表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/156

魔王がギルドで依頼を受けている——って、そんなに変ですか?

 魔王がギルドで依頼を受けている——って、そんなに変ですか?


 ローデンの街のギルド支部は、朝から冒険者で賑わっていた。


 掲示板には羊皮紙の依頼書がびっしりと貼られ、武装した冒険者たちが品定めをしている。受付カウンターには三人の職員が座り、次々と依頼の受注処理をこなしていた。


 その雑踏の中を、ヴァルゼンは肩を縮めて歩いていた。


(ギルドに来るたびに思うけど、ここの空気は胃に悪い)


 筋骨隆々の戦士が剣を肩に担いで歩き、魔法使いが杖を振り回しながら議論し、魔族の斥候が壁に寄りかかって周囲を観察している。誰もが殺気とまでは言わないが、一種の気迫をまとっている。


 その中で、ヴァルゼンだけが場違いに小さく、場違いに怯えていた。


「ヴァルゼン、今日はどの依頼を受ける?」


 エルヴィンが掲示板の前で腕を組んだ。金髪碧眼の勇者が立っているだけで、周囲の冒険者がさりげなく距離を取る。英雄としての名声は、この地方にも届いているらしい。


「お任せします」


「だから、お前の意見を聞きたいんだ」


(前みたいに勝手に選んでくれていいのに)


 正体発覚後のエルヴィンは、何かにつけてヴァルゼンの意向を確認してくる。以前の「行くぞ!」の勢いが懐かしい。


「じゃあ、あの……あまり危なくないやつで」


「ふむ。あえて低難度を選ぶか。何か意図があるな」


(意図はない。怖いだけだ)


 掲示板を眺めていると、フェリクスが一枚の依頼書を指差した。


「これはどうでしょう。街の北東にある旧鉱山に魔獣が棲みつき、交易路の安全が脅かされている。ランクはB。報酬もそれなりです」


「Bランク……」


「我々の実力からすれば問題ない難度です。そして、街道に出れば旅の途中で情報も集められる」


「魔王殿が選んだ低難度路線と、パーティとしての実績維持。その両立を考えると、これが最適解かと」


(僕が選んだことになっている)


「いい依頼だな! さすがフェリクス、ヴァルゼンの意図を汲むのが上手い」


「恐縮です。もっとも、魔王殿の真意はもっと深いところにあるのでしょうが」


(ないです)


 ヴァルゼンがカウンターに依頼書を持っていくと、受付の女性職員が目を丸くした。


 若い職員だった。栗色の髪をきっちりと結い上げ、ギルドの制服を几帳面に着こなしている。名札には「リーネ」と書かれていた。


「あ、あの……こちらの依頼を受注したいのですが」


「は、はい。冒険者証をお願いしま……」


 リーネが冒険者証を受け取り、内容を確認した瞬間、手が止まった。


「え」


 顔が引きつっている。


「あの、こちらの冒険者証なんですが——種族の欄に——」


「あ……」


 ヴァルゼンの冒険者証には、種族欄に「魔族」と記載されている。正体発覚後、ギルドの記録も更新されてしまったのだ。


(まずい。やっぱりまずい)


「ま、魔族の方が、ギルドで依頼を……」


 リーネの声が震えている。というか、周囲の冒険者数人がこちらを見始めた。


「おい、今あの受付の子、『魔族』って言ったか?」


「あの小さいの、魔族? 嘘だろ」


 ざわめきが広がる。ヴァルゼンの胃がぎゅっと縮んだ。


(帰りたい。今すぐ帰りたい)


「何か問題が?」


 フェリクスが涼しい顔でカウンターに近づいた。モノクルの奥の目が、冷静に状況を観察している。


「い、いえ、規則上は魔族の方の依頼受注を禁じる条項はないのですが……前例がなくて……」


「では問題ありませんね。前例は今日作ればいい」


 フェリクスの一言に、リーネが「は、はい」と慌てて処理を再開した。


 しかし周囲のざわめきは収まらない。


「魔族がギルドで依頼受注? 聞いたことねえぞ」


「あの勇者エルヴィンのパーティだろ。なんで魔族が混じってんだ」


「おい、あの魔族、角が——小さいな。子供か?」


(子供じゃないです。二十二歳です)


 エルヴィンが一歩前に出た。


 それだけで、ギルド内の空気が変わった。聖剣の勇者が放つ気迫は、酒場の酔っ払いを黙らせるのに十分だった。


「紹介しよう。こちらは俺たちのパーティメンバー、ヴァルゼンだ」


 エルヴィンの声がギルド全体に響いた。


「身分に拘泥せず、仲間と共に歩む道を選んだ男だ。文句がある者は、俺に言え」


 沈黙が落ちた。勇者エルヴィンに文句を言える冒険者は、この場にはいなかった。


(エルヴィン、ありがたいけど、紹介の仕方がおかしい。「身分に拘泥せず」って、僕はただギルドの依頼で食い繋ぎたいだけなんだけど)


「す、すごい……」


 リーネが目を輝かせていた。先ほどの怯えは消え、代わりに興奮に頬を紅潮させている。


「魔族の方が、ギルドで人間と一緒に依頼を受けるなんて……種族の壁を超えた絆、ですね」


(絆じゃなくて生活のためです)


「受注、完了いたしました。ヴァルゼン様、どうかお気をつけて。応援しています」


(なんで応援されているのか全くわからない)


 ギルドを出ると、グリゼルダが腕を組んで感嘆した。


「見事でした、ヴァルゼン様。あの場で動じることなく依頼を受注する胆力——魔王でありながらギルドの依頼をこなすなど、普通は思いつきもしない。民の目線で世界を知ろうとする姿勢、まさに真の王」


(動じてました。めちゃくちゃ動じてました。帰りたかったです)


「さすがは魔王殿。身分に拘泥しない器の大きさ、ではなく——むしろ、あえて身分を公にすることで既成事実を作っている。魔族がギルドで活動する前例を、自らの手で」


 フェリクスがペンを走らせた。


(前例を作る気なんてこれっぽっちもなかった)


「ヴァルゼン様、あのギルドの方、すごく感動されていましたね」


 ミラベルが嬉しそうに微笑んだ。


「種族の壁を超える——ヴァルゼン様がいらっしゃるだけで、そういう希望が生まれるんですね」


(僕がいるだけで希望が生まれるわけがない。胃痛なら生まれているけど)


「よし! 北東の旧鉱山に向かうぞ!」


 エルヴィンが拳を掲げた。


「ヴァルゼンの選んだ依頼だ。必ずやり遂げよう!」


(僕が選んだわけじゃないんだけど)


 街道を歩きながら、ヴァルゼンはちらりと後ろを振り返った。


 ギルドの入口で、受付のリーネが手を振っていた。その隣に、さっきまでざわついていた冒険者が数人並び、こちらを見ている。その表情は——敵意ではなく、好奇心と、少しの敬意に見えた。


(……あれ?)


 不思議な感覚だった。


 魔族であることを隠す必要がなくなった、その事実は——確かに気持ちを少しだけ軽くしてくれている。隠し事が一つ減った。まだ最大の嘘は抱えたままだけれど。


「どうした、ヴァルゼン? 何か気になるものが?」


「いえ。なんでもないです」


「ふっ、気配を探っていたのか。さすがだな」


(探ってない)


 ローデンのギルド支部では、その日のうちに噂が広まった。


「勇者エルヴィンのパーティに、魔族の男がいる」


「しかもギルドで普通に依頼を受けた。小さくて大人しくて、全然魔族に見えない」


「でもエルヴィンが『文句がある者は俺に言え』って。相当な信頼だぞ」


 カウンターの向こうで、リーネが同僚に熱く語っていた。


「身分に拘泥しない、って勇者様が仰ったの。種族の壁を超えた絆よ。私、感動しちゃった」


「それ、ちょっと盛ってない?」


「盛ってないわよ! むしろ足りないくらい!」


 こうして、ローデンのギルド支部に一つの前例が刻まれた。


 魔族の冒険者による、初めての依頼受注。


 ヴァルゼン本人は知らないが、この前例は後に「種族融和の先駆けとなった歴史的一歩」として語り継がれることになる。


 本人はただ、食い繋ぐために依頼を受けただけなのに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ