王都から招待状が届いた。僕だけ青ざめている
王都から招待状が届いた。僕だけ青ざめている
その日、宿の扉を叩いたのは、見たこともないほど立派な鎧を纏った騎士だった。
胸元に王家の紋章。腰に儀礼用の長剣。背筋は定規で引いたように真っ直ぐで、その佇まいだけで「王都から来ました」と語っている。
ヴァルゼンは、騎士の姿を見た瞬間に全てを悟った。
(来た。ついに来た。この日が来てしまった)
「ヴァルゼン殿とお見受けいたします」
騎士が片膝をつき、白い手袋に包まれた両手で封書を差し出した。封蝋には王家の紋章が押されている。
「国王陛下より、親書をお預かりしております」
(王様からの手紙。王様から。僕に。なんで。なんでそうなる)
手が震えた。封書を受け取ろうとした指先が完全に制御不能になっている。
「あ、ありがとう、ございます……」
辛うじて受け取った封書を開く。
中身は——謁見の招待状だった。
勇者エルヴィンおよびその一行、特に「魔王」ヴァルゼンを王都に招き、その功績を称えたい。ついては速やかに王都までお越し願いたい——そういう内容が、格式高い文体で綴られていた。
(功績。何の功績だ。僕は何もしていない。合同討伐も虚淵の避難誘導も、やったのは仲間たちで——いや、そもそも虚淵のときは怖くて叫んだだけで——)
「おお!」
エルヴィンが封書を覗き込み、目を輝かせた。
「王都からの招待だと!? やったなヴァルゼン! ついにお前の実力が王にまで届いたか!」
(届いてない。届いてほしくなかった。こんな遠くまで噂が飛ぶなんて聞いてない)
「エルヴィン、これは——」
「いやあ、正直、遅すぎたくらいだ。お前の力を考えれば、もっと早く招かれてもおかしくなかった」
(早いとか遅いとかじゃなくて、招かれる理由がないんだ。僕にはない)
グリゼルダが招待状を読み、厳かに頷いた。
「ヴァルゼン様。国王陛下直々の招待とは、最上級の栄誉です。王都では一軍の将にすら滅多に出されぬ書状だ」
「い、一軍の将……」
「ええ。あなたの武勲が正当に評価された証です」
(武勲はない。一つもない。あるのは誤解だけだ)
フェリクスがモノクルを光らせた。
「タイミングが興味深いですね。虚淵の兆候があった直後に招待状が届いた。王都もあの現象を把握していて、魔王殿の能力を政治的に確保したいのでしょう。——流石の判断力です、国王も」
(政治的に確保。僕を。最弱の僕を。この国の情報収集能力はどうなっているんだ)
ミラベルが両手を胸の前で組んだ。
「王都……! 私、王都に行くの初めてです……! ヴァルゼン様と一緒に王都に……!」
彼女の瞳はすでに潤んでいた。嬉し泣きの準備が万端だった。
ザガンが、使者の騎士を応接用の椅子に案内しながら、チラリとヴァルゼンを見た。その視線は——「想定通りです」と言っていた。
(想定通りって顔をしないでほしい。僕は全く想定していなかった)
パーティの面々が興奮と期待で沸き返る中、ヴァルゼンだけが椅子の上で石のように固まっていた。
「どうした、ヴァルゼン? 嬉しくないのか?」
エルヴィンが不思議そうに首を傾げた。
「い、いえ、嬉しいというか、その……」
(嬉しくない。全然嬉しくない。王様の前に出たら全てがバレる。「最凶の魔王」が実は何もできない小心者だと。国家レベルでバレる。今までの誤解は町レベルだったからなんとか——いや、なんともなってないけど——ともかく、王都は桁が違う)
「……緊張、しています」
正直に言った。これは嘘ではない。
エルヴィンが豪快に笑った。
「お前が緊張? はは、珍しいこともあるもんだ! だが安心しろ、俺たちがついている!」
「ヴァルゼン殿」
使者の騎士が、畏敬の目でヴァルゼンを見た。
「お噂はかねがね伺っております。一言で軍勢を退け、未来を見通す魔王——王都でも、あなたの名を知らぬ者はおりません」
(知られている。王都で。もう逃げ場がない)
「国王陛下も、お会いできるのを心待ちにしておられます」
(心待ちにされている。実物を見たらがっかりするだろうな。絶対がっかりする。小さくて弱くて角も目立たない、こんな——)
「陛下」
ザガンがいつの間にか隣に立っていた。
「少し外の空気を吸いましょう」
促されるまま、ヴァルゼンは宿の裏手に出た。
夕暮れの空が赤く染まっていた。遠くで鳥が鳴いている。ここ数日で一番、心臓が早く打っている気がした。
「……ザガン。僕、どうすればいいんでしょう」
「いつも通りになさればよろしいかと」
「いつも通りが一番まずいと思うんですけど……」
ザガンが僅かに首を傾げた。
「なぜです?」
「なぜって——王様の前で震えて、何も言えなくて、逃げ出しそうになったら——」
「それがいつも通りでしょう。そして、いつも通りの結果になります」
(いつも通りの結果。つまり誤解が加速して、もっと大変なことになる——ということでは?)
反論しようとしたが、ザガンの穏やかな目に言葉を飲み込んだ。
「陛下。私は四百年生きてまいりましたが、王都に招かれる主君に仕えたのは——あなたが初めてです」
「……それは、喜ぶべきことなんですか」
「少なくとも、私は嬉しく思っております」
尾の先端が、静かに揺れていた。
宿の中から、エルヴィンの弾けるような声が聞こえてきた。
「よし、出発の準備だ! 王都へ行くぞ!」
グリゼルダの「了解した」という硬い声。フェリクスの「荷造りは明日で十分だろう」という冷静な声。ミラベルの「わあ、何を着ていこう……!」という浮かれた声。
仲間たちの声が重なり合って、夕暮れの空気を揺らしている。
ヴァルゼンは深く息を吸い、吐いた。
(王都。国王。謁見。——考えただけで胃が潰れそうだ)
だが、仲間の声は温かかった。
それだけが——今のヴァルゼンにとって、唯一の支えだった。




