子供と遊んでいただけなのに勇者が「真の王だ」と感動している
子供と遊んでいただけなのに勇者が「真の王だ」と感動している
旧鉱山の依頼を終えた帰り道、パーティは再びガルドの集落に立ち寄った。
エルヴィンの提案だった。「報告がてら様子を見よう」と言ったが、本心では魔族の集落との交流を深めたいのだろう。ヴァルゼンとしても、あの集落のことは気になっていた。
集落に着くと、前回とは打って変わった歓迎を受けた。
「魔王様だ!」
「また来てくださった!」
子供たちが走り寄ってきた。大人たちも笑顔で迎え入れてくれる。たった一度の訪問で、これほどの変化があるとは——というのはヴァルゼンの感想であり、パーティの面々は「当然だ」という顔をしていた。
「ヴァルゼン様のお力ですね。一度の訪問で、彼らの心を完全に掴んでいる」
グリゼルダが感嘆した。
(掴んでない。むしろ掴まれている。子供が服の裾を引っ張っている)
「まおうさま、あそぼう!」
前回、野花をくれた少女——名前はルナというらしい——が、ヴァルゼンの手を引っ張った。
「あ、えっと、今からちょっと村長さんに挨拶を——」
「あそぼう!」
六歳くらいの魔族の少女は、魔王だろうが勇者だろうが関係ないらしい。ヴァルゼンの手をぐいぐい引っ張って、集落の広場に連れていく。
「あの、ルナちゃん——」
「おにごっこ!」
気づけば、ヴァルゼンは集落の子供たちに囲まれていた。
五人ほどの魔族の子供たちが、目をきらきらさせてヴァルゼンを見上げている。年齢は四歳から八歳くらいまで。小さな角を生やした少年少女たちは、大人の緊張とは無縁の純粋さで、ヴァルゼンを「遊び相手」として認定していた。
(え、おにごっこ? 僕が鬼?)
「まおうさまがおに!」
「いち、にー、さん……」
「ちょ、ちょっと待って——」
待ってくれなかった。
子供たちが蜘蛛の子を散らすように走り出す。ヴァルゼンは仕方なく追いかけ始めた。
パーティの四人は、その光景を少し離れた場所から見ていた。
「……ヴァルゼンが、子供たちと遊んでいる」
エルヴィンの声が、不思議なほど静かだった。
「魔族の子供と、鬼ごっこを」
グリゼルダが腕を組んで見つめている。
「あの動き——子供の速度に合わせている。本気を出せば一瞬で捕まえられるだろうに」
(本気を出しても捕まえられないかもしれない。子供って速い)
実際、ヴァルゼンは全力で走っていた。子供たちの方が元気で、すばしっこくて、ヴァルゼンは息を切らしながら追いかけていた。
「まおうさまおそーい!」
「は、速い……君たち速い……!」
子供たちがきゃあきゃあ笑った。ヴァルゼンも、つられて笑った。
走って、転びそうになって、子供に手を引かれて立ち直して、また走って。
そのうちおにごっこは「かくれんぼ」に変わり、「かくれんぼ」は「花冠づくり」に変わった。ルナがヴァルゼンの隣に座り、不器用な手つきで花を編む手本を見せてくれた。
「こうやってね、くるって巻くの」
「こう?」
「ちがうー、もっとやさしく」
ヴァルゼンが四苦八苦しながら花冠を編んでいると、別の子供が背中によじ登ってきた。
「肩車!」
「え、重——いや、大丈夫、だいじょうぶ……っ」
ヴァルゼンの細い肩の上で、魔族の少年が嬉しそうに笑った。
その光景を見ていたエルヴィンの碧い目から、涙がこぼれた。
「……真の王だ」
呟きは、ほとんど吐息だった。
「魔族も人間も分け隔てなく、子供たちと目線を合わせて遊ぶ。力を誇示せず、地位を振りかざさず——ただ、一人の人間として。いや、一人の存在として」
「人間ではないがな」
グリゼルダが訂正した。が、その蒼灰色の瞳も、微かに潤んでいた。
「だが——同感だ。あの光景は、歴代の魔王には決してできなかったものだ」
「データとして記録します」
フェリクスが手帳にペンを走らせた。しかしその手は、わずかに震えていた。
「魔王殿は子供の目線に立つ際、膝を折るのではなく地面に座る。これにより上下関係が完全に消失し、対等な存在として認識される。無意識の行動だとすれば、これは天性のカリスマと言わざるを得ない」
(座ったのは膝を折る体力がなかったからなんだけど)
「ヴァルゼン様……」
ミラベルは、もう完全に泣いていた。
「あの子たち、すごく嬉しそう……。ヴァルゼン様がいるだけで、あんなに笑顔になれるんですね……」
翡翠色の瞳から涙が止まらない。つば広の帽子の下で、鼻を赤くしている。
「誰にも理解されない孤独を抱えながら、それでも子供たちに笑顔を向ける……。あの方は、どこまでお優しいのでしょう……」
(孤独は確かに抱えてるけど、今は純粋に楽しいだけなんだが)
実際、ヴァルゼンは楽しかった。
子供たちは何も求めてこない。「最凶の魔王」であることも、「深謀遠慮」も、「王の器」も関係ない。ただ遊んでくれる大人として、ヴァルゼンを受け入れてくれている。
それが、途方もなく心地よかった。
「あ」
花冠が完成した。不格好で、すぐ崩れそうだけれど、ルナが「できた!」と歓声を上げた。
「まおうさま、これかぶって!」
「え、僕が?」
ルナが背伸びをして、ヴァルゼンの銀髪の上に花冠を載せた。灰がかった銀色の髪に、白と紫の野花が映える。
「にあう!」
「そ、そうかな……」
子供たちが拍手した。ヴァルゼンは照れくさくて、頭をかいた。
その姿を見て、ガルドが静かに言った。
「先代の魔王が、あの子たちと遊ぶ姿を想像できるか」
傍らにいたエルヴィンが首を横に振った。
「できない」
「先々代もだ。歴代の魔王は、力を持ち、恐れられ、崇められた。だが——あのように慕われた魔王は、一人もいなかった」
ガルドの老いた目が、花冠をかぶったヴァルゼンを見つめていた。
「あれが、真の王の姿かもしれぬな」
エルヴィンが深く頷いた。
グリゼルダが目を逸らした。目元を甲冑の手甲で拭っている。泣いてなどいない、と言うだろう。目に花粉が入っただけだ、と。
フェリクスは手帳を閉じていた。珍しく、何も書いていなかった。
ミラベルは——涙で前が見えなくなっていた。
当のヴァルゼンは、子供たちに引っ張られて次の遊びに連れていかれているところだった。
「次はかけっこ!」
「か、かけっこ!? さっきのおにごっこで体力が——」
「まおうさまがんばれー!」
「がんばります……」
花冠が風で飛びそうになるのを片手で押さえながら、ヴァルゼンは走った。
子供たちの笑い声が、森に響いた。
帰り道、エルヴィンがヴァルゼンの隣を歩いた。
珍しく、確認の言葉はなかった。ただ、穏やかな沈黙が二人の間にあった。
「ヴァルゼン」
「はい」
「お前と旅をしていると、世界が広がっていく気がする」
(それは僕のセリフだ。僕の方こそ、あなたたちのおかげで——)
「お前が魔王で、本当によかった」
エルヴィンの横顔は、夕日に照らされて穏やかだった。
ヴァルゼンは何も言えなかった。
花冠は、ルナに返すのを忘れていた。銀色の髪の上で、白と紫の花がゆれている。
(僕は——魔王の名にふさわしい人間じゃない。いや、魔族じゃない)
(でも、あの子たちの笑顔を見て、「また来るよ」と言った言葉に——嘘はなかった)
それだけは、確かだった。




