表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/151

先代魔王は「孤独」だった——参謀の回想が意味するもの

 先代魔王は「孤独」だった——参謀の回想が意味するもの


 バルトの関所町まであと半日という距離で、パーティは最後の野営をしていた。


 夕食後、エルヴィンが「明日は町だ、今夜は飲むぞ!」と宣言し、荷物からワインを取り出した。グリゼルダが目を輝かせて杯を受け取り、フェリクスが「ほどほどにしてください」と言いながら自分も注ぎ、ミラベルが一口で顔を赤くした。


 ヴァルゼンは端の方で、薄めたワインをちびちびと飲んでいた。


 ザガンは——珍しく、少し多めに飲んでいた。


(この人、今日はいつもと違う。何かを考え込んでいる顔をしている)


 エルヴィンとグリゼルダが腕相撲を始め、フェリクスがそれを「筋力と技術の相関分析」として記録し始めた頃——ザガンが、ヴァルゼンの隣に座った。


「陛下。少し昔話をしてもよろしいですか」


「……はい」


 ワインのせいか、ザガンの声はいつもより柔らかかった。


「先代魔王のことです」


 ヴァルゼンは杯を持つ手を止めた。


 先代魔王。ヴァルゼンが魔王位を継ぐ前の、本物の魔王。人間との大戦を戦い抜いた、比類なき武勇の持ち主。


 ヴァルゼンが玉座に座らされる原因を作った人物。


「先代は——強い方でした」


 ザガンの琥珀色の瞳が、焚き火を見つめている。遠い記憶に焦点を合わせるように、わずかに細められていた。


「剣を取れば千の兵を薙ぎ倒し、魔法を放てば山が動いた。魔族の歴史上、最も武勇に優れた魔王だったと——私は今でも思っています」


「……すごい人だったんですね」


(比較するのもおこがましいが、僕とは天と地ほどの差がある。当然だけど)


「ええ。すごい方でした」


 ザガンが杯を傾けた。琥珀色の液体が喉を通る。


「しかし——」


 声が、少し低くなった。


「あの方は、孤独でした」


「孤独?」


「力が強すぎたのです。誰も追いつけなかった。配下の将軍たちは先代を恐れ、敬い、しかし——理解しようとはしなかった。理解できるはずがないと、最初から諦めていた」


 焚き火が爆ぜた。


「玉座の間で、あの方はいつも一人でした。報告を聞き、命令を下し、軍を動かす。全てを一人で背負い、一人で決断した。参謀の私ですら——あの方の本心を聞いたことは、ほとんどありません」


 ザガンの尾が、力なく垂れ下がっていた。いつもは感情を制御しているはずの尾が、今は隠せていない。


「大戦の末期、あの方は変わり始めました」


「変わった?」


「怒りが——消えたのです。敵を倒す怒りでも、味方を守る怒りでもない。全ての感情が消え、ただ機械のように戦い続けるようになった」


 ザガンの声が、微かに震えた。


「ある夜、私は先代の部屋を訪ねました。報告があったのですが——扉の向こうから、声が聞こえました」


「声?」


「独り言です。先代が——誰もいない部屋で、呟いていました」


 ザガンが目を閉じた。


「『この世界は——剣では守れぬ』」


 沈黙が落ちた。


 焚き火の音だけが、夜の静寂を埋めている。


「……それは、どういう意味ですか」


「わかりません。当時の私にも、わかりませんでした。先代はその後も何も説明されず——まもなく崩御されました」


 ザガンが目を開けた。琥珀色の瞳に、焚き火の光が揺れている。


「今になって思うのです。先代は——何かを知っていたのではないかと」


「何かを?」


「この世界に迫る脅威。剣や魔法では太刀打ちできない何か。先代はそれを察知していた。しかし、あの方の周りには——相談できる者がいなかった」


(それは……)


「力で全てを解決してきた方だからこそ、力では解決できない問題に直面したとき、孤独だった。そして私は——その孤独に、気づけなかった」


 ザガンの手が、杯を握りしめていた。


「四百年の中で、最も悔いている夜です」


 ヴァルゼンは何も言えなかった。


 先代魔王の孤独。力があるがゆえの孤立。そして——「この世界は剣では守れぬ」という言葉。


(僕にはわからない。先代が何を知っていたのか、何を恐れていたのか。でも——)


「ザガン」


「はい」


「あなたが僕に仕えている理由——少しだけ、わかった気がします」


 ザガンが驚いたように目を見開いた。


「先代は孤独だった。力が強すぎて、誰も傍にいられなかった。でも僕は——」


 ヴァルゼンは苦笑した。


「弱いから。弱すぎて、一人じゃ何もできないから。だから——皆が傍にいてくれる」


「……陛下」


「あなたは『今度こそ孤独にしない』って——そう思っているんですか」


 ザガンの尾が、大きく揺れた。


 一瞬、琥珀色の瞳に光るものが見えた——気がした。焚き火の反射かもしれない。


「……さすがは陛下」


 その声は、皮肉の響きを完全に失っていた。


「やはり——あなたには全て見えている」


(見えてない。勘で言っただけだ。この人の表情を見て、なんとなくそう思っただけだ)


 ザガンが杯を飲み干した。そして静かに立ち上がった。


「先代が果たせなかったことを——陛下は果たされるでしょう。私は、そう信じています」


「何を果たすんですか」


「それは——これからの旅が教えてくれるはずです」


(また綺麗にまとめた。でも——)


 ヴァルゼンは焚き火を見つめた。


 先代魔王の言葉が、頭から離れなかった。


「この世界は——剣では守れぬ」。


(僕には剣も魔法もない。だから関係のない話だ。——のはずなのに、なぜか引っかかる)


 ちくりとした不安。胸の奥に刺さった、小さな棘のようなもの。


 何かが——遠くで、静かに崩れ始めているような。


 気のせいだ。きっと気のせいだ。


「ヴァルゼンー! こっち来て飲め! グリゼルダに腕相撲で負けた! 三連敗だ!」


 エルヴィンの陽気な叫びが、夜の空気を破った。


「エルヴィン殿、女性に腕相撲を三回挑んで三回負けるのは、勇者としていかがなものかと」


「うるさいフェリクス! 四回目で勝つ!」


「ヴァルゼン様ー、お酒のおかわりはいかがですかー……?」


 ミラベルが頬を赤く染めて手を振っている。


 ヴァルゼンは立ち上がり、仲間たちの輪に戻った。


 胸の棘は——まだ、消えていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ