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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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変わったことが一つだけある。僕には——仲間がいる

 変わったことが一つだけある。僕には——仲間がいる


 王都への街道を、馬車が進んでいた。


 出発して三日目。初夏の風が草原を渡り、車窓から入り込む緑の匂いが心地よかった。ヴァルゼンは馬車の窓枠に肘をつき、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。


 馬車の中は騒がしかった。いつも通りに。


「——で、王都に着いたらまず何をする?」


 エルヴィンが身を乗り出して、全員に問いかけた。


「武器屋だな。王都の鍛冶は腕がいいと聞く」


 グリゼルダが即答した。


「僕は学院の図書館ですね。虚淵に関する先行研究があるかもしれない」


 フェリクスが手帳をめくりながら答えた。


「私は神殿に……! 王都の大神殿、一度行ってみたかったんです……!」


 ミラベルが目を輝かせた。


「陛下はいかがなさいますか」


 ザガンが穏やかに問うた。


「……できれば、宿の部屋から出たくないです」


「却下だ! 王都を案内してやるよ、ヴァルゼン!」


 エルヴィンが満面の笑みで言い切った。


(聞いてくれるなら最初から聞くな)


 馬車が揺れるたびに、過ぎてきた日々のことを思い出した。


 ——始まりは、偶然だった。


 魔王軍が解体され、行く場所を失ったヴァルゼンが一人で放浪していた、あの日。人目を避けて歩いていたはずなのに、ばったりと勇者に出くわしてしまった。


 エルヴィンの第一声は——「お前が、あの魔王か!」だった。


 殺される、と思った。全力で逃げようとした。しかしエルヴィンは剣を抜くどころか、両手を広げて近づいてきた。


「俺たちの仲間になってくれ!」


 あの瞬間の混乱は、今でも鮮明に覚えている。


(あのとき逃げ切れていたら、今頃どこかの洞穴で一人で暮らしていたんだろうな)


 不思議なことに、その未来は——想像するだけで寂しかった。


 グリゼルダに初めて会ったときのことを思い出す。大剣を肩に担いだ銀髪の女騎士は、ヴァルゼンを一目見るなり殺気を放った——と本人は今でも思っている。実際には敬意だったらしいが、当時の恐怖は本物だった。


 でも今は、彼女が背中を守ってくれていることを知っている。


 フェリクスと初めて話したときのことも覚えている。モノクルの奥から観察する目が怖くて、目が泳いでしまった。すると「興味深い。魔力パターンを意図的に偽装している」と書き留められた。何も偽装していなかったのだが。


 でも今は、彼の分析が——的外れではあるが——深い関心から来ていることを知っている。


 ミラベルが加入したのは少し後だった。初めて会ったとき、彼女はヴァルゼンの顔を見て泣いた。「こんなにお辛い顔をされて……」と。辛くなかった。普通の顔だった。しかしミラベルにはそう見えたらしい。


 でも今は、彼女の涙が——方向は間違っているが——本物の優しさから来ていることを知っている。


 ザガンが現れたのは、最も驚いた出来事だった。元魔王軍の参謀が、単身で追いかけてきた。「陛下にお仕えする」と。なぜ。どうして。あの問いには今も答えが出ていない。


 でも——ザガンがそばにいることが、今のヴァルゼンにとって、もはや当たり前になっている。


(変わったな)


 ヴァルゼンは窓の外を見つめながら、静かにそう思った。


(あの頃の僕は、一人だった。誰にも必要とされていなかった。居場所がなかった。魔王の玉座に座らされていたけど、あそこは居場所なんかじゃなかった)


 馬車が緩やかなカーブを曲がる。


(今は——違う)


 エルヴィンが何か冗談を言って、グリゼルダが呆れたように笑っている。フェリクスが手帳に何かを書き込みながら、口元だけで笑っている。ミラベルがエルヴィンの冗談に大げさに驚いて、帽子を押さえている。ザガンが窓際で目を閉じているように見えて、尾の先端だけが揺れている。


 全員が——ここにいる。


(みんな、僕のことを誤解している。「最凶の魔王」だと思っている。実際は最弱で、何もできなくて、怖がりで、逃げてばかりの——ただの小心者だ)


(でも)


(この人たちが、僕のそばにいてくれる。理由は間違っているかもしれない。きっかけは誤解だったかもしれない。でも、一緒にいてくれることは——本当だ)


(それだけは、本当だ)


 不意に、目頭が熱くなった。


 慌てて窓の外を向いた。また泣いたら大変なことになる。前回のミラベルの料理のときの二の舞は避けたい。


「ヴァルゼン? どうした?」


 エルヴィンが気づいた。


「い、いえ。風が目に入っただけです」


「そうか。——まあ、風が気持ちいい日だしな」


 珍しく、それ以上追及しなかった。


 代わりに、エルヴィンはヴァルゼンの隣に座り直した。特に何を言うでもなく、ただ並んで窓の外を見ていた。


 しばらくして、遠くに白い城壁が見え始めた。


 街道の向こう、丘陵の上に、壮麗な建築群が陽光を受けて輝いている。塔の先端に翻る王旗。城壁を行き交う人々の姿。遠くからでも伝わる、都の活気。


「見えたぞ!」


 エルヴィンが叫んだ。


「王都だ!」


 馬車の中が一気に沸いた。全員が窓に顔を寄せ、白亜の都を見つめている。


 ヴァルゼンの心臓が速くなった。不安で。期待で。恐怖で。そして——ほんの僅かな、高揚で。


(あそこに行く。あの都に。国王の前に立つ。何が起こるかわからない。きっとまた誤解される。きっとまた大変なことになる)


(でも——一人じゃない)


「ヴァルゼン」


 エルヴィンが、いつもの太陽のような笑顔で言った。


「楽しくなるぞ」


(楽しくはならないと思う。胃が痛くなると思う。でも——)


「……そうですね」


(この人たちと一緒なら、きっと大丈夫だ。根拠はない。何一つ根拠はない。でも、そう思える自分がいる)


(変わったことが一つだけある。ただ一つだけ)


(僕には——仲間がいる)


 馬車が王都に向かって走り続ける。


 白い城壁がゆっくりと近づいてくる。新しい物語の幕が、もうすぐ開く。


 ヴァルゼンは——不安を抱えたまま、それでも前を向いていた。


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