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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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街道の歓声

 街道の歓声


 旅の三日目にして、ヴァルゼンは悟った。


 噂は馬車より速いどころではない。噂は、光より速い。


 二つ目の宿場町では、到着する前から街道の両側に人垣ができていた。三つ目の宿場では、町の入り口に横断幕が張られていた。「歓迎・最凶の魔王ヴァルゼン殿ご一行様」と、達筆な文字で書かれていた。


(横断幕。横断幕まで作ったのか。いつ作ったんだ。僕たちが来ることをいつ知ったんだ)


 答えは簡単だった。伝令騎士が往路に立ち寄った宿場で情報を落とし、それが商人の口伝えで先行していたのだ。結果として、ヴァルゼン一行の行程は完全に筒抜けであり、各宿場が「歓迎の準備」を万全に整えて待ち構えていた。


「すごいな! ヴァルゼン、お前の人気は本物だ!」


 エルヴィンが馬車の窓から身を乗り出して、群衆に手を振っている。群衆も手を振り返していたが、その視線はエルヴィンではなくヴァルゼンに向いていた。


(やめてくれ。見ないでくれ。手を振らないでくれ)


 馬車酔いは三日目にして多少マシになったが、別の症状が出ていた。人酔いである。


 行く先々で群衆に囲まれ、歓声を浴び、期待の目を向けられる。それは、馬車の揺れよりもよほど胃に来た。


 三つ目の宿場町に馬車が止まると、町長らしき恰幅のいい男が出迎えた。


「ようこそ、ようこそ! 魔王ヴァルゼン殿! この町にお越しいただけるとは、光栄の至りでございます!」


 町長の後ろには、百人はいようかという群衆が押し寄せていた。


 ヴァルゼンは馬車を降りた瞬間、その人数に圧倒されて一歩後ずさった。


 足がもつれた。


 転びそうになった。


(うわ、危ない——)


 咄嗟にザガンの腕を掴んで体勢を立て直した。


 群衆が、息を呑んだ。


「……見たか」


 最前列にいた商人風の男が、隣に囁いた。


「あの方、群衆を見渡して——一歩、引いた」


「ああ。あれだけの民衆を前にして、焦るでもなく、媚びるでもなく。一歩引いて全体を見通す。将の構えだ」


(将の構えじゃなくて、人が多すぎて怖かっただけだ)


「しかも、傍に控える従者の腕を取った。信頼の証だろう。主と臣の絆が見て取れる」


(転びそうだっただけだ。ザガンの腕が一番近かっただけだ)


 ザガンは掴まれた腕をそっと整え、何事もなかったかのように半歩下がった。琥珀色の瞳が、どこか満足げに細められていた。


 町長が、感激した面持ちで進み出た。


「魔王殿。この町は街道の要衝として、長年にわたり魔獣の脅威に——」


 長い。話が長い。町の歴史から始まり、魔獣被害の詳細、復興の経緯、そして「魔王殿の噂を聞いて町民一同がどれほど希望を抱いたか」という壮大な物語が延々と語られた。


 ヴァルゼンは頷きながら聞いていた。正確に言えば、聞いているふりをしていた。話の内容はほとんど頭に入ってこなかった。群衆の視線が痛い。首筋が汗ばむ。心臓が喉の奥で暴れている。


(早く終わってくれ。お願いだから早く終わってくれ)


 しかし町長の話は終わらない。むしろ加速していく。


「——そして本日、この町にお越しくださった。これは我々にとって、まさに歴史的な——」


 ヴァルゼンの意識が遠のきかけた瞬間、横からエルヴィンが割って入った。


「町長殿! ヴァルゼンは長旅で疲れている。ここらで休ませてやってくれないか」


 助かった。心の底から助かった。


 町長が恐縮して頭を下げ、一行は宿へと案内された。


 しかし宿に入るまでの短い道のりが、また地獄だった。


「魔王様! 握手してください!」


「魔王殿、うちの息子を見てやってください! 冒険者になりたいと——」


「ヴァルゼン様、この町の特産品をお納めください!」


 四方八方から手が伸びてくる。声が飛んでくる。顔が近い。息が近い。


 ヴァルゼンは群衆の圧力に押されながら、必死に笑顔を作った。引きつった、ぎこちない笑顔だ。目は完全に泳いでいた。


 しかしその笑顔を見た群衆は——泣いた。


「ああ……魔王様が、笑ってくださった……!」


「あんなに偉い方が、こんな小さな町の民に微笑んでくださるなんて……!」


(微笑んでない。恐怖で顔が引きつってるだけだ)


 宿に逃げ込んだヴァルゼンは、部屋に入った瞬間、床に座り込んだ。


「……疲れた」


「お疲れ様です、陛下」


 ザガンが淡々と茶を用意してくれた。


「民の歓待、いかがでしたか」


「……すごく、怖かったです」


「左様ですか」


 ザガンは茶を差し出しながら、静かに言った。


「しかし陛下。あの民衆の目を、見られましたか」


「……見ました。期待の目でした」


「それだけではありません。あれは——安堵の目です」


「安堵?」


「ええ。強い者が来てくれた、これで大丈夫だ——そういう安堵です。長年の不安を抱えてきた人々が、陛下の姿を見て初めて安心した。その表情です」


(僕を見て安心するのは間違いだ。僕は誰も守れない。自分すら守れない)


「陛下がそれを重荷に感じるのは、わかっております。しかし——重荷を背負えること自体が、器の証なのです」


 ヴァルゼンは、茶を啜った。温かかった。


 反論する言葉は、見つからなかった。


 窓の外から、まだ歓声が聞こえていた。この小さな宿場町にとって、今日は祭りのような日なのだろう。


 ヴァルゼンは——その歓声から逃げるように、布団を頭まで引き上げた。


 耳を塞いでも、期待の声は消えなかった。


 あと二日で、王都だ。


 王都には、この何百倍もの人がいる。


(……死ぬ。絶対に死ぬ)


 最弱の魔王は、布団の中で小さく丸まった。


 街道の歓声は、夜が更けてもなかなか止まなかった。


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