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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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誰かに尾行されている。敵意じゃなくて好意? それはそれで怖い

 誰かに尾行されている。敵意じゃなくて好意? それはそれで怖い


 違和感に気づいたのは、三日前からだった。


 ヴァルゼンの危機察知——本人にとっては「なんとなく嫌な予感がする」程度のもの——が、断続的に反応していた。背後に視線を感じる。気配がある。しかしそれは、これまで経験してきた「殺意」や「敵意」とは明らかに質が違った。


(怖い。怖いんだけど……なんだろう、この感じ。害意がない? むしろ……好意に近い?)


 好意の気配で尾行される。それはそれで、全く別の意味で恐ろしかった。


 最初は気のせいだと思おうとした。しかし二日目には確信に変わり、三日目の今朝、ヴァルゼンはついにパーティに報告した。


「あの、その……誰かに尾行されている気がするんですが」


 朝食の席が、一瞬で緊張に包まれた。


 エルヴィンが碧眼を鋭くし、グリゼルダが剣の柄に手を伸ばし、フェリクスがモノクルの倍率を上げ、ミラベルが小さく息を呑んだ。


「いつからだ?」


「三日、前くらいから」


「三日……」


 エルヴィンが低く唸った。


「三日間、この俺が気づかなかったということか」


「えっ、いや、それは——」


「やはりヴァルゼンの感知能力は俺たちとは格が違う。三日前に察知していながら、今まで泳がせていたということは——」


(泳がせてない。怖くて言い出せなかっただけだ)


「フェリクス、分析を」


「既に」


 フェリクスが手帳を開いた。三日前から今朝までの移動ルートが精密に記録されており、そこに「推定尾行者の行動パターン」が赤インクで書き加えられていた。


「僕が尾行者の存在に気づいたのは昨日の夕方です。魔王殿の報告より丸二日遅い。この差は看過できません」


(いや、僕だって確信したのは昨日だし……)


「尾行者の特徴ですが、隠密技術は相当のものです。気配の遮断、足音の消去、魔力の秘匿——いずれもプロの技。しかし一つだけ、致命的な特徴があります」


「致命的?」


「敵意が皆無です。むしろ、畏敬に近い感情が微かに漏れている」


 ヴァルゼンの直感と一致した。


(やっぱり好意なのか。好意で尾行って何? ストーカーじゃないか)


「種族は魔族です」


 グリゼルダが断言した。全員の視線が集まる。


「確証は?」


「勘だ」


 フェリクスが少し黙った。


「……グリゼルダ、根拠を」


「風向きが変わった瞬間に、微かに魔族特有の魔力の残り香があった。獣ではない。人間でもない。それでいて戦闘者の動きをしている。魔族の、しかもかなりの手練てだれだ」


「なるほど」


 フェリクスが手帳に書き込む音が、やけに大きく響いた。


「『一言の魔王』の噂を聞いた魔族の可能性が高い、と?」


「ああ。帰順か、偵察か——いずれにせよ、こちらの力量を見極めようとしている」


(帰順はやめてほしい。偵察も困る。どっちも困る。選択肢に「何もせず去る」はないのか)


「ヴァルゼン」


 エルヴィンが真剣な表情で問いかけた。


「お前はどう見る?」


「え? いや、その——」


「三日間泳がせたということは、危険はないと判断したのだろう?」


(怖くて判断どころじゃなかったんですが)


「……まあ、その、敵意は感じないので……放っておいても大丈夫かなと……」


「なるほど」


 エルヴィンが深く頷いた。


「つまり、向こうから接触してくるのを待っている。こちらから動けば、相手の出方を見誤る——そういうことだな」


(全然そういうことじゃない。でも否定しても聞いてくれないのはもうわかっている)


「さすがは魔王殿」


 フェリクスがモノクルの奥の目を光らせた。


「先手ではなく後手を取る。それは自信の表れです。どのような相手が来ようと対応できる——そう確信しているからこそ、待てる」


(確信どころか不安しかない。不安百パーセントだ)


「わ、私も……ヴァルゼン様の判断を信じます」


 ミラベルが翡翠色の瞳を潤ませながら頷いた。


「きっと、あの方もヴァルゼン様と同じように……孤独で、居場所を探しているのだと思います」


(ミラベルの共感力がまた暴走している。でも今回に限って、なぜかちょっと核心に近い気がするのが怖い)


 その日の行軍は、妙な緊張感に包まれていた。


 エルヴィンが先頭を歩きながら時折後方を窺い、グリゼルダが殿を務めて気配を探り、フェリクスが定期的に探査魔法を展開し、ミラベルが祈りを捧げている。


 パーティ全員が臨戦態勢だった。


(僕のせいで大事おおごとになっている。「気のせいかもしれません」って言えばよかった。いや、言ったとしても「さすがヴァルゼン、確定情報でないものは慎重に扱う」とか言われるんだろうな)


 夕方、野営地を定めた頃——尾行者の気配が近づいた。


 ヴァルゼンの背筋に冷たいものが走る。恐怖ではない。いや恐怖だ。ただ、同時に妙な確信があった。


 この気配は、害をなさない。


(根拠はないけど、そう感じる。僕の勘は大体悪い方に当たるけど、今回だけは——)


「来る」


 グリゼルダが剣を抜いた。


 エルヴィンが聖剣に手をかけた。


 フェリクスが詠唱を始めた。


 ミラベルが防御結界を張った。


 全員がヴァルゼンを守るように、扇形の陣形を取った。


 そしてヴァルゼンだけが、膝を抱えて焚き火の前に座っていた。


(……この構図、よく考えたら僕だけ何もしていない。いつものことだけど)


 木立の向こうから、足音が聞こえた。


 もう隠す気はないらしい。堂々とした、しかし敵意のない歩調。


 やがて、焚き火の明かりの中に——一人の長身の魔族が姿を現した。


 白髪混じりの黒髪を後ろに撫でつけ、額から湾曲した二本の角が伸びている。琥珀色の瞳は鋭くも温かく、胸元には古びた紋章がついていた。


 その紋章を見た瞬間、ヴァルゼンの心臓が止まりかけた。


(あの紋章——旧魔王軍の、参謀章?)


 魔族の男は、パーティの臨戦態勢を一瞥した。


 そしてヴァルゼンの姿を認めた瞬間——その琥珀色の瞳に、深い感慨が宿った。


「——お初にお目にかかります」


 低く、落ち着いた声だった。


「旧魔王軍参謀本部、筆頭参謀ザガン」


 長身の魔族が、ゆっくりと片膝をついた。


「陛下をお迎えに参りました」


(……え?)


 焚き火の爆ぜる音だけが、夜の森に響いた。


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