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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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「弱いからこそ人を惹きつける」——それ褒めてます?

「弱いからこそ人を惹きつける」——それ褒めてます?


 ザガンが合流して五日目。


 パーティは次の町——バルトの関所町に向かって街道を進んでいた。天気は快晴。道は平坦。魔物の気配もない。


 穏やかな旅路だった。


 穏やかすぎて、ザガンが観察に全ての時間を費やしていることに、ヴァルゼンだけが気づいていた。


(あの人、ずっと皆を見ている。歩きながら、食事をしながら、何気ない会話をしながら——全員を観察している。参謀の習性なのか、それとも何か目的があるのか)


 昼休憩のとき、それは起きた。


 エルヴィンが街道脇の大岩に腰かけて水を飲んでいると、前方の茂みから巨大な猪型の魔物が飛び出した。


「おっと」


 エルヴィンが反射的に聖剣を抜いた。一閃。魔物は二つに割れて地面に転がった。


 所要時間、約二秒。


「ひっ——」


 ヴァルゼンの悲鳴は魔物が倒れた後に出た。


(遅い。悲鳴が遅い。魔物が出て、倒されて、それから叫んでいる。反応速度が致命的に遅い)


「大丈夫か、ヴァルゼン」


 エルヴィンが聖剣を鞘に収めながら、心配そうに——いや、感動したように——ヴァルゼンを見た。


「お前、今の魔物が出た瞬間、動かなかったな?」


「え? あ、はい。動けませんでした」


「やはりな。最初から俺で十分だと見切っていたか。——お前の判断力には、本当に頭が下がる」


(見切ったんじゃなくて、固まっていただけです)


 ザガンがその一部始終を、琥珀色の瞳で静かに見つめていた。


 午後の行軍中、ザガンはフェリクスの隣を歩いた。


「フェリクス殿。先ほどの魔物との遭遇、どう分析されますか」


「フム。魔王殿は魔物の出現を事前に察知していた可能性が高い。にもかかわらず行動を起こさなかったのは、エルヴィンの力量で対処可能と判断したから——」


「その通りです。しかし、もう一段深い読みがあると思いませんか」


「と言いますと?」


「陛下はエルヴィンに『手柄を譲った』のです。リーダーとしてのエルヴィンの立場を損なわないよう、あえて介入しなかった」


「……なるほど。組織のマネジメントとしても最適解だと?」


「ええ。戦闘力で解決するのは下策。部下に任せて成長を促すのは上策。何もしないことで最大の効果を出す——これが陛下の流儀です」


(聞こえてるけど。全部聞こえてるけど。何もしないのが流儀じゃなくて、何もできないだけだから)


 夕方、野営の準備をしているとき。


 ザガンはグリゼルダの隣で薪を割っていた。


「グリゼルダ殿。あなたがヴァルゼン陛下に剣を捧げたのは、いつのことですか」


「パーティに合流した日だ。ヴァルゼン様と初めて立ち合った——いや、立ち合うまでもなかった。あの方が構えを取った瞬間に、全てを悟った」


「構えを見て?」


「ああ。あれほど完璧な隙だらけの構えを見たのは、初めてだった」


(それは本当に隙だらけだっただけです)


「隙だらけに見えて、どこを打ってもかわされる予感がした。あれは——人間の領域ではない」


「なるほど」


 ザガンが薪を割る手を止めた。琥珀色の瞳に、何かを確信したような光が宿った。


 夜。


 全員が寝静まった後、ザガンが焚き火の番をしていた。ヴァルゼンは眠れずに寝袋の中で目を開けていた。


(いつもだ。この人がいると緊張して眠れない)


「陛下。起きておいでですね」


(バレてる)


「……はい」


「少し、お話してもよろしいですか」


 ヴァルゼンは寝袋から這い出て、焚き火の傍に座った。


 ザガンは火に枝をくべながら、静かに語り始めた。


「今日一日、パーティの皆さんを観察させていただきました」


「……知ってます。ずっと見てましたよね」


「お気づきでしたか。さすがは——」


「さすがじゃないです。怖かったから見てただけです」


 ザガンが薄く笑った。尾が小さく揺れた。


「結論を申し上げます」


「……はい」


「全員が、異なる理由で陛下を『最凶』だと信じています」


「知ってます」


「エルヴィン殿は直感で。グリゼルダ殿は武人の本能で。フェリクス殿は分析で。ミラベル殿は共感で。——根拠はバラバラです。論理的に整合しない。なのに全員が同じ結論に到達している」


「……それが何か」


「普通なら、これだけ根拠が異なれば議論になります。誰かが疑問を呈し、意見が割れ、真実が露呈する。しかし——割れない。誰一人、疑わない」


 ザガンが焚き火の向こうから、真っ直ぐにヴァルゼンを見た。


「これはもはや一つの才能です」


「……才能」


「弱いからこそ——人を惹きつける。力で従えたのでは、これほど多様な忠誠は集まらない。恐怖の忠誠は画一的です。しかし陛下への忠誠は、一人一人が自分の理由で、自分の物語の中であなたを必要としている」


(それは褒めているのか。褒めているのか、これは)


「陛下。率直に申し上げます」


「……はい」


「あなたが最弱であることは、おそらくこのパーティにとって——最善です」


 ヴァルゼンは目を丸くした。


「最弱が最善って、どういう意味ですか」


「あなたが強ければ、エルヴィン殿はライバル視するでしょう。グリゼルダ殿は対抗心を燃やす。フェリクス殿は分析を終えて興味を失う。ミラベル殿は守る必要がない方に同情はしない」


「……」


「全員があなたの傍にいる理由が——あなたが弱いことで、成り立っているのです」


 ヴァルゼンは言葉を失った。


 そんな風に考えたことは一度もなかった。弱いことは恥だった。隠すべきことだった。バレたら全てが終わる秘密だった。


 なのにこの老臣は——弱さを才能だと言う。


「……ザガン」


「はい」


「それ、褒めてます?」


 ザガンが笑った。声を出して——とは言わないが、明確に笑った。四百年を生きた老臣の、穏やかな笑みだった。


「ええ。心の底から」


 焚き火が爆ぜた。


 ヴァルゼンは膝を抱えて、星を見上げた。


(弱いからこそ人を惹きつける、か。——意味がわからない。でもこの人がそう言うなら、もしかしたら……)


 いや、やめよう。期待するのは危険だ。


 弱い自分に価値があるなんて、信じてしまったら——それが嘘だったときに、立ち直れなくなる。


「おやすみなさい、陛下。明日も良い旅を」


「……おやすみなさい」


 寝袋に潜り込んだ。


 眠れないかと思ったが——不思議と、すぐに眠りに落ちた。


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