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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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王都の門をくぐる時

 王都の門をくぐる時


 旅の五日目。


 地平線の向こうに、白い城壁が見えた。


 王都アルヴェスタ。大陸最大の都市にして、この国の政治・経済・文化の中心地。城壁の高さだけで、これまで訪れたどの街の建物よりも大きい。その上にそびえるのは、王宮の尖塔だ。朝日を浴びて金色に輝くその姿は、壮麗という他なかった。


(……でかい)


 それがヴァルゼンの第一印象だった。率直に言えば、でかくて怖い。


「見ろ、ヴァルゼン! あれが王都だ!」


 エルヴィンが御者台から叫んだ。あの男はどんな時でも元気だ。五日間の馬車旅で消耗しているのはヴァルゼンだけらしい。


「おお……あの城壁、一度見てみたかったんだ! 壮観だな!」


「……そうですね」


(壮観というか、威圧的だ。あの壁に飲み込まれる気がする)


 王都の正門が近づくにつれて、街道の人通りが増えていった。商人の荷馬車、旅芸人の一座、巡礼者の一団。さまざまな人々が王都を目指して歩いている。


 そして——その人々が、ヴァルゼンたちの馬車を見て立ち止まり始めた。


「あれ、勇者パーティの紋章じゃないか?」


「ということは——」


「魔王だ。最凶の魔王が来たぞ!」


 歓声が上がった。


 街道の両側から、人が集まってくる。最初は十人、二十人。やがて百人を超えた。王都の門に近づくにつれ、その数は倍々に膨れ上がっていく。


(多い。多すぎる。宿場町の比じゃない。これは——)


 正門に到着した時、ヴァルゼンは我が目を疑った。


 門の前の大広場を、群衆が埋め尽くしていた。千人ではきかない。数千人——いや、それ以上かもしれない。大広場の隅々まで人で溢れ、建物の窓からも屋根の上からも、こちらを見つめる顔、顔、顔。


「……え」


「すっげえ! この出迎え、ヴァルゼンのためだぞ!」


(嘘だ。嘘であってほしい。こんなに大勢が僕を——いや、「最凶の魔王」を待っていたのか)


 馬車が広場の中央で止まった。


 エルヴィンが真っ先に飛び降り、群衆に向かって手を振った。割れんばかりの歓声が返ってくる。


 グリゼルダが次に降り、周囲を警戒しながらヴァルゼンの降車を待った。


 フェリクスが降り、ミラベルが降り、ザガンが降りた。


 最後に——ヴァルゼンが馬車の中に一人残された。


(降りたくない。降りたくない。このまま馬車ごと帰りたい)


 しかし、降りなければならない。


 震える脚で、馬車の段差を踏んだ。


 地面に足がついた瞬間——群衆が、一斉に叫んだ。


「魔王万歳!」


「ヴァルゼン様!」


「英雄に栄光を!」


 音圧が、壁のように押し寄せてきた。


 ヴァルゼンの脚が、がくりと震えた。視界が揺れた。これだけの人間の視線を一身に浴びるのは、生まれて初めての経験だった。


(無理だ。無理だ。こんなの無理だ——)


 群衆が前に押し寄せてきた。熱狂に目を輝かせた人々が、一歩、また一歩と近づいてくる。


 グリゼルダが前に出た。


「下がりなさい。魔王殿に近づきすぎるな」


 銀髪の女騎士が大剣の柄に手をかけ、群衆を制しようとした。しかし数千人の熱狂は、一人の騎士では止められない。群衆の最前列が、じりじりと前に迫ってくる。


 その時——ヴァルゼンの体が動いた。


 考えるより先に、手が伸びていた。


 グリゼルダの腕を掴み、ぐいと引き戻した。


「グリゼルダさん、危ない——!」


 群衆の圧力に押し出されそうになっていたグリゼルダが、ヴァルゼンの手に引かれて一歩後退した。


 同時に、群衆の最前列が将棋倒しになりかけたが、エルヴィンが片手で支えて事なきを得た。


 静寂が、一瞬だけ訪れた。


 ヴァルゼンはグリゼルダの腕を掴んだまま、呆然と立ち尽くしていた。


(え。何が。何が起きた。なんで僕はグリゼルダさんの腕を——)


 パニックだ。ただのパニックだ。群衆が迫ってきて、グリゼルダが押されそうになって、「危ない」と思った瞬間に体が勝手に——。


 グリゼルダが、驚いた顔でヴァルゼンを見た。


 蒼灰色の瞳が、大きく見開かれていた。


「ヴァルゼン、様……」


 その声は、いつもの武人の声ではなかった。どこか——震えていた。


「あの群衆の中に、私を引き戻してくださったのですか」


「いえ、あの、これは——」


「民を傷つけまいと、私を止めてくださった。……民も臣下も、等しく守る。それが、あなた様のお考えなのですね」


(違う。そんな高尚なことは考えていない。怖くて体が動いただけだ。いつもの——いつもの、あれだ)


 しかし群衆は、その一部始終を見ていた。


「魔王様が——騎士を守った……!」


「しかも、群衆を制するのではなく、味方を引き戻すことで解決した。民に手を上げなかった!」


「なんという慈悲深さ……!」


 歓声が、先ほどの比ではない熱量で噴き上がった。


「魔王万歳! 慈悲の魔王万歳!」


(慈悲じゃない。パニックだ。ただのパニックだ)


 エルヴィンが、群衆を落ち着かせながら笑った。目が完全に潤んでいた。


「見たか——これが、俺たちの魔王だ。民を傷つけず、仲間を守る。力ではなく、心で場を収める。これが——最凶にして最善の王だ」


(最善の王じゃない。最弱の魔王がパニックで体が動いただけだ。もうやだ)


 フェリクスが猛然と手帳に書き込んでいる。


「数千人の群衆を前にして、武力による制圧を即座に却下。代わりに味方を退かせることで群衆の動きを止め、同時に『民への配慮』というメッセージを発信する——一石三鳥の外交的行動。計算ずくだとしたら、この人物の政治的直感は——」


(計算してない。一つも計算してない)


 ミラベルが涙を流していた。もはやいつものことだった。


「ヴァルゼン様……民も仲間も、誰一人傷つけまいとするその心……っ」


 ザガンだけが、静かにヴァルゼンの傍に立っていた。


「陛下。お見事です」


「……何もしてません」


「ええ。何もしておられません」


 琥珀色の瞳が、穏やかに笑っていた。


「しかし——あなたは咄嗟にグリゼルダを引いた。群衆ではなく、味方を。それは判断ではなく、本能でしょう」


「……はい」


「その本能が、あなたの器です。訓練では身につかない。生まれ持った——王の本能です」


(王の本能なんかじゃない。臆病者の反射だ。怖いから近くの人を掴んだだけだ)


 しかし——反論する気力は、もう残っていなかった。


 群衆の歓声の中を、ヴァルゼンは仲間に守られながら王都の門をくぐった。


 白い城壁が、頭上高くに聳えていた。


 門の向こうに広がる王都の街並みは、想像以上に広大で、想像以上に煌びやかで、想像以上に——恐ろしかった。


(ここに来てしまった。もう戻れない。この街には国王がいて、貴族がいて、宗教指導者がいて——全員が「最凶の魔王」を待っている。本当は最弱の魔王を)


 ヴァルゼンは、こっそりと空を仰いだ。


 王都の空は、どこまでも青かった。


 その青さが——ひどく、遠く感じた。


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