宴会が終わり、仲間たちが帰っていった。
宴会が終わり、仲間たちが帰っていった。
グリゼルダは上機嫌で騎士団の宿舎に戻り、フェリクスは「新しい論文のテーマが浮かんだ」と研究室に駆けていった。ミラベルは名残惜しそうに何度も振り返りながら、神殿への道を歩いていった。ザガンは「では失礼いたします」と一礼して、影のように消えた。
残ったのは二人だった。
エルヴィンとヴァルゼン。
酒場の裏手に小さな中庭がある。石造りのベンチが一つ。頭上には、虚淵が消えた後の澄み切った夜空が広がっていた。星が、痛いくらいに明るい。
二人は並んで座っていた。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
先に沈黙を破ったのは、エルヴィンだった。
「ヴァルゼン」
「はい」
「お前が弱いのか強いのか、正直わからん」
エルヴィンの声は、宴会のときの大声とはまるで違っていた。静かで、低くて、真剣だった。
「さっきは勢いで『最凶だ』って言ったけどな。本当のところは……わからん。お前がゴブリン以下だって言うなら、そうなのかもしれない」
ヴァルゼンは何も言わなかった。
「俺はずっと、お前のことを史上最凶の魔王だと思ってた。それは──間違いだったのかもしれない」
夜風が吹いた。
エルヴィンの金髪が揺れた。
「でもな」
碧い目が、ヴァルゼンを見た。
そこに、いつもの輝きがあった。どこまでも真っ直ぐで、どこまでも揺るがない──あの光が。
「お前が俺たちを救ったのは事実だ」
ヴァルゼンの呼吸が止まった。
「俺がどうしようもなく追い詰められたとき、お前がいてくれた。お前の一言で、俺は何度も立ち直れた。フェリクスが分析を見失ったとき、グリゼルダが剣を見失ったとき、ミラベルが心を見失ったとき──いつもお前がいた」
「それは……皆さんが勝手に僕の言葉を深読みしただけで……」
「そうかもしれない」
エルヴィンが笑った。寂しくはない、けれど少しだけ切ない笑い方だった。
「でもな。お前がいなかったら、俺たちはとっくにバラバラだった。それだけは、誤解じゃない」
ヴァルゼンの目が熱くなった。
駄目だ。泣くな。最凶の魔王が泣いたら──いや、もう最凶じゃないと告白したばかりだ。でも泣いたら格好がつかない。
「俺はお前を信じた」
エルヴィンの声が、夜空に溶けた。
「最凶の魔王だと信じた。それは間違いだったかもしれない。でも──お前を信じたこと自体は、間違ってなかった」
エルヴィンが、ヴァルゼンの目を見た。
「だから──お前が最弱だろうが最凶だろうが、お前は俺の仲間だ」
涙が、こぼれた。
止められなかった。
三百四十の夜を共に過ごして、初めて流す嬉し涙だった。
怖かった。ずっと怖かった。
バレたら追い出される。嫌われる。失望される。
その恐怖が、ヴァルゼンをずっと縛っていた。
でも──追い出されなかった。
嫌われなかった。
失望されなかった。
「あ、ありがとう……ございます……」
声が震えた。涙で前が見えない。鼻水も出ている。まったく格好がつかない。
エルヴィンが笑った。
太陽のような笑顔だった。出会ったときと、何も変わっていない。
「泣くなよ、ヴァルゼン」
大きな手が、ヴァルゼンの肩を叩いた。遠慮のない、勇者の力加減だった。痛い。けど温かい。
「最凶の魔王が泣いたら、みんなビビるだろ」
「それは──それは誤解です……」
泣き笑いで言った。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、それでも笑って言った。
エルヴィンが、満面の笑みで返した。
「ははっ、知ってる」
──知ってるのか。
知ってるのか、知らないのか。
もう、どっちでもよかった。
エルヴィンの隣にいること。
この仲間たちの中にいること。
それが嘘でも誤解でもないことだけが、確かだった。
夜空の星が滲んで見えた。
ヴァルゼンは袖で目を拭い、それでも涙が止まらなくて、もう一度拭い、またこぼれて、結局諦めてそのまま泣いた。
エルヴィンは何も言わずに隣にいた。
星を見上げて、時々肩を叩いて、ただ隣にいた。
遠くから、酒場の灯りに照らされた廊下の影で、ミラベルが二人を見守っていた。帰ったふりをして、戻ってきていたのだ。
翡翠色の瞳から、音もなく涙がこぼれた。
幸せそうに──ただ幸せそうに泣いている魔王の姿が、ミラベルにはとても眩しく見えた。
──弱いあなただから、みんなを救えたのです。
その言葉は、声にはしなかった。
する必要がなかった。
もう、ヴァルゼン自身が気づき始めているはずだから。




