「均等に分けましょう」が「指揮官の鑑」という評価になった
「均等に分けましょう」が「指揮官の鑑」という評価になった
討伐の翌日。ギルドの大広間で、報酬の分配が行われることになった。
合同討伐の報酬は総額で金貨八百枚。参加した七パーティ、総勢四十三名で分ける。通常、報酬の分配は揉める。特に合同討伐では「どのパーティが一番貢献したか」で議論が白熱し、場合によっては殴り合いに発展することもあるという。
ヴァルゼンは会議室の上座に座らされていた。
(なぜ僕が上座なんだ。指揮官だからか。指揮してないのに)
七パーティのリーダーが長テーブルに着いている。その全員の視線が——上座のヴァルゼンに集中していた。
「では、報酬の分配について——」
ギルドの担当官が口を開きかけた。
「……ヴァルゼン殿。指揮官として、何か方針はおありでしょうか」
(ない。方針はない。早く帰りたい)
沈黙が流れた。
冒険者たちが息を詰めてヴァルゼンを見つめている。この沈黙が「沈思黙考」に見えているのだろうということは、もう嫌というほどわかっていた。
(何か言わないと。何か——当たり障りのないことを——)
「あの……均等に、分けませんか」
それしか思いつかなかった。
「均等……ですか」
担当官が目を丸くした。
「は、はい。全パーティ均等で。あの、その方が揉めないかなと——」
ヴァルゼンの本音は「揉めるのが怖い」の一点だった。冒険者同士が報酬を巡って争う光景を想像するだけで胃が縮む。だから均等。それが一番平和だと思った。
しかし——会議室の空気が、一変した。
最初に動いたのは、あの歴戦のAランク冒険者だった。
「……均等、と仰るか」
彼の声が震えていた。
「ヴァルゼン殿。あなたのパーティが最大の功績を上げたのは、この場の全員が認めるところだ。指揮官報酬も加えれば、取り分は全体の三割に達するはず」
(三割。三割って金貨二百四十枚。そんなにもらっていいの? いやでも、功績はエルヴィンたちのものだし——)
「それを、均等にすると」
「は、はい。皆さん命懸けで戦ったのは同じですし……」
沈黙が、また流れた。
今度の沈黙は——重かった。
Aランク冒険者の目頭が赤くなっていた。
「……指揮官の鑑だ」
(え?)
「二十年やってきて、功績に見合う報酬を辞退する指揮官を見たのは初めてだ。しかもこの金額を——『揉めないように』という理由で均等にすると」
(いや、揉めないようにっていうのは本音なんだけど——)
「あなたは金に興味がないのですか」
「え、いや、金は大事ですけど——」
「ですが手放す、と」
「手放すというか、均等がわかりやすいかなと——」
Aランク冒険者が立ち上がり、深々と頭を下げた。
「恐れ入りました。この報酬分配の在り方——俺は一生忘れません」
(そんな大袈裟な。均等に分けようって言っただけなのに)
他のパーティのリーダーたちも、次々と立ち上がった。
「ヴァルゼン殿の方針に従います」
「異議なし。……いや、異議なしどころか感服した」
「うちのパーティに戻って話したら泣く奴がいるぞ、これは」
ザガンが背後で、かすかに息を漏らした。笑いをこらえている。その尾がぴくりと揺れたのを、ヴァルゼンは見逃さなかった。
(笑ってる。この人、絶対にこうなることを予測して僕に喋らせた)
報酬は均等に分配された。
会議が終わり、冒険者たちがぞろぞろと広間を出ていく中——数名がヴァルゼンの前に残った。
「あの、ヴァルゼン殿」
若い女性冒険者が、頬を赤らめて言った。
「もしよろしければ——そちらのパーティに加入させていただけないでしょうか」
(はい?)
「わ、私だけじゃなく、うちのメンバーも——」
「いや、俺も希望したい」
「私もだ」
三人、四人、五人——申し出が続いた。
(なんで!? なんで均等に分けただけでパーティに入りたくなるの!? 因果関係がわからない!)
「あ、あの、うちのパーティは今の人数で——」
「やはりか」
Aランク冒険者が腕を組んで頷いた。
「少数精鋭を貫く。それもまた指揮官の判断だ。……見事だ」
(見事じゃない。単に人数が増えたら僕の正体がバレる確率が上がるからだ)
エルヴィンが満面の笑みでヴァルゼンの肩を叩いた。
「さすがだな、ヴァルゼン! 功績を仲間に分ける——勇者として、いや、王として見習うべき姿だ」
「え、エルヴィン、ちょっと痛——」
「俺もお前のような男になりたい!」
(ならなくていい。というかなれるわけがない。あなたは実力で功績を上げている側の人間だ)
グリゼルダが静かに言った。
「ヴァルゼン様。金銭に執着しない。部下の功を認める。——真の将とはそういうものだと、私は騎士団時代に教わりました」
「い、いえ、そんな——」
「あの教えを体現されている方に、初めてお会いしました」
(体現してない。何も体現してない。均等が楽だっただけだ)
フェリクスが手帳を閉じて、薄く笑った。
「面白いデータが取れた。魔王殿の行動パターンに新たな法則を追加しよう。『報酬に関しては常に最小取得を選択する』——これは『偽装理論』の重要な補強材料だ」
「フェリクス、僕は偽装なんて——」
「ええ、そうおっしゃると思いました。完璧ですね」
(何が完璧なんだ)
ミラベルが、もう泣いていた。
「ヴァルゼン様……自分のことよりも、いつも皆さんのことを……」
「み、ミラベル、泣かないで——」
「だって、だって……お優しすぎるんです……っ」
(優しいんじゃなくて、揉め事が嫌いなだけなんだってば)
ギルドの広間を出ると、通りで待っていた冒険者たちから拍手が起きた。
報酬分配の話が、もう広まっている。冒険者社会の情報伝達速度は異常だった。
「あの魔王、報酬を均等に分けたってよ」
「マジか。指揮官報酬も辞退したのか?」
「ああ。『皆が命懸けで戦ったのは同じ』って言ったらしい」
「……かっけえ」
ヴァルゼンは俯いて、足早にギルドを後にした。
(帰りたい。宿に帰って布団を被りたい。今日だけで一年分の視線を浴びた気がする)
ザガンが隣を歩きながら、穏やかに言った。
「陛下。今日のご判断は——率直に申し上げて、見事でした」
「……ザガン、あなたまで」
「いえ。これは皮肉ではなく、真摯に申し上げています」
ヴァルゼンが怪訝な顔をすると、ザガンは少しだけ声を落とした。
「報酬の分配で争いを避ける判断。それ自体は単純です。しかし——あの場で即座にそれを選べる人間は多くない。特に、自分の取り分を減らす方向で」
「でも、僕は——」
「恐怖から、ですね。揉め事が怖いから均等にした」
図星だった。ザガンはやはり全部見えている。
「しかし陛下。恐怖から選んだ行動であろうと、結果として最善であったことに変わりはない」
琥珀色の瞳が、柔らかく笑っていた。
「あなたの恐怖は——不思議と、いつも正しい方向を向いているのです」
(正しい方向を向いている恐怖。そんなものがあるのか)
ヴァルゼンには、まだわからなかった。
でも——ザガンの言葉が嫌ではなかった。それだけは確かだった。




