嵐が過ぎたあとの宴会は、不思議な穏やかさに包まれていた。
嵐が過ぎたあとの宴会は、不思議な穏やかさに包まれていた。
エルヴィンの衝撃がひとまず落ち着き──落ち着いたと言っても、まだ頭を抱えたり両手で顔を覆ったりを繰り返しているが──酒が新たに運ばれ、料理が追加され、会話は自然とあの話題になった。
「いつ気づいたか」だ。
ミラベルが最初に口を開いた。
「最初から……なんとなく、でした」
杯を両手で包むように持ちながら、穏やかに語る。
「ヴァルゼン様の怯えは本物でしたから。私は人の感情がなんとなくわかるのですが、あの方の恐怖はいつも嘘偽りのないものでした。強い方が演じる怯えと、本当に怖がっている方の怯えは、全然違うんです」
「じゃあなんで言わなかったんだよ!」
エルヴィンが食い気味に突っ込んだ。
「言う必要がなかったからです」
ミラベルの答えは、迷いがなかった。
「弱くても、ヴァルゼン様はヴァルゼン様でした。私が癒したいと思う人であることに、強さも弱さも関係ありませんでしたから」
フェリクスがグラスを置いた。
「私が確信を持ったのは虚淵の解析時だ。ヴァルゼン殿の戦闘力データを精密に測定したところ、異常値が出た。異常に低いという意味でね」
「それ気づいてたのかよ!」
「認めると、それまでの全ての分析をやり直す必要があった。『最凶の魔王の戦略的行動パターン解析』──三年分の研究が根底から覆る。……認めたくなかった」
フェリクスが苦笑した。天才賢者が、己の先入観に負けていたことを素直に認めている。
「だが面白いのは、弱いと認めた上で行動を再分析しても、説明のつかない結果が出るということだ。弱いはずなのに、なぜか最適解に近い行動をとっている場面がいくつもある。パニックの産物だとしても、あの一貫性は偶然では説明できない」
「ほら見ろ! やっぱりヴァルゼンは──」
「エルヴィン、話の途中だ」
「すまん」
グリゼルダが腕を組んだ。
「私が確信したのは模擬戦でだ。あの逃げ方は武人のものではなかった。体捌きに型がない。足運びに規則がない。純粋に『怖いから逃げている』動きだった」
「あれが戦術じゃなかったのか……」
エルヴィンが遠い目をした。
「武人の目には一目瞭然だ。だが──ヴァルゼン様の強さは武にないと、あのときわかった。戦えぬ身で仲間を率い、戦場に立ち続けた。それは武とは別の、もっと稀有な強さだ」
ザガンは杯を傾けるだけで、多くは語らなかった。
「最初からです。ゴブリンに追い出される魔王の噂は、魔王軍内では周知の事実でした。だからこそ仕えたのです。弱い王こそ、強い家臣を必要とする。そして強い家臣を信じることができるのは、自分の弱さを知る王だけです」
全員の視線がエルヴィンに向いた。
最後の一人。唯一気づかなかった男。
エルヴィンは腕を組み、目を閉じ、唸った。
そして──猛烈な速度で過去を振り返り始めた。
「じゃあ……あのとき、山賊の砦に一人で乗り込んだのは?」
「道に迷ったと言いましたよね」
「あのとき、崖から飛び降りて敵の背後をとったのは?」
「足を滑らせたんです」
「あのとき、毒の沼地を平然と歩いて──」
「毒だと知らなかっただけです」
「あのとき、竜と睨み合って──」
「怖くて固まってただけです」
エルヴィンの顔が、どんどん複雑になっていく。
驚きと困惑と、それから──何か別の感情が混ざっていた。
「…………」
長い沈黙のあと、エルヴィンが目を開いた。
碧い瞳が、真っ直ぐにヴァルゼンを射抜いた。
「ヴァルゼン。一つ聞いていいか」
「は、はい」
「お前、弱いんだよな」
「はい」
「ゴブリン以下なんだよな」
「はい……」
「じゃあ──弱いのに、なんで全部乗り越えたんだ?」
ヴァルゼンは口を開きかけて、閉じた。
答えが見つからなかった。
「道に迷ったら偶然正解だった? 足を滑らせたら偶然敵の背後だった? 怖くて固まったら偶然竜が怯んだ? 全部偶然か? 三百四十日間ずっと?」
「……運が、良かっただけです」
「運だけで世界は救えねえよ」
エルヴィンが、にやりと笑った。
「やっぱりお前、すごいじゃねえか。弱いのに全部乗り越えた。それ──最凶じゃないか?」
「え?」
「弱くて最凶! それがヴァルゼンだ!」
「いや、それは──」
「よし、決めた!」
エルヴィンが立ち上がり、杯を高く掲げた。
「お前は最凶だ! 弱いけど最凶! 弱くても最凶! 弱いから最凶!」
グリゼルダが大笑いしながら杯を掲げた。フェリクスが「論理的には破綻しているが、感覚的には同意する」と言いながら杯を掲げた。ミラベルが涙を拭きながら杯を掲げた。ザガンが静かに杯を掲げた。
ヴァルゼンは呆然と立ち尽くしていた。
「いや、違……いや……合ってる……のか?」
合っているのかどうか、もはやヴァルゼン自身にもわからなかった。
弱い。それは間違いない。ゴブリン以下だ。
でも──確かに、全部乗り越えた。仲間と一緒に。
それは、最凶と呼んでいいのだろうか。
答えは出なかった。
だが──悪くない気分だった。




