表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/152

参謀が威圧しただけで挑戦者が逃げた。「取り巻きすら恐ろしい」って何

 参謀が威圧しただけで挑戦者が逃げた。「取り巻きすら恐ろしい」って何


 それは、次の町に着いて半日も経たないうちに起きた。


 冒険者ギルドの受付で依頼を物色していたヴァルゼンの前に、三人組の冒険者が立ちふさがったのだ。


 先頭に立った大柄な剣士が、腕を組んで見下ろしてくる。首から下げた銀のプレートが、中堅ランクであることを示していた。


「おい。お前が噂の『一言の魔王』か?」


(来た。ついに来た。この手の人種が。噂が広がれば、こうなることはわかっていた)


「い、いえ、僕は——」


「ふん。見た目は貧弱だな。本当にお前が百人の魔族を一言で従えたのか?」


(百人じゃなくて——いや、正確な数はどうでもいい。問題はこの人たちの目だ。完全に喧嘩を売りに来ている)


 ヴァルゼンの背中に冷たい汗が流れた。


 エルヴィンは依頼板の前で掲示を眺めている。グリゼルダは武器屋に行っている。フェリクスは書店、ミラベルは教会。散り散りだった。


(このタイミングで。なぜこういう時に限って一人なんだ。いや、一人じゃない。ザガンが——)


「失礼」


 穏やかな声が、ヴァルゼンの横から響いた。


 ザガンだった。


 いつの間にか隣に立っていた。長身の魔族は背筋を正したまま、三人組の冒険者に視線を向けた。


 それだけだった。


 言葉は発していない。威嚇めいた動作もしていない。ただ、琥珀色の瞳で——見ただけだ。


 先頭の剣士の顔色が変わった。


「な……」


 隣の二人が一歩後退した。そしてもう一歩。さらにもう一歩。


「す、すまん。人違いだった」


 大柄な剣士が、震える声でそう言い残して——三人は逃げるように去っていった。


 ギルドの受付嬢が、ぽかんと口を開けている。周囲の冒険者たちが、息を呑んでいた。


(……今、何が起きた?)


「申し訳ございません、陛下。お手を煩わせる前に排除すべきでした」


「いや、あの——ザガン、何をしたの?」


「何も。目を合わせただけです」


(目を合わせただけで三人の冒険者を撤退させた。この人、やっぱり怖い)


 しかし問題は、そのやり取りを周囲の全員が目撃していたことだった。


「おい、見たか……? あの魔王の従者、目を合わせただけで——」


「銀ランクのガルド三人組だぞ。あいつら、オークの群れを蹴散らすような連中だ」


「それが、目を合わせただけで……」


「取り巻きがあれなら、本体はどれほど——」


(本体って言うな。僕は魔物じゃない)


「ふむ」


 ザガンが微かに口元を緩めた。


「よい抑止力になったかと存じます。今後、陛下に安易に手を出す者は減るでしょう」


(抑止力。この人自身が抑止力になっている。参謀のくせに前線でも強いなんて聞いてない)


「ザガン……その、ありがとう」


「礼には及びません。臣下として当然のことです」


 ザガンの尾の先端が、わずかに揺れた。得意げに。


(尾は正直だな、この人)


 夕方にはもう、噂が町中に広がっていた。


 宿の食堂で夕食を取っていると、隣のテーブルから声が聞こえてくる。


「『一言の魔王』の取り巻きが、目線で銀ランク三人を気絶させたらしいぞ」


(気絶してない。逃げただけだ。しかも取り巻きじゃなくて元参謀だ——いや、外から見たら取り巻きか)


「目線で気絶って、それ魔眼まがんの類じゃないのか?」


「魔眼持ちを従えている魔王……やべえな」


(魔眼じゃない。ただ威圧しただけだ。たぶん。いや、本当にただの威圧だったのか? ちょっと自信がなくなってきた)


「ヴァルゼン」


 エルヴィンが肉を頬張りながら、嬉しそうに言った。


「ザガンが加わってから、パーティの格が一段上がった感じがするな。さすが、お前が認めた参謀だ」


「僕が認めたというか、断れなかっただけで——」


「謙遜するな。あの場で迷いなく受け入れたのは、お前の判断力があってこそだ」


(迷いしかなかった。迷いの塊だった。観念しただけだ)


「しかし」


 グリゼルダが食事の手を止めず、淡々と言った。


「今日の一件で、陛下の名はさらに広まるでしょう。『一言の魔王、その取り巻きすら恐ろしい』——と」


「恐ろしい取り巻き……」


「ふふ。光栄ですな」


 ザガンが涼しい顔で茶をすすった。光栄がるところじゃない。


「魔王殿の勢力圏が確立されつつありますね」


 フェリクスが手帳を広げた。またか。


「パーティの戦力に加え、間接的な威圧効果——すなわち『魔王に近づくこと自体がリスク』という認知が社会に浸透し始めている。これは非常に効率的な——」


「フェリクス。ご飯、冷めますよ」


「……ああ、そうでした」


 ミラベルが、静かにヴァルゼンの皿に野菜を足した。


「ヴァルゼン様。お野菜も食べてくださいね。今日はお顔色が悪かったですから……」


(顔色が悪いのは恐怖のせいです。栄養不足じゃなくて精神的なものです)


「ヴァルゼン様は、いつも皆のことばかり気にかけて……ご自分のお体を後回しにされるのですから……」


 ミラベルの瞳が潤み始めた。


(泣かないで。お願いだから泣かないで。僕がいたたまれなくなるから)


「あ、ありがとう、ミラベル。食べます。食べますから」


 慌てて野菜を口に運ぶ。


 六人になった食卓は、以前より賑やかだった。エルヴィンの豪快な笑い声、グリゼルダの静かな相槌、フェリクスのペンの走る音、ミラベルの小さな笑顔、そしてザガンの落ち着いた佇まい。


 賑やかで——温かかった。


(取り巻きすら恐ろしい魔王。とんでもない噂が広がっていくけれど——)


 ヴァルゼンは食堂の喧噪の中で、小さくため息をついた。


(——まあ、この食卓は、悪くない)


 翌朝、宿を発つ際に女将から「『一言の魔王』様の御一行に泊まっていただけるなんて光栄です」と宿代を半額にされた。


 断ろうとしたら「ご謙遜を」と押し返された。


 断ることすらできない世界に、ヴァルゼンは完全に囚われていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ