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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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魔族の村に行ったら「時代が変わる」と言われた。何もしてないのに

 魔族の村に行ったら「時代が変わる」と言われた。何もしてないのに


 旧鉱山への道中、パーティは予定外の発見をした。


 街道を外れた森の奥に、小さな集落があった。


 最初に気づいたのはヴァルゼンだった。魔力感知——本人にとっては「なんか嫌な感じ」程度の感覚——が、木々の向こうに複数の魔族の気配を捉えたのだ。


「あの……この先に、誰かいるみたいです」


「何人だ?」


「えっと……二十人くらい、でしょうか。敵意は——ないと思います」


「方角、距離、魔力の規模は」


 フェリクスが即座に手帳を開いた。


(そこまで細かくわからないんですけど)


「北西、たぶん五百メートルくらい。規模は——弱い感じです。一般の魔族くらいかと」


「二十名規模の魔族の集団で、非戦闘員レベルの魔力。集落ですね」


 フェリクスの分析は的確だった。ヴァルゼンの曖昧な報告から、一瞬で結論を導き出す。


「よし、行ってみよう!」


 エルヴィンの即断に、ヴァルゼンは慌てた。


「え、行くんですか? 人間のパーティが魔族の集落に行って大丈夫なんですか?」


「ヴァルゼンがいるだろう。お前は魔族だ。しかも魔王だ。何も問題はない」


(問題しかない気がするんですけど)


 森の小道を進むと、開けた場所に出た。


 粗末だが手入れの行き届いた木造の家が十数軒、円形に並んでいる。中央には井戸があり、その周りで魔族の女性たちが洗濯をしていた。子供たちが走り回り、老人が木陰で何かを編んでいる。


 大戦後、人間社会に溶け込めなかった魔族たちが、ひっそりと身を寄せ合って暮らしている——そんな集落だった。


 パーティの姿を見た瞬間、集落の空気が凍った。


 洗濯をしていた女性が水桶を取り落とした。子供たちが母親の後ろに隠れた。老人が杖を掴んで立ち上がった。


「に、人間だ……!」


「武装してる……! 勇者パーティか!?」


 恐怖と敵意が入り混じった視線がパーティに集中する。ヴァルゼンの胃がきりきりと痛んだ。


(まずい。怖がらせてしまっている)


 集落の奥から、杖をついた老魔族が進み出た。背は曲がっているが、眼光は鋭い。角は長く湾曲し、歳月を物語っている。村長格の人物だろう。


「人間の勇者パーティが、我らの集落に何用か」


 警戒心を隠さない声だった。


 エルヴィンが答えようとした時——ヴァルゼンは気づいた。老魔族の視線が、ヴァルゼンの額に向けられていることに。


 前髪の隙間から覗く、小さな角。


「その角——」


 老魔族の目が見開かれた。


「まさか。魔王家の——」


 ヴァルゼンの心臓が跳ねた。


(バレた。ここでも正体がバレた)


「あ、あの、僕は——」


「お待ちください」


 老魔族が杖を突いて一歩前に出た。目を細め、ヴァルゼンの顔をじっと見つめた。


「間違いない。魔王家の血統だ。しかし——なぜ、人間と共に?」


 集落の魔族たちがざわめいた。恐怖は消え、代わりに困惑と驚愕が広がっている。


 ヴァルゼンは、何を言えばいいかわからなかった。


(「最弱の魔王で、行き場がなくて、誤解されてパーティに入れてもらった」なんて言えるわけがない)


「この方は俺たちの仲間だ」


 エルヴィンが、穏やかだが揺るぎない声で言った。


「魔王ヴァルゼン。かつて魔王軍を率い、今は俺たちと共に歩む道を選んだ方だ」


 老魔族の目が、さらに大きく見開かれた。


「魔王が——人間と共に歩くだと?」


「はい。種族の壁など、この方の前では意味を持ちません。ヴァルゼンはそういう男です」


(勝手に僕の哲学を語らないでほしい)


 老魔族は長い沈黙の後、ゆっくりと杖を地面に突いた。


「……入りなさい。客人として、もてなそう」


 集落の魔族たちの表情が変わった。警戒は完全には消えていないが、魔王家の血統を持つ者が来たという事実が、彼らの態度を柔らかくしていた。


 井戸端に椅子が並べられ、素朴な食事が運ばれてきた。硬いパンと山菜の煮物、それに薄い茶。裕福とは言えない暮らしぶりが窺える。


「我々は大戦後、この森に逃れてきた」


 老魔族——村長のガルドと名乗った——が語った。


「人間の街には住めぬ。さりとて魔王軍の残党に加わる気もない。ただ静かに暮らしたいだけだ」


 ヴァルゼンの胸が、ちくりと痛んだ。


 大戦の混乱で居場所を失った魔族。人間社会にも魔族社会にも属せない者たち。それは——かつてのヴァルゼン自身と同じだ。


「大変でしたね」


 思わず、そう言っていた。


「人間の中で暮らすのは難しいし、魔族の集団に戻るのも怖い。でも、子供たちが笑っているのを見ると——ここは、いい場所なんですね」


 ヴァルゼン自身は、ただ思ったことを言っただけだった。


 しかし老魔族ガルドの目に、光が宿った。


「……魔王家の血を引く者が、我らの暮らしを『いい場所』と言ってくださるか」


「え、そんな大げさな——」


「大げさではない。大戦以来、魔王家の者が我ら一般の魔族の暮らしに目を向けたことなど、一度もなかった」


 周囲の魔族たちが頷いた。


 先代の魔王は強大だったが、一般の魔族の暮らしには興味がなかった。魔王軍の将軍たちは戦争に夢中で、こうした小さな集落のことなど歯牙にもかけなかった。


「魔王様が、人間を連れてこの集落にいらっしゃった」


 洗濯をしていた女性が、震える声で言った。


「それも、人間の勇者を。これは——」


 ガルドが杖を握り直した。


「時代が変わるのかもしれぬ」


(え?)


「魔王が人間と共に歩き、魔族の村を訪れ、我らの暮らしを認めてくださる。これが時代の変化でなくて何であろう」


(何もしてないのに時代を変えたことになっている)


 エルヴィンの碧い目が、感動で輝いていた。


「ヴァルゼン。お前、この集落を知っていたのか?」


「い、いえ、たまたま——」


「たまたま、ではないだろう。魔力感知で集落を見つけ、訪問を提案した。これは——魔族と人間の架け橋を、お前自身が作ろうとしているんだな」


(提案なんてしてない! 気配を報告しただけだ!)


「興味深い」


 フェリクスが手帳に猛然と書き込んでいた。


「正体発覚後の最初の外部接触が、魔族の集落。魔王殿はまず同族の信頼を固めにいった。政治的に見て、これ以上の一手はない」


(政治的な意図なんてこれっぽっちもないんですが)


「ヴァルゼン様……」


 ミラベルの翡翠色の瞳が潤んでいた。


「種族を超えた絆を作ろうとしている……本当に、あなたは……」


(だから、たまたま見つけただけなんです)


 グリゼルダは黙って集落を見回していた。戦場の直感で危険がないか確認しているのだろう。しかしその蒼灰色の瞳は、子供たちの笑い声を追っていた。


「ヴァルゼン様」


 ガルドが深々と頭を下げた。


「あなた様が人間と共に在ることを、我らは誇りに思います。どうか——我らのことも、お忘れなきよう」


「忘れません」


 これは、本心だった。


 この人たちのことを、忘れるわけがない。大戦後に居場所を失い、それでも子供たちの笑顔を守るために身を寄せ合って生きている人たち。ヴァルゼンには、その痛みがわかる。


「何かあれば——僕にできることがあれば、言ってください」


 それも、本心だった。


 ガルドの目に、再び光が宿った。


「……ありがたいお言葉です。魔王様」


 パーティが集落を去る時、子供たちが見送りに出てきた。


 小さな魔族の少女が、ヴァルゼンの手に野花の束を押しつけた。


「まおうさま、またきてね」


「……うん。また来るよ」


 少女がぱっと笑った。その笑顔に、ヴァルゼンも思わず微笑んだ。


 背後で、エルヴィンが鼻をすすった。


「……お前は、やはり最凶にして最も温かい魔王だ」


(最凶じゃないし、温かいかどうかも自信がないけど。でも——あの子の笑顔を見たら、もう否定できなくなった)


 街道に戻ってから、フェリクスが静かに言った。


「魔王殿。あの集落の魔族たちは、今日の訪問で確実に変わりますよ。『魔王が人間を連れてきた』——その事実は、彼らにとって希望そのものだ」


「僕は、ただ——」


「ええ。ただ思ったことを言っただけでしょう。それが一番恐ろしいのですよ、魔王殿」


 フェリクスがモノクルの奥で微笑んだ。


(何が恐ろしいのか、さっぱりわからない)


 野花の束を見つめながら、ヴァルゼンは思った。


 あの集落の人たちが、少しでも安心して暮らせるなら——それは、いいことだ。


 たとえその安心が、「最弱の魔王」への誤解の上に成り立っていたとしても。


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