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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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怯えて黙っていただけなのに「沈思黙考する指揮官」になった

 怯えて黙っていただけなのに「沈思黙考する指揮官」になった


 作戦会議が始まった。


 ギルドの大広間に五パーティのリーダーと主要メンバーが集まり、大きな地図が卓上に広げられている。討伐対象の大型魔獣グラナドール——全長十五メートルを超える岩甲の魔獣で、周辺の街道を荒らし回っているという。


 ヴァルゼンは指揮卓の正面に座らされていた。両隣にエルヴィンとザガン。背後にグリゼルダ。左斜め後方にフェリクス。


(包囲されている。逃げ場がない。物理的にも精神的にも)


「では、作戦の概要を説明いたします」


 ザガンが立ち上がり、地図を指し示しながら語り始めた。


「グラナドールは北の渓谷に営巣しています。岩甲の防御力が極めて高く、正面突破は犠牲が大きい。よって——挟撃を提案します」


 ザガンの作戦説明は簡潔にして明瞭だった。五パーティを三つの部隊に再編し、渓谷の出入口を封鎖しつつ、主力が正面から陽動をかける。その間に遊撃部隊が背面に回り込み、岩甲の隙間——腹部と首筋を狙う。


「なるほど、理にかなっている」


 白鬚の老魔術師が頷いた。


「しかし、グラナドールには子分の岩蜥蜴いわとかげが二十匹ほどいるという話だ。そちらの対処はどうする」


「それについても手は打ってあります。ただ——」


 ザガンがちらりとヴァルゼンを見た。


「最終的な判断は、指揮官殿に」


 全員の視線がヴァルゼンに集中した。


(来た。振られた。何か言わなきゃいけない場面だ。でも何を言えばいいんだ。作戦のことなんかわからない。渓谷の地形も知らないし、グラナドールの弱点も——)


 ヴァルゼンは口を開いた。


 しかし、声が出なかった。


 緊張で喉が張りついている。全員の期待の目が重すぎる。心臓が暴れて、頭が真っ白で、何一つ言葉が浮かばない。


 沈黙が、三秒。


 五秒。


 十秒。


(やばい。何か言わなきゃ。何でもいいから——)


 しかし口は動かなかった。


 二十秒が過ぎた。


 広間がしんと静まり返っている。誰も口を開かない。指揮官の沈黙を、誰も遮ろうとしない。


 赤毛のリーダーが、双子姉に目配せした。


「……すげえな。この沈黙」


「ああ。作戦の隅々まで検討してるんだ。あれだけ完璧な立案をされた上で、さらに精査している」


「俺なら三秒で『いいんじゃないか』って言っちまうぞ。あの集中力は——次元が違う」


(集中力じゃない。恐怖で固まっているだけだ)


 フェリクスが手帳にさらさらとペンを走らせた。


「沈思黙考。全員の視線を浴びながら微動だにしない胆力。やはり魔王殿は——常人の判断速度で動いていないんだ。別次元の思考回路が走っている」


(走ってない。止まっている。思考が完全に停止している)


 三十秒。


 限界だった。このまま黙っていたら失神する。何でもいい。何か一言——


「……ザガンに、任せます」


 やっと絞り出した五文字は、かすれた小声だった。


 自分でも情けない。結局何も決められず、丸投げだ。指揮官失格もいいところだ。


 しかし——


 広間に、感嘆のざわめきが広がった。


「おお……『任せる』か」


 白鬚の老魔術師が、目を細めて唸った。


「完璧な立案を前にして、わざわざ口を出さぬ。参謀の仕事を信頼し、余計な介入をしない。将たるもの、かくあるべしよ」


「しかも三十秒間の沈思の末に、だ。その間に作戦の全てを精査し、不備がないと確認した上での『任せる』——」


 赤毛のリーダーが腕を組んで唸った。


「これが噂の『最凶の魔王』の指揮か。戦わずして勝つタイプだな」


(精査してない。不備があるかどうかもわからない。何もわからないから任せただけだ)


「さすがは陛下」


 ザガンが穏やかに頭を下げた。その声には——本心とも皮肉ともつかない、いつもの絶妙な響きがあった。


「では、陛下の御裁可をいただきましたので、細部を詰めてまいります」


 ザガンが作戦の詳細を詰め始めた。各パーティの配置、退路の確保、通信手段の確認、負傷者の搬送経路——全てが淀みなく組み上がっていく。


 その間、ヴァルゼンはただ黙って座っていた。何も言えなかったからだ。


 しかし会議が終わったとき、四人のリーダーの評価は一様だった。


「あの魔王、一言も口を出さなかったな」


「ああ。完璧な参謀を持ち、完璧に信頼し、完璧に任せる。参謀の言葉はすなわち魔王の言葉——あれが理想の上官だ」


「しかもザガンの立案の質が尋常じゃない。あの参謀が心酔するほどの器ってことは——」


「……敵にしなくてよかったな、本当に」


 ヴァルゼンはその会話を聞きながら、胃の痛みに耐えていた。


(ザガンが優秀なだけです。僕は一言も有益なことを言っていません。黙って座っていただけです。それが『沈思黙考する指揮官』って——どういう解釈ですか)


「ヴァルゼン様」


 ミラベルがそっと近づいてきた。


「あの長い沈黙の間、ヴァルゼン様はきっと——全員の命のことを考えていらしたんですよね。一人も欠けさせないようにと、ずっと……」


 翡翠色の瞳が潤んでいた。


(考えていたのは『どうやって逃げよう』だけです)


「み、ミラベルさん、そんなことは——」


「いいえ、わかります。あの沈黙には、お優しさが詰まっていました」


(詰まっていたのは恐怖です。優しさのかけらもありません)


「ヴァルゼン様の作戦会議、素晴らしかったですな」


 グリゼルダが珍しく穏やかな声で言った。


「あれだけの人数を前にして、一切の虚勢を張らない。己の力を誇示せず、参謀の才を引き出す。——私が仕えた隊長は、逆でした。自分の手柄を主張し、部下の進言を退けた」


 蒼灰色の瞳に、遠い記憶の影が過ぎった。


「ヴァルゼン様は、あの隊長とは真逆だ。だからこそ——人がついていくのだと、改めて思いました」


(真逆なのは確かだ。あの隊長は少なくとも戦闘力があったはずだし)


「興味深い」


 フェリクスがモノクルを指で押し上げた。


「ザガンの立案は確かに優秀だ。しかし、あの作戦には魔王殿の思考パターンが反映されている。ザガンは『魔王殿ならこう考える』という前提で組んでいるんだ。つまり——作戦の真の設計者は、やはり魔王殿ということになる」


(なりません。ザガンが勝手に優秀なだけです)


「参謀とは、主君の意を汲んで形にする存在。ザガンの立案能力が高いということは、すなわち魔王殿の意思が明確だということの証左だ。沈黙の中に、すでに全てが語られていた——」


(語ってない。何も語ってない。本当に何も考えていなかった)


 フェリクスの手帳に、新たな頁が埋まっていく。


 ヴァルゼンは深くため息をついた。


 明日は、いよいよ討伐作戦の当日だ。


 二十八人の命を預かる指揮官として。


 何一つ指揮できない、最弱の魔王として。


(……明日、生きて帰れるだろうか)


 それだけが、ヴァルゼンの唯一の本音だった。


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