打ち上げをやろう、とエルヴィンが言い出したのは自然な流れだった。
打ち上げをやろう、とエルヴィンが言い出したのは自然な流れだった。
場所はかつてパーティが拠点にしていた酒場の個室。テーブルにはこれでもかと料理が並び、酒は際限なく運ばれてくる。費用は全種族会議の経費──というのは嘘で、エルヴィンが勇者の年金を奮発したらしい。
全員が揃っていた。
エルヴィン、グリゼルダ、フェリクス、ミラベル、ザガン。そしてヴァルゼン。
世界を救ったパーティの、久しぶりの再集結だった。
「乾杯! 世界の平和と──我らが最凶の魔王に!」
エルヴィンの音頭で杯が掲げられた。
ヴァルゼンは苦笑しながら杯を掲げた。もう「最凶じゃないです」と言う気力はなかった。何百回言っても通じないのだ。
宴は賑やかだった。
グリゼルダが騎士団での武勇伝を語り、フェリクスが研究の進捗を報告し、エルヴィンが合いの手を入れ、ミラベルが笑い、ザガンが静かに酒を飲む。
ヴァルゼンはその光景を、少し離れた場所から眺めていた。
──ああ、これが仲間なんだな。
そう思った瞬間、胸の奥で何かが疼いた。
ずっと、ずっと言いたかったことがあった。
ずっと言えなかったことがあった。
最弱だとバレたら追い出される。その恐怖に怯えて、嘘をつき続けた。いや、嘘をついたわけではない。訂正する機会がなかっただけだ。なかった──ということにしてきた。
でも、もういいのではないか。
世界は平和になった。旅は終わった。
この仲間たちに、本当のことを言わなくて、いつ言うのだ。
ヴァルゼンは静かに杯を置いた。
手が震えている。心臓がうるさい。世界を救うときより緊張している。虚淵と対峙したときより怖い。
だが──言わなければ。
「あの」
声が小さすぎて、誰にも聞こえなかった。
もう一度。
「あの!」
声が裏返った。
全員の目がヴァルゼンに向いた。
エルヴィンが杯を下ろした。グリゼルダが口を閉じた。フェリクスが万年筆を置いた。ミラベルが小首を傾げた。ザガンが静かにヴァルゼンを見た。
沈黙が降りた。
「あの……ずっと、言いたかったことがあるんです」
ヴァルゼンは立ち上がった。膝が笑っている。
全員の視線が真っ直ぐに突き刺さる。逃げたい。今すぐこの場から逃げ出したい。でも逃げたら、一生言えない。
「実は──僕、本当に最弱なんです」
言った。
ついに、言った。
「戦闘力、ゴブリン以下です。火の初級魔法も三回に一回失敗します。あの……全部、誤解で。皆さんが思っているような、凄い魔王じゃなくて。雄叫びで虚淵を消したとか、眼光で世界を貫いたとか、全部嘘で。僕はただ怖くて逃げてただけで、パニックで体が動いただけで、運が良かっただけで──」
声が震えていた。涙が滲んでいた。
でも止まらなかった。止められなかった。
「だから──ずっと、すみませんでした。皆さんを、騙すつもりはなかったんです。ただ……怖くて。言ったら、追い出されると思って」
最後の一言が、かすれた。
「ごめんなさい」
沈黙が、部屋を満たした。
長い、長い沈黙だった。
最初に口を開いたのは、ミラベルだった。
「知ってたよ」
穏やかな声だった。
ヴァルゼンが顔を上げると、ミラベルが微笑んでいた。翡翠色の瞳は潤んでいたが、そこに驚きの色はなかった。
「ヴァルゼン様の怯えは、ずっと本物でした。演技じゃないって、最初からわかっていました」
「え……」
次にフェリクスが口を開いた。
「知っていたとも」
グラスを傾けながら、余裕の表情で言った。
「あの身のこなしは戦闘訓練を受けた者のものではない。しかし、それを踏まえてもなお説明のつかない行動が多すぎた。分析としては──まあ、認めたくなかった部分もある。認めると全ての論文をやり直す必要があったからね」
グリゼルダがテーブルを叩いた。酒の杯が跳ねた。
「知っとった!」
豪快に笑っている。
「あの怯えは演技ではできん! 模擬戦であの逃げ方をする武人はおらん! だがな、ヴァルゼン様──あんたの強さは剣にない。そんなことは最初からわかっておった!」
ザガンが静かに微笑んだ。
「最初からです。しかし、それを知った上で仕えました」
四人の声が、ヴァルゼンの耳に染み込んでいった。
知っていた。知っていて、それでも隣にいてくれた。
そして──最後の一人。
「知らなかった!」
エルヴィンが椅子から立ち上がった。碧い目が限界まで見開かれている。
「え、マジで!? 嘘だろ!?」
本気で驚いていた。一片の演技もない、純粋な衝撃だった。
「だってお前、あの時の──あの、ドラゴンの群れを前にして一歩も引かなかったじゃないか!」
「腰が抜けて動けなかっただけです」
「は!? じゃああの時、敵の本陣に単身乗り込んだのは!?」
「道に迷ったんです」
「方向音痴!? いやいやいや、じゃああの……セラフィオンの試練で、目を閉じて世界を──」
「怖くて目を開けられなかっただけです」
「嘘だろおおお!?」
エルヴィンが頭を抱えた。
他の全員が、笑い転げていた。グリゼルダは椅子から落ちかけている。フェリクスすら肩を震わせている。ミラベルは涙を流しながら笑っている。ザガンは杯で口元を隠しているが、明らかに笑っている。
「待て待て待て! じゃああの時のアレは!? あれも!? 全部!?」
エルヴィンの叫びが酒場に響いた。
ヴァルゼンは泣きそうな顔で頷いた。
「全部です」
「ええええ!?」
パーティ結成以来、最大の騒動が酒場の個室で巻き起こった。
ただし──誰一人として、怒ってはいなかった。




