歴史編纂委員会というものが結成された。
歴史編纂委員会というものが結成された。
メンバーはエルヴィン、グリゼルダ、フェリクス、ミラベル、ザガン、ベリオス、セラフィオン。
つまり、パーティの全員と元敵と神使だった。
なぜこの面子が歴史を編纂するのか、ヴァルゼンには理解できなかった。歴史家を呼べばいいのではないか。しかし「当事者こそが最も正確な記録を残せる」というフェリクスの提案が全会一致で採用され、こうなった。
会議室の長テーブルに全員が着席している。
ヴァルゼンはオブザーバーとして端の席に座らされた。本人は出席すら断ったのだが、「主役不在では始まらん」というグリゼルダの一言で引きずり出された。
フェリクスが歴史書の草稿を開いた。
「では読み上げます。『第七章・虚淵の終焉と世界の再生』──」
フェリクスの落ち着いた声が、会議室に響く。
「『最弱にして最凶の魔王ヴァルゼン。全種族を束ね、虚淵を滅ぼした史上最凶の魔王である。その知略は三百四十日先を見通し、あらゆる危機において最適解を導き出した。敵すらも恐怖せしめた《せしめた》魔眼は、目を閉じてなお世界の真理を見通したとされる』」
ヴァルゼンは即座に手を挙げた。
「あの、この記述、全部間違ってるんですが」
会議室が一瞬静まった。
そして全員が、申し合わせたかのように首を横に振った。
「間違ってないぞ?」
エルヴィンが真顔で言った。
「まず『全種族を束ねた』──これは事実だ。お前は全種族会議の議長として全員をまとめた」
「まとめたというか、流されただけで──」
「『虚淵を滅ぼした』──これも事実だ。お前が魔力循環を再起動しなければ世界は終わっていた」
「それはそうですけど、『滅ぼした』という表現が──」
「『知略は三百四十日先を見通し』──これはまあ、少し控えめかもしれんな」
「控えめ!?」
フェリクスが万年筆で草稿の余白に書き込んだ。
「私の分析でも正確です。むしろ、ヴァルゼン殿の行動パターンの複雑性を考慮すると、この記述はかなり簡潔にまとめられていると言えます」
「簡潔に間違えてるんです」
グリゼルダが腕を組んだ。
「武勲に偽りなし。戦場を共にした騎士として断言する」
「僕の武勲って何ですか……」
「存在そのものが武勲だ」
「意味がわからないんですが」
ミラベルが穏やかに微笑んだ。
「これが真実です。ヴァルゼン様が成し遂げたことは、こうして言葉にしてもなお伝わりきらないほど大きなものでした」
「ミラベルさんまで……」
ザガンが静かに口を開いた。
「異議なし」
短い。短すぎる。しかしザガンの「異議なし」は、長老会議でも絶対の重みを持つ。
ベリオスが鼻を鳴らした。
「偽魔王の歴史に興味はないが──」
一瞬の間があった。
「まあ、概ね合っている」
ヴァルゼンは最後の頼みの綱に目を向けた。セラフィオン。神使だ。神の視点を持つ存在だ。この中で最も客観的なはずだ。
「セラフィオン。あなたは神の使者として、事実と異なる記述を看過するわけには──」
「神の視点から見ても、妥当だ」
看過した。
ヴァルゼンは天井を仰いだ。
全員が「正しい」と言っている。七人全員が。事実を知っている者も、知らない者も、気づいていた者も、気づいていなかった者も。
全員が、この歴史書の内容を「正しい」と認めている。
「……せめて」
最後の抵抗だった。
「せめて『ゴブリンにも舐められていた』って一文を入れてもらえませんか。それだけでいいんです。ほんの一行でいいんです。歴史的事実として」
全員が顔を見合わせた。
「採決を取ります」
フェリクスが淡々と言った。
「『ゴブリンに舐められていた』の追記について。賛成の方」
誰も手を挙げなかった。
「反対の方」
七つの手が、同時に上がった。
「却下。全会一致です」
「なんでですか!? 事実じゃないですか!?」
「事実であっても、歴史に記すべき事柄とそうでない事柄がある」
フェリクスの回答は冷静だった。
「歴史とは、後世の指針となるべきものです。ゴブリンに舐められていた事実は、この物語の本質を損なう」
「本質って何ですか」
「弱さが世界を救ったという真実です」
ヴァルゼンは口を開き、そして閉じた。
反論の言葉が、見つからなかった。
フェリクスが草稿の最終ページを読み上げた。
「『かくして最弱にして最凶の魔王は、力ではなく絆をもって世界を繋いだ。その名は永久に語り継がれるであろう──弱さを恐れず、仲間を信じた王として』」
会議室が静まった。
エルヴィンが目頭を押さえている。ミラベルは涙を拭いている。グリゼルダが腕を組んで深く頷いている。
ヴァルゼンだけが、頭を抱えていた。
「……もう、どうにでもなれ」
歴史書は翌月、全種族に向けて発行された。
初版五千部は即日完売。
増刷が決定した。
誤解は、歴史になった。




