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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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聖なる炎が揺れた。僕のせいで

 聖なる炎が揺れた。僕のせいで


 大神殿の最奥——聖殿と呼ばれるその場所に足を踏み入れた瞬間、ヴァルゼンは自分の判断を激しく後悔した。


(帰りたい。今すぐ帰りたい。というか、なんで僕がここにいるんだ)


 天井は遥か高く、白い石壁には光の紋様が幾重にも刻まれていた。正面の祭壇に灯された聖なる炎が、青白い光を放って揺らめいている。その炎は大神殿の建立以来、千年以上にわたって消えたことがないという。


 厳かすぎる。荘厳すぎる。場違いの極みだった。


「陛下、お顔の色が優れませんが」


 ザガンが小声で囁いた。


「……だ、大丈夫です」


(大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。この空間にいるだけで魔族の血が縮み上がっている。物理的に)


 隣でエルヴィンが感嘆の声を上げた。


「おお……これが千年の聖炎か。美しいな」


「はい。とても神聖な光です」


 ミラベルが両手を胸の前で組み、敬虔な面持ちで祭壇を見上げている。僧侶として、この場所は特別な意味があるのだろう。


 グリゼルダは周囲に鋭い視線を走らせ、フェリクスは聖殿の構造を興味深そうに観察していた。


 そして正面——祭壇の前に、大神官ロズモンドが立っていた。


 白い法衣に金糸の刺繍。背筋の伸びた痩身の老人で、銀の長髪が背中まで流れている。年齢は七十を超えているはずだが、その目には鋭い知性と静かな威厳が宿っていた。


「ようこそ、ヴァルゼン殿。聖殿への来訪を歓迎します」


 穏やかだが、よく通る声だった。


「あ、あの、お招きいただき、ありがとうございます……」


 ヴァルゼンは頭を下げた。下げすぎて、つんのめりそうになった。


(落ち着け。落ち着け僕。ここは神様の家だ。いや、神様の家に魔王が来ている時点でおかしいだろ。詰んでるだろ色々と)


「昨日の謁見では、国王陛下もあなたを高くお評価くださったと聞いております。魔族でありながら人間に害を為さぬばかりか、勇者と共に歩む——実に稀有なことです」


 ロズモンドの視線が、穏やかでいて鋭い。探るような光がある。


「そこで、大神殿としても正式にあなたの立場を認めたい。ヴァルゼン殿——聖なる炎の前で、祝福を受けていただけますか」


(祝福。祝福ってあの、聖水をかけられたり聖句を唱えられたりするやつ? 魔族が受けて大丈夫なの? 溶けない? 僕溶けない?)


「あ、あの、僕は魔族なので、その——」


「ご安心ください。聖なる炎は善悪を問いません。心に闇なき者であれば、種族を超えて祝福は届きます」


 ロズモンドが微笑んだ。その笑顔には「断れないぞ」という無言の圧力が含まれている気がした。


 いや、実際に断れなかった。エルヴィンが満面の笑みで「受けろ受けろ!」と目で訴えているし、ミラベルは既に感動で目を潤ませている。


「……は、はい。お願い、します」


 ヴァルゼンは祭壇の前に進み出た。


 ロズモンドが杖を掲げ、低い声で聖句を唱え始めた。聖殿に厳かな旋律が響き渡る。


(怖い怖い怖い。なんか体がぴりぴりする。これ本当に大丈夫なのか? 祝福っていうか呪いじゃないだろうな?)


 聖句が最高潮に達した瞬間——


 祭壇の聖なる炎が、ゆらり、と大きく揺れた。


 千年消えたことのない炎が、一瞬だけ、明確に傾いだのだ。


「——っ!」


 ロズモンドの詠唱が止まった。聖殿にいた全員が息を呑んだ。


(え。え? 今の僕のせい? 僕の魔力が何かした? いや、僕にそんな力は——でも今、確かに体の奥から何か——)


 ヴァルゼンの額の小さな角が、微かに熱を帯びていた。魔王の血統に宿る微弱な魔力が、聖炎の力と——ほんの一瞬だけ、共鳴したのだ。


 本人にとっては「なんかぴりっとした」程度の出来事だった。


 しかし、聖殿にいた者たちにとっては——


「聖炎が……応えた……」


 ロズモンドが呆然と呟いた。その表情に、初めて動揺の色が浮かんだ。


「大神官様! 聖炎が魔族に反応するなど、千年の歴史で初めてのことでは——」


 列席していた神官の一人が声を上げた。若い神官だった。その目は興奮に輝いている。


「まさか——聖魔一体の兆し!?」


「落ち着きなさい」


 ロズモンドが手を上げて静止した。しかし、その手がわずかに震えていることをヴァルゼンは見逃さなかった。


(震えてる。大神官様が震えてる。これ、やばいのでは? 僕がやらかしたのでは?)


「聖炎の反応について、軽率な解釈は禁物です。しかし——」


 ロズモンドの視線がヴァルゼンに戻った。そこには、先ほどまでの穏やかな探りとは違う何かがあった。畏怖に近い——何か。


「あなたは、何者なのですか」


「い、いや、あの、本当にただの——最弱の——」


「聖炎は嘘をつきません」


 その一言が、聖殿に重く響いた。


 そして——この一件は、ヴァルゼンが想像もしなかった速度で、神殿の外へと広がっていくことになる。


 聖殿を出たとき、既に回廊には数十人の神官が詰めかけていた。


 その半数は、ヴァルゼンを見て跪いた。


 残りの半数は、ヴァルゼンを見て——顔を強張らせた。


(なんで反応が真っ二つなの。なんで)


「ヴァルゼン殿。聖炎が応えた御方に、この身を捧げます——!」


 先ほどの若い神官が、最初に叫んだ。


「待て。邪悪が聖炎を乱したのだ。あれは祝福ではない、汚染だ!」


 年配の神官が反駁はんばくした。


 回廊が、瞬く間に騒然となった。


「ヴァルゼン様……」


 ミラベルが不安そうにヴァルゼンの袖を掴んだ。


「大丈夫だ。ヴァルゼン殿は俺たちが守る」


 エルヴィンが前に出た。グリゼルダが無言で剣の柄に手をかけた。


 フェリクスは既に手帳を開いている。


「興味深い。宗教的分裂の発生を、リアルタイムで観測できるとは。社会学的にも価値がある」


(今それ言う? この状況で学問の話する?)


 ザガンが、静かにヴァルゼンの耳元で囁いた。


「陛下。ここは何も語らず、静かに退出するのが最善です」


「うん。そうする。そうさせて」


 ヴァルゼンは無言のまま、まっすぐ前を向いて——回廊を歩いた。


 跪く者と睨む者の間を。


 本人としては、怖くて目を逸らせなかっただけだった。視線を感じるたびに体が硬直し、一歩一歩が精一杯だった。


 しかし、その姿は——


「見よ。崇拝にも敵意にも、等しく超然としておられる」


「まさに——聖魔を超越した御方……」


 跪く者たちの間から、畏敬の囁きが漏れた。


(超然としてない。硬直してるだけだ。怖くて動けないだけだ)


 大神殿の門を出たとき、ヴァルゼンは盛大にため息をついた。


「……ザガン」


「はい、陛下」


「僕、何かとんでもないことをしてしまった気がする」


「はい。おそらく」


 即答だった。もう少し慰めてくれてもいいのに。


 空を見上げた。王都の空は、相変わらず青く広い。


(聖なる炎が揺れた。僕のせいで。これ——どうなるんだ、この先)


 答えは翌日、最悪の形でやってくることになる。


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