正体バレ後、みんなの態度が畏まった。前の方がよかった……
正体バレ後、みんなの態度が畏まった。前の方がよかった……
朝食の席で、ヴァルゼンは異変に気づいた。
パンを取ろうとしたら、ミラベルが先に取って皿に載せてくれた。バターナイフに手を伸ばしたら、グリゼルダが黙って差し出した。スープの器を持とうとしたら、エルヴィンが「俺が運ぶ」と言って自分の席から立ち上がった。
「い、いえ、自分でできますから……」
「水も注ぎましょうか、陛下」
フェリクスが給仕のように水差しを傾けた。
(陛下って呼ぶのやめてくれませんか)
正体が発覚してから三日。パーティメンバーの態度が、明らかに変わっていた。
以前は——確かに誤解はされていたが、まだ「仲間」としての距離感があった。エルヴィンは気安く肩を叩いてきたし、グリゼルダは遠慮なく訓練に誘ってきた。フェリクスは研究対象として遠慮なく観察してきたし、ミラベルは泣きながらも自然に話しかけてきた。
それが今や。
「ヴァルゼン様、今日の行程はいかがいたしましょう。ご意向をお聞かせください」
エルヴィンが、あの真っ直ぐな碧い目で、まるで上官に指示を仰ぐ兵士のように聞いてきた。
(前まで「よし、今日はこっちに行くぞ!」って勝手に決めてたじゃないか!)
「い、いえ、エルヴィンがリーダーなんですから、エルヴィンが決めてくれれば……」
「そうは参りません。魔王たるお方の意志を差し置いて、俺が行き先を決めるなど」
「決めてください! むしろ決めてくれた方が助かります!」
「……ふっ。やはりヴァルゼンは器が大きい。俺に判断を任せることで、部下の自主性を育てようとしているのだな」
(育ててない! 単に自分で決められないだけだ!)
結局、エルヴィンがいつも通り行き先を決めた。しかしその決定の後に、「ヴァルゼン、これでよろしいか?」と確認を求めてきた。以前はなかった手順だ。
街道を歩き始めてからも、違和感は続いた。
グリゼルダがヴァルゼンの三歩後ろを歩いている。以前は並んで歩いていたのに、今は完全に護衛の位置取りだった。銀髪を揺らしながら、周囲を鋭く警戒している。
「グリゼルダさん、隣を歩いてくれませんか。後ろにいられると、その……緊張するので」
「畏れながら、この位置が護衛として最適です。ヴァルゼン様の背後は、私がお守りいたします」
(護衛って。守られるほど強くないし、そもそもあなたの方が圧倒的に強いんですけど)
ミラベルはヴァルゼンの隣で、常にこちらの体調を気にしていた。
「ヴァルゼン様、お疲れではありませんか。休憩を入れましょうか」
「まだ歩き始めて十分ですよ」
「でも、お顔色が……」
「顔色が悪いのはいつものことです」
翡翠色の瞳が潤んだ。
「いつもお辛いのに、それを隠していらっしゃるのですね……」
(辛いのは今この瞬間だ!)
フェリクスに至っては、手帳の記述量が三倍に増えていた。
「正体発覚後の行動パターンの変化を記録しています。興味深いことに、陛下は正体が判明しても一切の態度を変えていない。これは『魔王としての顔』と『パーティメンバーとしての顔』が完全に統合されていることを意味します」
(統合もなにも、最初から最弱の魔王というただ一つの顔しかないんだが)
「さすがは陛下。力を誇示しないどころか、正体が明かされてなお謙虚でいらっしゃる。凡百の王であれば、ここぞとばかりに威厳を見せつけるものですが」
フェリクスがモノクルの奥で、感嘆したように目を細めた。
(威厳を見せつけたくても見せつける威厳がない)
昼食の休憩で、ヴァルゼンは木陰に腰を下ろした。
パンを齧りながら、ぼんやりと考える。
(前の方がよかった)
正体がバレる前の方が、まだ楽だった。確かに誤解はされていたが、少なくとも「仲間」として自然に接してもらえていた。今は——なんというか——臣下と君主のような空気が漂っている。
ヴァルゼンが欲しかったのは、そういう関係じゃない。
あの夜、みんなで杯を合わせた温もり。あれが、ヴァルゼンにとっての「居場所」だった。
「あの」
四人が同時に振り向いた。
「お願いがあるんですけど」
四つの視線がヴァルゼンに集中する。エルヴィンは碧い目を輝かせ、グリゼルダは姿勢を正し、フェリクスはペンを構え、ミラベルは両手を胸の前で組んだ。
(この反応がもう重い)
「その……前みたいに、普通に接してくれませんか。敬語とか、護衛とか、そういうのじゃなくて。僕は——みんなと同じ目線でいたいんです」
沈黙が落ちた。
四人が顔を見合わせた。
そしてエルヴィンが、深く息を吸い込み——。
「……わかった。お前がそう言うなら、俺たちはお前の意志に従う」
(それがもう従ってるんだって!)
「しかし」
エルヴィンの碧い目が、潤んでいた。
「魔王という立場にありながら、仲間と対等でいたいと願う——お前は、やはり俺が知る中で最も……」
「やめてください」
「……すまん。つい」
グリゼルダが腕を組んだ。
「ヴァルゼン様の仰る通りにいたします。——ただし、背後の護衛だけはご容赦を。これは私の矜持です」
(結局護衛は続けるんだ)
「僕も記録は続けますが、呼称は以前の『魔王殿』に戻しましょう。陛下は確かにやりすぎでした」
フェリクスが手帳に何か書き込んだ。たぶん「陛下呼びを辞退=権威に拘泥しない器の表れ」とか書いている。
「ヴァルゼン様……」
ミラベルが涙ぐんだ。
「同じ目線でいたいだなんて……魔王でありながら、そんなことを仰ってくださるなんて……私、感動して……」
(泣かないでください。お願いだから泣かないでください)
結局、パーティの態度は——半分だけ元に戻った。
エルヴィンは行き先を自分で決めるようになったが、決定後に「これでいいな?」と確認するのは変わらなかった。グリゼルダは三歩後ろから二歩後ろに距離を詰めたが、護衛の位置取りは維持した。フェリクスは呼称を戻したが、手帳の記述量は三倍のままだった。ミラベルは相変わらず泣いた。
(前の方がよかった。前の前——つまり、正体がバレるよりもっと前がよかった)
夕暮れの街道で、ヴァルゼンは深くため息をついた。
その背後で、グリゼルダが呟いた。
「あのため息……王者の孤独か」
「違います」
「我々の不甲斐なさを嘆いておられるのだ」
「違います!」
「さすがヴァルゼン。背中で語る男だ」
エルヴィンが感嘆した。
「ミラベルの目が潤んでいるな。またヴァルゼンの孤独を感じ取ったか」
「は、はい……あの後ろ姿を見ていると、どうしても……」
「興味深い。ため息一つで四人の感情を動かしている。やはり陛——いえ、魔王殿のカリスマは尋常ではない」
フェリクスがペンを走らせた。
ヴァルゼンは前を向いたまま、もう一度ため息をついた。
(今度はため息の意味まで誤解されるのか)
最弱の魔王の日常は、正体発覚後も——いや、正体発覚後の方がよほど——息苦しかった。




