表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
95/340

最凶の魔王、神殿を訪れる

 最凶の魔王、神殿を訪れる


 大神殿は、王都の中心にそびえていた。


 白亜の石壁に金の装飾。七色に輝くステンドグラスの窓。天をくような尖塔が三本並び、その頂点から朝日を受けた聖旗がはためいている。


 ヴァルゼンは、その威容を見上げて——完全に固まっていた。


(でかい。でかすぎる。王城より大きいんじゃないか)


「壮観だな!」


 エルヴィンが隣で感嘆の声を上げた。


「さすが大陸最大の神殿だ。ここの大神官は、国王と並ぶ権威を持つと言われている」


(国王と並ぶ。つまり怒らせたら国王を怒らせるのと同じ。死ぬ)


 正門の前には、白い法衣の神官たちがずらりと整列していた。


 出迎えだった。


 ヴァルゼンたちが近づくと、神官たちが一斉に頭を下げた。ただし——その表情は、一様ではなかった。


 敬意を浮かべる者。好奇心を滲ませる者。そして——明らかに敵意を含んだ目をしている者。


(全員が歓迎しているわけじゃない。当然だ。僕は魔王だ。魔族だ。神殿にとって、本来は敵のはずなんだ)


 グリゼルダが、わずかに身を寄せた。


「ヴァルゼン様。神官の中に不穏な気配の者がいます。背中は私にお任せを」


(グリゼルダさんが警戒するレベルの不穏さなの? 帰りたい。今すぐ帰りたい)


 神殿の内部は、外観以上に圧倒的だった。


 天井は遥か頭上にあり、巨大な柱が列をなして奥へと続いている。壁面のステンドグラスから差し込む光が、床の大理石に虹色の模様を描いている。空気には微かに甘い香が漂い、遠くから聖歌隊の声が反響していた。


 ヴァルゼンは——無言だった。


 圧倒されて、言葉が出なかった。


 魔王軍にいた頃、こんな場所に足を踏み入れることは想像もしなかった。魔族にとって神殿は、侵攻の対象か回避の対象であって、「招かれて訪れる場所」ではなかった。


(すごい。本当にすごい。こんな場所があるのか)


 神聖な空気が肌を撫でる。居心地が悪いかと思いきや——不思議と、穏やかな気持ちになった。


(ここは……人の祈りが、積み重なった場所なんだな)


 ヴァルゼンの表情が、自然と和らいだ。


 その様子を、随行する神官たちは見逃さなかった。


「見よ。魔王が神殿に入り、無言で佇んでいる」


「あの表情……神への畏敬そのものではないか」


「魔族でありながら、聖なる空間に敬意を示すとは——」


 ざわめきが広がる。


(いや、普通にきれいだなと思っただけなんだけど……)


 中央の大広間に通された。


 奥の玉座のような椅子に、一人の老人が座っていた。


 大神官ロズモンド。


 白銀の長い髭をたくわえ、金糸の法衣をまとった威厳ある老人だった。年齢は八十に近いと聞いているが、背筋は真っ直ぐで、目には知性と気力がみなぎっている。


「ようこそ、ヴァルゼン殿。——いや、魔王殿と呼ぶべきかな」


 声は穏やかだったが、底に鉄を含んでいた。


(怖い。国王陛下とは違う種類の怖さだ。見透かされるような——)


「あ、あの……ヴァルゼンで結構です。お招きいただき、ありがとうございます」


 精一杯の礼を述べた。声が裏返らなかっただけ、奇跡だと思った。


 大神官が、ゆっくりと目を細めた。


「魔王が神殿を訪れる。かつてならば、戦争の前触れとされたであろう。しかし——時代は変わったようだ」


「は、はい。あの……僕は別に、戦いに来たわけでは——」


「わかっている。そなたの目を見ればわかる」


 大神官の老いた目が、ヴァルゼンの目を正面から捉えた。


「善き目をしている。……魔王にあるまじき、善き目だ」


(善き目。善き目って言われた。嬉しいような、魔王としてはどうなのかよくわからないような)


「さて。今日は、いくつか聞きたいことがある」


 大神官が身を乗り出した。


「そなたは——神をどう思う?」


(出た。究極の質問が出た)


 ヴァルゼンは、頭が真っ白になった。


 神。


 魔族にとっての神。人間にとっての神。答え方を間違えれば、大陸最大の宗教組織を敵に回す。


(どうする。何と答える。「信じています」は嘘になる。「信じていません」は敵対宣言になる。正解がない。正解がないんだ)


 沈黙が流れた。


 フェリクスが、背後でわずかに息を呑んだ気配がした。エルヴィンが拳を握り締めている。グリゼルダの手が、剣の柄に触れている。


 ヴァルゼンは——口を開いた。


「僕には……正直、わかりません」


 嘘をつけなかった。


「でも——ここに入った時、とても穏やかな気持ちになりました。人々がずっと祈り続けてきた場所の空気というのは……すごいなと思いました」


 思ったことをそのまま言った。それしかできなかった。


 大神官の表情が——変わった。


 厳格な老人の顔に、柔らかな微笑みが浮かんだ。


「『わからない』と言えるか。……そなたは正直な男だ」


 大神官が立ち上がった。


「多くの者がこの場で、信仰の告白を求められて嘘をつく。『神を信じます』と。しかしそなたは——『わからない』と答え、それでいて祈りの場に敬意を示した」


 大神官が、両腕を広げた。


「これぞ——真の敬虔けいけんではないか」


(え? 「わからない」が敬虔? どういう理屈?)


「偽りの信仰よりも、正直な無知。そして無知でありながら聖なるものの前で膝を折る心。これを敬虔と呼ばずして何と呼ぶ」


 広間に、ざわめきが走った。


 神官たちの反応は、真っ二つに割れた。


大神官猊下げいかの仰る通りだ。魔王殿は、真の敬虔の体現者だ!」


「馬鹿な! 魔族が敬虔だと? 神への冒涜ではないか!」


「いや、見よ。あの穏やかな佇まいを。魔族にあれほどの聖性が宿るとは——」


「聖性だと? 惑わされるな。あれは魔族の欺瞞だ!」


 広間が騒然となった。


 賛同する者と反発する者が、明確に分かれ始めている。


(え。ちょっと。何が起きてるの)


 ヴァルゼンは困惑して周囲を見回した。


 フェリクスが、手帳に猛烈な勢いで書き込んでいた。


「興味深い……宗教組織の分裂の端緒たんしょを、たった一言で生み出すとは」


(生み出してない。生み出したくない。分裂とか怖いからやめてほしい)


 大神官が、手を上げて静粛を命じた。


「……見解の相違があるようだ。これは今日明日で決まる話ではない。追って議論の場を設ける」


 大神官はヴァルゼンに向き直った。


「ヴァルゼン殿。明日、神殿の奥院に案内したい。そなたに見せたいものがある」


(見せたいもの? それは良いものなのか。悪いものなのか)


「あ、あの……それは——」


「聖なる炎だ。千年以上燃え続ける、我が神殿の至宝。……魔王であるそなたが、聖なる炎の前でどのような反応を示すか。それを見届けたい」


 大神官の目が、穏やかでありながら——鋭かった。


(試されている。間違いなく試されている。しかも明日って。心の準備が——)


「わ、わかりました」


 断る選択肢は、やはりなかった。


 神殿を出ると、ミラベルが駆け寄ってきた。


「ヴァルゼン様。……大神官猊下のお言葉、お聞きになりましたか。『真の敬虔』と——」


 その目は、いつにも増して潤んでいた。


「ヴァルゼン様は、ご自分の言葉がどれだけ真実を含んでいるか、おわかりでないのでしょうね。……わからないと正直に言えること。それがどれだけ——」


 声が詰まった。


「すみません。また泣いてしまって……」


(泣かないでください。僕はただ正直に「わからない」と言っただけなんです)


 帰り道。


 ザガンが、静かに隣を歩いていた。


「陛下。明日の聖なる炎の件ですが」


「うん……」


「陛下の魔力は微弱ですが、魔王家の血統に由来する特殊な性質を帯びています。聖なる炎と反応する可能性は——ゼロではありません」


(反応? どういう反応? 良い反応? 悪い反応?)


「どちらにせよ、あの神殿内部の空気は既に割れています。崇拝に傾く者と、排除に傾く者。明日の結果次第で——」


 ザガンは言葉を切った。


「……決定的な分裂が起きるかもしれません」


 ヴァルゼンの胃が、再びきゅっと縮んだ。


(分裂。宗教組織の分裂。僕のせいで。いや僕は何もしてないのに——いや、何もしていないことが原因なのか?)


 夜。


 天井を見上げながら、ヴァルゼンは思った。


(王都に来てから、事態がどんどん大きくなっている。パーティの中だけだった誤解が、貴族に広がり、王都の流行になり、そして今度は宗教にまで——)


 怖かった。


 自分の預かり知らないところで、自分をめぐって世界が動いている。


(僕はただの最弱の魔王だ。こんな大きなものを背負える器じゃない。なのに——)


 扉の向こうから、エルヴィンの声が聞こえた。


「ヴァルゼン。明日、俺が傍にいるからな。何があっても」


 短い言葉だった。


 だが、不思議と——少しだけ、胸の重さが軽くなった気がした。


「……ありがとう、エルヴィン」


 小さく返事をして、目を閉じた。


 明日。聖なる炎の前で、何が起きるのか。


 ヴァルゼンにはわからない。


 ただ一つわかっているのは——自分がどう振る舞っても、きっと予想外の結果になるということだけだった。


(それだけは、もう確信がある。自信を持つべき場所じゃないけれど)


 最弱の魔王と最大の宗教組織。


 その運命的な邂逅かいこうは、まだ始まったばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ