全種族会議というものが、恒常的な機関として正式に制度化された。
全種族会議というものが、恒常的な機関として正式に制度化された。
人間、魔族、精霊、そして神使。あらゆる種族の代表が一堂に会し、世界の運営を共同で行う。虚淵という共通の危機を乗り越えた今、二度と種族間の分断を繰り返さないための仕組みだ。
素晴らしい理念である。
問題は、その議長を誰が務めるかだった。
「全会一致で、魔王ヴァルゼン殿を議長に推薦いたします」
セラフィオンの宣言が、大広間に響き渡った。
ヴァルゼンは椅子から転げ落ちそうになった。
「え、えええ!? 僕!? なんで僕なんですか!?」
「虚淵を退けたのは貴殿だ。全種族の信頼を最も集めるのもまた貴殿。これは道理だ」
「道理じゃないです! 僕、議長とかそういうの向いてないんですが……」
「謙虚な魔王こそ最良の議長だ」
セラフィオンの金色の瞳に揺らぎはなかった。この神使は三つの試練でヴァルゼンを試し、その本質を見抜いた存在だ。だからこそ余計にタチが悪い。本気で言っている。冗談ではない。
各種族の代表が次々と頷いた。
精霊の長老が「我らも賛同する」と言った。
辺境伯の代表が「異議なし!」とテーブルを叩いた。
竜人族の代表が「五千年の盟約を結ぼう」と言った。五千年は長すぎる。
ヴァルゼンは助けを求めるようにパーティの面々を見た。
エルヴィンは腕を組んで満足げに頷いている。グリゼルダは「当然だ」という顔をしている。フェリクスは何かを書き留めている。ミラベルは目を潤ませて「ヴァルゼン様……」と感動している。
誰一人として助けてくれない。
「そして──」
ザガンが進み出た。
元魔王軍参謀にして、ヴァルゼンの最も古い臣下。灰色の長衣が静かに翻る。
「魔族を代表して申し上げます」
大広間が静まった。
ザガンの声は低く、しかし確かに響いた。
「我々魔族は、ヴァルゼン様を──真の魔王として、正式に認めます」
ヴァルゼンの目が見開かれた。
正式に。
大戦時、形だけ押しつけられた魔王の座。配下のゴブリンにすら舐められていた空っぽの玉座。それが今、魔族全体の総意として──正式に。
「あ、あの、ザガン。僕は本当に──」
「弱さを知る王こそ、最も民を傷つけない」
ザガンの目が、穏やかだった。
この男がこんな目をするのを、ヴァルゼンは見たことがなかった。常に冷静で、常に計算高くて、常に忠義の裏に何か別の思惑がありそうな──そんなザガンが、ただ穏やかに笑っていた。
「私は最初から、貴方様の弱さを知っておりました。戦闘力が魔族の最底辺であることも、火の初級魔法すら失敗することも、ゴブリンに追い出された経緯も。すべて」
大広間がざわめいた。
各種族の代表が顔を見合わせる。エルヴィンが「何の話だ?」という顔をしている。
「しかし、だからこそ仕えたのです。力で統べる王は力で倒される。恐怖で従える王は恐怖が消えれば見捨てられる。──弱いからこそ、民の声を聞く。弱いからこそ、力ある者を正しく用いる。それが、私が見た『魔王の器』でした」
沈黙が降りた。
やがて、ベリオスが小さく鼻を鳴らした。
「……相変わらず口が回る男だ。だが、今回ばかりは同意しておいてやる」
ザガンが僅かに口角を上げた。
「では──全種族の総意として、ヴァルゼン様。議長就任をお受けいただけますか」
全員の視線が集まった。
逃げ場はなかった。
ヴァルゼンは深く息を吸い、そして──
「……わかりました。ただし、僕にできることは皆さんの話を聞くことだけです。それでよければ」
謙遜ではなかった。本心だった。
しかし全種族の代表が、その言葉を聞いて深々と頷いた。
「それこそが議長に求められる資質です」とセラフィオンが言った。
「聞く力は最凶の武器だ!」とエルヴィンが叫んだ。
違う。聞く力は武器じゃない。普通のことだ。
だが反論する気力はもう残っていなかった。
全種族会議の初代議長・魔王ヴァルゼン。
世界を救った最凶の魔王。
自己評価は相変わらず「ゴブリン以下」。
ザガンが議事録の最初のページに書き込んだ一文を、ヴァルゼンは後で読んで頭を抱えることになる。
「──本日、弱さを知る王が、世界の頂に立つ」
待ってください、本当に僕でいいんですか。
その問いに答える者は、もういなかった。
全員が、とっくに「いい」と決めてしまっていたからだ。




