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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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「真の力は?」と聞かれて「ないです」と答えたら「やはりそうか」と深く頷かれた

「真の力は?」と聞かれて「ないです」と答えたら「やはりそうか」と深く頷かれた


 ザガンが合流して三日目の夜。


 パーティは街道沿いの野営地で休息をとっていた。次の町まであと二日の距離。星が綺麗な夜だった。


 エルヴィンとグリゼルダは焚き火の向こうで剣の手入れをしている。フェリクスは例の手帳と格闘中。ミラベルは祈りの時間に入っている。


 そしてヴァルゼンは——水汲みに行こうとして、ザガンとかち合った。


「あ」


「おや、陛下。水汲みですか。私もちょうど」


(嘘だ。絶対に計算して出てきただろう。この人は全てが計算だ)


 二人で小川まで歩く間、沈黙が続いた。


 星明かりに照らされた森の小道は静かで、虫の音だけが響いている。ザガンの長い尾が、歩調に合わせてゆるく揺れていた。


「陛下」


「……はい」


「先日のフェリクス殿との会話の件ですが」


(来た。やっぱりこれだ)


「あの方は陛下の『真の実力』を探ろうとしておられる。優秀な方です。いずれ——核心に近づくかもしれません」


 ヴァルゼンの足が止まった。


「そ、それは——」


「ご安心ください。私が適切に誘導します。フェリクス殿の分析は精緻ですが、前提が間違っている。『陛下は真の実力を隠している』という前提で分析する限り、真実には到達しません」


(真実に到達されたら困るんだけど。でもこの人の言い方だと、真実に到達しないよう守ってくれている……ように聞こえる。なぜ?)


「ザガン」


「はい」


「どうして——そこまでしてくれるんですか」


 小川に着いた。水面に星が映っている。ザガンは桶を水に浸しながら、静かに答えた。


「以前も申し上げましたが。陛下の真の力は、戦闘力ではない」


「それは——つまり、真の力が別にあるということですか」


「ええ」


「何ですか。それは」


 ザガンが桶を引き上げた。水滴が星明かりを散らした。


「わかりません」


(わからないんかい)


「わからない? 四百年生きて?」


「ええ。四百年生きたからこそ、わからないものの価値がわかる、というものです」


 ヴァルゼンは絶句した。


(この人の言葉は、いつも綺麗に聞こえるけど、よく考えると何も言っていない気がする)


「ただ——」


 ザガンが桶を地面に置き、ヴァルゼンに向き直った。星明かりの下、琥珀色の瞳が静かに光っている。


「一つだけ確信していることがあります」


「何ですか」


「私は三代の魔王に仕えました。先々代は恐怖で人を従えた。先代は武勇で人を率いた。どちらも強大でした」


「……」


「しかし、どちらの傍にも——あのような仲間はいなかった」


 ザガンの視線が、野営地の方角に向いた。焚き火の光が木々の間からちらちらと漏れている。


「聖剣の勇者が、あなたの判断を信じて委ねる。歴戦の騎士が、あなたの背中を守ると誓う。天才の賢者が、あなたを解き明かすことに人生を懸ける。聖都の僧侶が、あなたの心を理解しようと涙を流す」


 一つ一つを、噛みしめるように語った。


「力で従えたのではない。恐怖で縛ったのでもない。——陛下、あなたは何もしていない。何もしていないのに、人が集まる。それが答えです」


(何もしていないのは事実だけど、それが答えって言われても困る)


「ザガン、僕は本当に——何の力もないんですよ」


「存じております」


「戦えないし」


「存じております」


「逃げるのだけは速いですけど」


「存じております。なかなかの健脚ですな」


(今、笑った? この人、笑った?)


 ザガンの口元が、かすかに緩んでいた。尾の先端が左右に小さく揺れている。


「陛下」


「はい」


「『力がない』ことと『価値がない』ことは、同義ではありません」


 ヴァルゼンは言葉に詰まった。


「私が仕えているのは、力ではなく——あなたという存在そのものです。それが正しい選択だったかどうかは、これからの旅が証明するでしょう」


(この人は——本気だ。冗談でも皮肉でもなく、本気でそう思っている)


 怖かった。こんなにも真っ直ぐに信じられることが、怖かった。


 エルヴィンの信頼は誤解の上に成り立っている。グリゼルダの敬意も、フェリクスの分析も、ミラベルの共感も——全て「最凶の魔王」という虚像に向けられたものだ。


 しかしザガンは違う。


 最弱だと知っている。知った上で、仕えると言っている。


 それは——誤解よりもずっと重い。


「……ありがとう、ございます」


 また情けない声が出た。


「もったいないお言葉です」


「もったいないのはこっちです」


「では、お互いにもったいない関係ということで」


(うまいこと言ってまとめないでほしい)


 二人で水桶を持って野営地に戻ると、エルヴィンが目ざとく見つけた。


「おっ、また二人で密談か? ヴァルゼン、ザガンと何を話していた?」


「い、いえ、何も——」


「さすがは陛下」


 ザガンが即座に被せた。


「水汲みという日常動作の中にすら、参謀との意思疎通の機会を見出される。常に情報収集を怠らない姿勢——見習わねばなりません」


「おお! さすがだヴァルゼン! 水汲みすら戦略に変えるか!」


「水汲みは水汲みです」


「ヴァルゼン様……夜風で冷えませんでしたか……? もし体調を崩されたら、すぐにおっしゃってくださいね……」


 ミラベルが目を潤ませている。


「フム。ザガンと二人きりで水汲み。所要時間は約十五分。通常の水汲みなら五分で済む距離。つまり十分間の対話があった。——十分で参謀に何を伝えたのか。いや、十分で伝えられる情報量ではない。つまり言外の……」


 フェリクスが手帳に書き込んでいる。


(水汲みに行っただけなのに、帰ってきたら全員が分析を始めている。この状況にいつか慣れる日が来るんだろうか)


 来ない気がした。


 絶対に来ない気がした。


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