ギルドのランクが不自然に上がった。政治的な何かを感じる
ギルドのランクが不自然に上がった。政治的な何かを感じる
異変に気づいたのは、ギルドの受付で冒険者証を提示した時だった。
「あ、あの……ヴァルゼン様」
受付嬢の声が上ずっていた。両手でカードを持ち直し、何度も表面を確認している。
「こちらの冒険者証ですが、本部からランク更新の通達が来ておりまして——」
「ランク更新?」
「はい。銅ランクから、金ランクへの飛び級昇格です」
(飛び級? 銅から金? 二段階どころの話じゃない。三段階すっ飛ばしている)
「お、おめでとうございます……」
受付嬢が引き攣った笑顔で新しい冒険者証を差し出した。金色に輝くプレート。ずしりと重い。
「いや、待ってください。これ、何かの間違いでは——」
「本部からの直接通達ですので、間違いということは……」
(本部からの直接通達。つまり上層部が動いた。しかも銅から金への飛び級は、通常のランク審査では絶対にありえない)
ヴァルゼンの臆病の勘が、鋭く警鐘を鳴らしていた。
(これは実力を認められたんじゃない。政治だ。誰かが——僕を取り込もうとしている)
「ヴァルゼン!」
エルヴィンが背後からカードを覗き込み、金色の輝きに目を丸くした。
「金ランクか! ついに世界がお前の実力を認め始めたな!」
(認めてない。実力なんて何もない。これは明らかに——)
「当然の評価です」
グリゼルダが静かに頷いた。
「むしろ遅すぎたくらいでしょう」
(遅いも何も、早すぎるんです。銅ランクの依頼すらまともにこなせていないのに)
「興味深い」
フェリクスの目が光った。手帳が開かれる。予想通りだった。
「通常、金ランクへの昇格にはAランク依頼を五件以上達成し、推薦委員の審査を経て——という手順が必要です。それが本部直接通達で省略されている。つまり、ギルド上層部が通常の手続きを迂回してまで、魔王殿を高ランクに据えたかった」
(フェリクス、今日はいい分析をしている。本当にその通りだ)
「なぜだと思う、フェリクス?」
エルヴィンが首を傾げた。
「単純に実力を評価したのでは?」
「それもあるでしょう。しかし——」
フェリクスが手帳のページをめくった。
「ここ数週間の噂の拡散速度を考慮すると、ギルド上層部は『一言の魔王』を制御不能な存在として認識し始めている可能性があります。ならば、ランクという組織的な枠組みに取り込むことで、間接的に管理下に置こうとしている——」
「なるほど。つまり、敵に回すより味方にした方がいいという判断か」
「簡潔に言えば、そういうことです」
(わかっている。僕にもそれくらいはわかる。いや、僕わかるんだ。弱い者は、強い者の政治に敏感でなければ生き残れない)
ヴァルゼンは金色のプレートを握りしめた。
冷たい金属の感触が、妙に重かった。
「陛下」
ザガンが横に並び、小声で言った。
「お察しの通りかと」
「……やっぱり?」
「ギルドの本部長は元宮廷付き文官です。政治的判断には長けている。あなたを組織の枠に嵌めることで、野放しの脅威ではなく管理可能な資産に変えたいのでしょう」
(資産。僕が資産。一番の資産は逃げ足なんですけど)
「対処は?」
「現時点では受け入れておくのが上策です。拒否すれば不必要な摩擦が生じます。受け入れた上で——利用されているように見せかけて、実際には自由に動く。それが最善かと」
(利用されているように見せかけて自由に動く。かっこいいことを言っているけど、僕にそんな高度な政治戦略が取れるわけがない)
「……わかった。とりあえず受け取っておくよ」
「さすがは陛下。判断が早い」
(判断が早いんじゃなくて、断る勇気がないだけです)
ザガンの尾がわずかに揺れた。満足げに。
(この人、僕の判断を「英断」として記録するんだろうな。違うんだけどな)
金ランク昇格の報は、あっという間にギルド内に広がった。
受付ロビーで待っていると、何人もの冒険者が遠巻きにこちらを見ていた。畏怖と好奇心が混じった視線。金ランクの冒険者が頭を下げて挨拶に来た。銀ランクの者たちは目を逸らした。
(居心地が悪い。銅ランクだった時の方が気楽だった。隅っこで依頼を選んでいれば誰にも気づかれなかったのに)
「ヴァルゼン様」
ミラベルが心配そうに寄り添った。
「大丈夫ですか? ランクが上がって、お気持ちが重いのでは……」
「あ、ああ、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけで——」
「ヴァルゼン様は、ご自分の評価を低く見積もられすぎです。金ランクでも足りないくらいなのに……」
ミラベルの瞳が潤んでいる。
(足りないどころか、身に余りすぎている。銅ランクですら怪しいのに)
「ミラベルの言う通りだ!」
エルヴィンが力強く頷いた。
「本来なら最高位のミスリルランクを与えるべきだ。いや、既存のランクでは足りない。魔王専用のランクを新設すべきだろう」
(しないでください。これ以上目立つランクは要りません)
「まあ、上層部が動いたということは——」
フェリクスが手帳を閉じ、珍しく真面目な顔をした。
「我々は今後、組織の目に晒されることになります。行動の自由度は、むしろ下がる可能性がある」
「承知しています」
ザガンが落ち着いた声で応じた。
「だからこそ——この動きに先んじた策を打つ必要がある。陛下がお望みであれば、ですが」
(お望みなんてない。ただ平穏に暮らしたいだけだ。でもそれが一番難しい願いだということも、もう——わかっている)
「……任せるよ、ザガン」
「畏まりました」
ザガンが深く一礼した。
その横で、エルヴィンが目を輝かせている。
「聞いたか、ザガン! 魔王が参謀に全権委任だ。信頼の証だな!」
「はあ。光栄の極みです」
ザガンの声は平坦だったが、尾の先端がぴくりと動いた。
(この人たち、本当に僕の言葉を全部良い方に解釈する。「任せるよ」が「全権委任」になるなら、「おはよう」は何になるんだろう。考えたくない)
ギルドを出ると、午後の日差しが眩しかった。
金色の冒険者証が、胸元で鈍く光っている。
(銅から金。不自然すぎる昇格。政治的な思惑。組織の目)
ヴァルゼンは、自分が「管理されるべき存在」になりつつあることを肌で感じていた。
それは——弱いからこそ気づけることだった。
強い者は力で押し通せる。だから政治の網に鈍感でいられる。しかしヴァルゼンには力がない。だからこそ、周囲の空気の変化に、人の目の奥にある計算に、敏感にならざるを得なかった。
(臆病の勘。取り柄と言えるものがあるとすれば、それだけだ)
隣を歩くエルヴィンは、金のプレートを嬉しそうに眺めている。グリゼルダは警戒を緩めず周囲に目を配っている。フェリクスは手帳に何かを書いている。ミラベルは穏やかに微笑んでいる。ザガンは全体を見渡しながら、静かに歩いている。
六人のパーティ。
噂はこの先も広がり続けるだろう。ギルドの思惑も、残存魔王軍の動きも、止まることはないだろう。
(でも——今は、歩ける。この人たちと一緒に)
金のプレートは重かった。
しかしそれは、仲間と並んで歩く足取りを鈍らせるほどでは——まだ、なかった。




