度を誇る。本人はそれを「臆病者の勘」と呼んでいるが、フェリクスは「異常精度の危機察知能力」とノートに記録している。どちらの評価が正しいかは、読者の判断に委ねたい。


「おはようございます、ヴァルゼン殿」


 食堂に降りると、フェリクスが既に席についていた。その目の下には隈がある。徹夜したらしい。


「昨日の聖炎事件の余波を観測していました。非常に興味深い展開になっています」


「……興味深い、の中身が怖いんですけど」


「端的に言うと、大神殿の宗教組織が二つに割れました」


(端的すぎる。もうちょっとオブラートに包んでくれ)


 フェリクスが手帳を広げた。びっしりと書き込まれた分析が、ヴァルゼンの胃を重くする。


「まず崇拝派。昨日の聖炎反応を『聖魔一体の兆し』と解釈し、あなたを聖なる存在として位置づけようとしている一派です。若手の神官を中心に急速に勢力を拡大中。彼らの主張は『魔族でありながら聖炎に認められた者は、種族の壁を超えた存在である』というもの」


「……」


「次に排除派。聖炎の反応を『邪悪な魔力による汚染』と解釈し、あなたを大神殿から排除——もっと言えば王都から追い出すべきだと主張する一派です。古参の神官が多い。彼らの教義的根拠は『魔族は神に背いた存在であり、聖なる場に立つこと自体が冒涜である』というもの」


「フェリクスさん」


「はい」


「僕、ただ祝福を受けただけなんですけど」


「ええ。しかし宗教というのは、些細な出来事に壮大な意味を見出す装置ですから」


(装置って言った。この人、今さらっと宗教を装置って言った)


 朝食を終えて宿を出ると、状況はフェリクスの分析以上に悪化していた。


 通りの向こうから、白い法衣の集団がこちらに向かってきたのだ。


「ヴァルゼン様!」


 先頭にいたのは、昨日の聖殿で最初に跪いた若い神官だった。名をテオバルドという。金髪を短く刈り込んだ、二十代半ばの青年。その目には狂信者に近い輝きがあった。


「お目にかかれて光栄です! 昨夜、同志たちと語り合いました。あの聖炎の反応は紛れもなく——」


「あ、あの、待ってください。僕は別に特別な存在とかではなくて——」


「ご謙遜を! 聖炎は千年に一度も他者に応えたことはありません。それがあなた様に——魔族でありながら——反応したのです。これを奇跡と呼ばずして何と呼びましょう!」


(奇跡じゃない。多分、僕の微弱な魔力がたまたま共鳴しただけだ。たまたま。偶然。本当にそれだけなんだ)


 テオバルドの背後には、二十人近い神官が控えていた。全員がヴァルゼンを見る目に、信仰の炎を宿している。


「ヴァルゼン様。我々はあなたを——」


「おい、そこの若造」


 低い声が割って入った。


 通りの反対側から、別の神官の集団が近づいてきた。先頭に立つのは五十代の厳しい顔をした神官で、ヴァルゼンを見る目には明確な敵意があった。


「大神殿の教えを歪めるな。魔族は魔族だ。聖炎の反応を都合よく解釈するなど——」


「歪めているのはそちらでしょう、オルトヴィン導師! 聖炎は嘘をつきません。大神官様ご自身がそうおっしゃった!」


「大神官は聖炎の反応について判断を保留されたのだ。それを勝手に『奇跡』と騒ぎ立てるとは——」


 二つの集団が、通りの真ん中で睨み合い始めた。


(え、ちょっと、待って。なんで僕を挟んで神官同士が喧嘩してるの。なんで)


 ヴァルゼンは後ずさりしようとした。しかし背後にはエルヴィンが立ちはだかっている。


「面白くなってきたな」


(面白くない。全然面白くないんですけど)


「ヴァルゼン殿。あなたの存在が宗教界を動かしている。やはりあなたは——ただの魔王ではない」


(ただの魔王ですらないんだけど。ただの最弱の魔族なんだけど)


 口論はさらに激しさを増した。テオバルドが経典を引用すれば、オルトヴィンが別の経典で反論する。神学論争というやつだ。ヴァルゼンにはその内容の半分も理解できなかった。


 そのとき——ヴァルゼンは、神殿の階段に差しかかった。


 石段は朝露で濡れていた。


 足が滑った。


「わっ——」


 盛大に転んだ。膝をつき、両手が石段に張りつく格好になった。


 ——沈黙が落ちた。


 崇拝派も排除派も、口論を止めてヴァルゼンを見ていた。


(痛い。膝が痛い。あと恥ずかしい。死にたい)


「ヴァルゼン様……!」


 最初に声を上げたのは、ミラベルだった。


 しかしその声は——悲鳴ではなかった。感涙だった。


「神殿の前で……跪きを……」


「え?」


「神への跪きを……こんなにも自然な形で表現なさるなんて……」


 涙が頬を伝っていた。


(違う。転んだだけだ。石段が滑ったんだ。跪きとかそういう高尚なものでは断じてない)


「おお……」


 テオバルドが感嘆の声を上げた。


「見よ! ヴァルゼン様は、我々の論争など眼中にない。ただ静かに、神の前に膝を折られた——これこそが真の敬虔さだ!」


 崇拝派の神官たちが、次々とヴァルゼンに倣って膝をついた。


 排除派のオルトヴィンは、苦虫を噛み潰したような顔でその光景を見ていた。


「……芝居だ。民心を操るための芝居に過ぎん」


 吐き捨てるように言って、排除派の神官たちを引き連れて去っていった。


 ヴァルゼンは石段に膝をついたまま、動けなかった。


(転んだだけなのに。転んだだけなのに宗教的な意味を付与された。これまでで一番意味がわからない)


「ヴァルゼン様、お怪我は——」


 ミラベルが駆け寄って回復魔法をかけてくれた。擦りむいた膝の痛みが引いていく。


「ありがとうございます、ミラベルさん……」


「いいえ。お体はもちろんですが、お心の方が——ずっと重い荷を背負っておられるのでしょう」


(心の荷。うん、まあ、それは合ってる。理由は全然違うけど)


 フェリクスが手帳に猛然と書き込んでいた。


「崇拝派と排除派の対立構造が、わずか一日で顕在化した。ヴァルゼン殿の存在は、宗教組織にとってのリトマス試験紙だ。彼がいるだけで、組織の内部矛盾が表面化する」


「フェリクスさん」


「はい」


「それ、褒めてます?」


「学術的観察です」


(答えになってない)


 ザガンが静かに近づいてきた。


「陛下。状況をまとめますと——大神殿の宗教組織が、あなたの聖炎反応を巡って二派に分裂しました。崇拝派はあなたを聖なる存在として祭り上げようとし、排除派はあなたを排除しようとしている」


「うん。わかってる。わかってるけど——」


「どちらの派閥にとっても、あなたは無視できない存在になりました。つまり——」


「つまり?」


「逃げられません」


 ザガンの琥珀色の瞳が、いつもの涼しさで笑った。


(知ってた。知ってたけど、改めて言われると胃が痛い)


 王都の空は青く、聖なる炎はまだ揺れている。


 そして宗教界の嵐は——まだ、始まったばかりだった。


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