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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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虚淵が、反撃を始めた。

 虚淵が、反撃を始めた。


 再起動率50パーセントを超えた瞬間から、世界の魔力の流れに明確な「敵意」が混じり始めた。

 虚淵は単なる自然現象ではなかった。魔力循環の崩壊が生んだ「虚無」そのものであり、それは意思を持っていた──いや、意思と呼ぶべきかは議論が分かれるだろう。しかし少なくとも「自己保存」の傾向があった。世界が回復することは虚淵の消滅を意味する。だから虚淵は──抵抗する。


 ヴァルゼンの意識の中で、繋がっていた糸がぷつりと切れた。


 ──え。


 北東の要所と中央を結ぶ主幹線。さっき苦労して繋いだばかりの糸が、何の前触れもなく断線した。

 切れたのではない。食い破られた。虚淵の闇が糸に纏わりつき、黒い蛇のように接続部に絡みつき、内側から腐食させて破壊したのだ。繋いだ瞬間に狙い撃ちにされたような──意図的な攻撃。


 これまでの侵食とは質が違う。

 受動的な「劣化」ではなく、能動的な「破壊」だった。


 慌てて繋ぎ直そうとした瞬間──別の場所でも糸が切れた。


 南西の補助線。

 東の分岐点。


 二本同時に。


「……っ!」


 ヴァルゼンの意識が引き裂かれるような感覚があった。三箇所を同時に修復しなければならない。しかし一度に集中できる接続は一本が限界だ。二本を同時に支えることはできても、三本目に手を伸ばす余裕がない。


 北東を繋ぎ直している間に、南西がさらに侵食される。南西に意識を向ければ、東が完全に切断される。東を守れば北東が崩壊する。

 モグラ叩きだった。しかもモグラの方が圧倒的に速い。叩いた瞬間に別の穴から三匹出てくる。


 再起動率が下がり始めた。

 50パーセントを切り、49。48。

 数字が転がり落ちていく。さっきまで積み上げてきたものが、砂の城のように崩れていく。


 焦りが、ヴァルゼンの集中を乱した。


 糸を紡ぐ手が震える。感覚が鈍る。指先──意識の指先が、糸を掴み損ねる。するりと抜けていく。まるで水を手で掴もうとしているような徒労感。


 47パーセント。46パーセント。


 だめだ。

 このままでは──全部崩れる。

 50パーセントまで積み上げるのに、どれだけの時間と労力がかかったか。仲間たちがどれだけ血を流したか。それが全部、無駄になる。


 南の管制塔では、フェリクスがデータの急変に気づいていた。


「接続率が急落している。虚淵の干渉波が──これは意図的な攻撃だ」


 モノクルの表示が赤く点滅していた。ヴァルゼンが繋いだ糸が次々と切断されている。フェリクスの補助術式でも追いつかない速度だった。制御盤のデータが乱れ、術師たちが悲鳴に近い声で報告を上げている。


「北東の接続率ゼロ! 南西も急降下!」

「補助術式が虚淵の干渉波で相殺されています! 出力が足りません!」


 フェリクスの指が走る。補助術式のパラメータを書き換え、対抗パターンを組み直す。しかし虚淵の攻撃は一定のパターンを持たない。ランダムに──しかし確実に、最も脆い箇所を狙ってくる。


「魔王殿の表情が歪んでいる……」


 管制塔の遠見の術で核心を映している鏡に、ヴァルゼンの顔が見えた。

 目を閉じたまま、眉間に深い皺が刻まれている。唇が微かに震え、額の汗が顎を伝って落ちた。さっきまでの「微動だにしない」姿はもうない。明らかに苦しんでいる。


「魔王が苦しんでいる」


 フェリクスの声は硬かった。感情を排した──いや、排しきれていない声だった。


「敵は、想像以上に強大だ」


 その言葉は管制塔の術師たちに広がり、そこから伝令を通じて各要所に伝播した。


「魔王様が苦しんでいるぞ!」

「虚淵が反撃を始めたらしい!」

「なんとかしなければ──!」


 しかし「なんとかする」手段がなかった。虚淵の攻撃は魔力の流れの内部で起きている。物理的な武器は届かない。聖剣でも大剣でも戦斧でも──外側からでは触れることすらできない領域の戦いだった。


 核心で、ヴァルゼンは孤独に戦っていた。


 三つ目の要所の繋がりが切れた。

 繋いだばかりの南の補助線。フェリクスの術式で補強されていたはずの場所が、内側から食い破られた。ヴァルゼンが必死に手を伸ばす。意識の指が糸の端を掴もうとする。


 だが虚淵の闇がそれを弾いた。

 冷たい衝撃が意識を叩く。痛みではない。もっと根源的な──存在を拒絶される感覚。お前はここにいるべきではない、と闇が告げている。


 指が──届かない。


 四つ目。


 ぷつり、と音がした。

 音がしたわけではない。しかしヴァルゼンの意識の中では確かに「音」がした。何かが切れる、致命的な音。心臓の弦が一本切れたような──取り返しのつかない感覚。


 再起動率──42パーセント。

 下がり続けている。


 ヴァルゼンの手が震えた。

 外からも見える震えだった。固く握られた拳が、微かに──しかし確かに震えている。群衆が息を呑んだ。「魔王が──震えている?」


「……どうすれば」


 声にならない声が漏れた。

 集中が乱れている。焦りが恐怖を呼び、恐怖がさらに集中を乱す悪循環。頭の中が真っ白になりかけている。いつもの「死ぬ死ぬ死ぬ!」すら浮かばない。ただ──静かな絶望が、意識の底に沈殿していた。


 糸を繋いでは切られ、繋いでは食い破られる。

 再起動率は50パーセントの壁を超えられず、じりじりと後退していく。

 世界が──暗くなっていく。


 ヴァルゼンの意識の中で、光の糸が一本、また一本と闇に沈んでいった。


 怖い。

 これは──負けているのだ。


 目を閉じたまま、ヴァルゼンの唇が震えた。

 その震えすらも、外からは「魔王が怒りを堪えている」と解釈されていたが、真実は単純だった。


 怖くて、震えているだけだった。


 フェリクスが管制塔から、声にならない声を絞り出した。


「……持ちこたえてください、魔王殿。各要所の防衛を強化する手配は済んでいます。時間を稼ぎます」


 時間を稼ぐ。しかしどれだけの時間があれば足りるのか、フェリクスにも計算できなかった。虚淵の反撃は予測不能だった。データにない攻撃が、次々とヴァルゼンを襲っている。


 各要所では、兵士たちが歯を食いしばっていた。

 魔王が苦しんでいる。それは全員が感じ取っていた。しかし今、自分たちにできるのは──持ち場を守ることだけだった。


「防衛線を固めろ! 一歩たりとも退くな!」

「魔王様が戻ってくる時間を稼ぐんだ!」


 兵士たちの叫びが、各要所に響いていた。

 彼らの奮闘が──ヴァルゼンの作業環境を、ぎりぎりのところで維持していた。


 再起動率──40パーセント。

 壁が、目の前に立ちはだかっていた。

 しかし──仲間たちが、その壁を支えている。


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