表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/159

世界の魔力が減っている気がする——気のせいだろうか

 世界の魔力が減っている気がする——気のせいだろうか


 翌朝。


 目覚めた瞬間、ヴァルゼンは違和感を覚えた。


 天幕の中から空を仰ぐ。朝焼けの空は昨日と変わらない。鳥の声が聞こえる。風の匂いも同じ。何もかもが、いつも通りのはずだった。


 なのに——何かが、薄い。


(……何だろう、この感じ)


 立ち上がり、天幕の外に出た。焚き火の残り火をザガンが始末している。エルヴィンは素振りをしている。いつもの朝の光景だ。


 だが、肌がざわついていた。


 魔力感知——ヴァルゼンが魔王の血筋から受け継いだ、数少ない「本物の」能力。戦闘には何の役にも立たない。ただ、周囲の魔力の流れを「なんとなく感じる」だけの、地味な感覚。


 その感覚が、今朝は——いつもと違っていた。


(空気の中の魔力が……少ない?)


 ヴァルゼンは手のひらを空にかざした。


 目を閉じる。意識を研ぎ澄ませる。


 世界の魔力は大気に溶け込んでいる。水蒸気のように、普段は意識しなくても常にそこにあるもの。呼吸するように自然に感じ取れる——いつもは。


(薄い。ほんの少しだけど——確実に、薄くなっている)


 目を開けた。


 朝の森は平穏そのものだった。木漏れ日が地面に模様を描き、小動物が茂みの中を走っている。何も変わっていない。


(気のせいか? 昨日は曇りだったし、天候で魔力の感じ方が変わることもある。たぶん——気のせいだ)


「陛下。おはようございます」


 ザガンが残り火を片づけながら声をかけた。


「おはよう、ザガン」


「何か、気になることでも?」


 琥珀色の瞳が、静かにこちらを見ている。この人は本当に目が利く。表情の微細な変化すら見逃さない。


「いや……何でもない。ちょっと、寝起きでぼんやりしていただけ」


「左様ですか」


 ザガンはそれ以上追及しなかった。しかしその視線は、わずかに長くヴァルゼンの上に留まっていた。


(何でもない。何でもないはずだ)


 朝食を済ませ、パーティは出発した。


 街道を歩きながら、ヴァルゼンは意識の片隅で魔力の流れを追い続けていた。普段はそんなことをしない。意識するまでもなく、世界の魔力は常にそこにあったから。


 でも今日は——追いかけないと、見失いそうな気がした。


(やっぱり、薄い。昨日よりも。一昨日よりも)


 足が止まった。


「ヴァルゼン? どうした?」


 エルヴィンが振り返った。


「あ——何でもないです。石につまずいただけで」


「気をつけろよ。お前が転んだら大変だ」


(大変というか、ただ転ぶだけなんですけど。僕が転んでも世界は何も変わりません)


 歩みを再開する。


 だが、胸の奥のざわつきは消えなかった。


 昼過ぎ。休憩のために立ち寄った泉のほとりで、ヴァルゼンは水面に手を浸した。


 冷たい水が指の間を流れていく。その中にも魔力が含まれている——はずだった。


(水の中の魔力も、減っている気がする。土の中も。空気の中も。全部が——ほんの少しずつ、目減りしている)


 気のせいだと思いたかった。


 しかし魔力感知は、ヴァルゼンにとって唯一信頼できる感覚だった。戦闘力はない。知略もない。勇気もない。だけど、魔力の流れだけは——嘘をつかない。


(世界の魔力が、減っている)


 その事実が、ヴァルゼンの胸に静かに沈んでいった。


「ヴァルゼン様?」


 ミラベルが泉のそばにしゃがみ、心配そうに覗き込んだ。


「お水、冷たくありませんか? お手が真っ赤です……」


「あ、ああ。ちょっと長く浸けすぎた」


 慌てて手を引き上げた。指先が赤くなっている。どれだけの時間、水に手を浸していたのだろう。


「ヴァルゼン様、最近お考え事が多いように見えます。何かお悩みでしたら——」


「大丈夫。大丈夫だよ、ミラベル」


 嘘だった。大丈夫じゃないかもしれない。


 でも——何が大丈夫じゃないのか、自分でもまだわからなかった。


 魔力が減っている。それが何を意味するのか。世界にどんな影響があるのか。ヴァルゼンには知識がなかった。ただ「嫌な感じがする」という、漠然とした不安だけがあった。


(いつもの臆病だ。何でもないことを大袈裟に心配して、勝手に怯えているだけだ。きっとそうだ)


 自分にそう言い聞かせた。


 夕方、次の町に到着した。


 宿を取り、夕食の席で——ヴァルゼンは何事もなかったかのように振る舞った。エルヴィンの冗談に笑い、ミラベルの料理を褒め、フェリクスの分析に相槌を打ち、グリゼルダの報告に頷き、ザガンの助言に耳を傾けた。


 いつもの六人。いつもの食卓。


 その温かさが、今日はどこか——もろく感じられた。


(気のせいだ。きっと、気のせいだ)


 夜。


 全員が寝静まった後、ヴァルゼンは宿の窓辺に立っていた。


 月明かりに照らされた町並みの向こうに、暗い地平線が広がっている。星空はいつも通り美しかった。


 手のひらを月に翳した。


 目を閉じる。


(世界の魔力が、減っている)


 それは確信だった。臆病の勘ではなく、魔力感知が告げる——静かな事実。


 しかしヴァルゼンには、その事実をどうすることもできなかった。仲間に話すべきなのかもしれない。だが、何を話す? 「魔力が減っている気がする」? それだけだ。原因も、影響も、対策も——何もわからない。


(いつか、わかる日が来るのだろうか。この不安の正体が)


 月が雲に隠れた。


 世界が一瞬だけ、暗くなった。


 ヴァルゼンは窓辺を離れ、寝台に戻った。


 眠れない夜は久しぶりだった。ザガンが合流した夜以来かもしれない。あの時の不眠は恐怖からだったが、今夜のそれは——もっと漠然とした、掴みどころのない不安だった。


(——気のせいだろうか)


 答えは出なかった。


 だが、世界の魔力は——確かに、昨日より薄かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ