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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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目を閉じたまま、ヴァルゼンは世界を見ていた。

 目を閉じたまま、ヴァルゼンは世界を見ていた。


 肉体の目ではない。魔力感知という、戦闘には一切役に立たない能力で。

 それは視覚とも聴覚とも違う、もっと原始的な感覚だった。暗闇の中に浮かぶ無数の光の糸──大地を走り、空を渡り、海の底を這う魔力の流れが、ヴァルゼンの意識の中に一本一本立ち上がってくる。


 壮大な光景だった。

 同時に、絶望的な光景だった。


 糸のほとんどが切れていた。

 虚淵に侵食され、枯れ果て、存在した痕跡すら消えかけている部分もある。かろうじて残っている糸も弱々しく明滅し、今にも途切れそうだった。まるで夜空に浮かぶ星が一つずつ消えていくような──ゆっくりとした、しかし確実な死の光景。


 これが世界の魔力循環の現状だった。

 先代魔王ゼルヴァスが一人で維持していた、世界を支える血管のようなもの。それが大戦の混乱と虚淵の侵食で、ぼろぼろに引き裂かれている。

 これを全部繋ぎ直す。


 正気の沙汰ではない。


 ヴァルゼンの内心で、いつものパニックが炸裂していた。

 無理だ。絶対に無理だ。僕の魔力量なんてゴブリン以下なのに、世界規模の魔力循環を繋ぎ直すなんて──火を熾す初級魔法すら三回に一回失敗する男に何をやらせるんだ。人選ミスだ。致命的な人選ミスだ。


 だが、ヴァルゼンの手は──意識の手は、すでに動いていた。


 一本目の糸。

 北の要所と中央を結ぶ主幹線。エルヴィンが守っている場所から伸びる光の筋が、途中で途切れている。断裂面は荒れていて、虚淵の侵食の痕が黒い染みのように残っていた。

 ヴァルゼンは意識を伸ばし、途切れた両端を掴んだ。


 紡ぐように。

 糸を紡ぐように、慎重に、繊細に。


 途切れた端と端を、自分の魔力感知を媒介にして接触させる。自分の力で繋ぐのではない──自分の魔力ではそんなことは到底不可能だ。途切れた線が自力で再接続できるよう、道筋を作ってやるのだ。端と端が「ここに相手がいるぞ」と認識できるように、感知の力で橋渡しをする。

 ヴァルゼンにできるのは、それだけだった。


 力で押し込むことはできない。魔力が足りない。

 だから──感じて、探して、導く。


 両端が触れ合った瞬間、微かな抵抗があった。長期間断裂していた回路が、再接続を拒んでいるのだ。錆びた管を無理に繋ごうとするような、硬い感触。

 ヴァルゼンは焦らなかった。焦る余裕がなかったとも言えるが、ここで力任せにやれば回路が壊れる。だから──待った。端と端が馴染むまで、意識で支え続けた。


 一本目が、ぷつりと音を立てて繋がった。


 微かな光が、北の要所から中央まで走った。ヴァルゼンの意識の中で、世界のほんの一部分が息を吹き返す。暗闘の中に一筋の光明が差し込んだように。


 できた。

 一本だけだが、できた。


 残りは──数えるのをやめた。数えたら心が折れる。百か二百か、もしかしたら千を超えるかもしれない断裂を、一つずつ直していかなければならない。


 二本目。東の要所。グリゼルダが守っている方角だ。

 こちらは途切れた箇所が三つもある。侵食が深い。一つ目を繋ぎ──これは比較的素直に応じてくれた。二つ目も繋ぎ──こちらは端が歪んでいて、位置合わせに神経を使った。三つ目に手を伸ばしたとき、一つ目がまた切れた。


 虚淵の侵食が、繋いだ先から食い破っていく。

 やっと繋いだばかりの回路に、黒い染みが纏わりつき、腐食させている。


「……っ」


 ヴァルゼンの表情が歪んだ。外から見れば、ほんの一瞬だけ眉が動いただけだった。丘の上の群衆は気づきもしなかっただろう。


 再び一つ目を繋ぎ直し、急いで三つ目に取りかかる。集中が途切れれば全部がやり直しだ。糸を紡ぐ手を止めるわけにはいかない。一つを繋ぎながら、他の二つが切れないよう意識の端で支え続ける。マルチタスクの極致。それを、魔力量ゴブリン以下の男がやっている。


 三本目。四本目。五本目。

 魔力の糸を一本ずつ、一本ずつ。

 地道な作業だった。派手さは欠片もない。剣を振るうわけでも、魔法を唱えるわけでもない。ただ──感じて、探して、導いて、繋ぐ。それを延々と繰り返す。


 外の世界では、壮絶な戦闘が続いていた。


 エルヴィンが聖剣で巨大な歪みの怪物を両断し、グリゼルダが大剣で防衛線を維持し、魔族と人間と精霊が入り乱れて戦っている。怒号と悲鳴が飛び交い、魔法の光が夜空を焦がす。

 その全てを、ヴァルゼンは魔力感知で「感じて」いた。


 北で剣が振るわれるたび、魔力が揺れる。

 東で盾が砕けるたび、魔力が震える。

 南で術式が稼働するたび、魔力が波打つ。


 戦場の全てが、ヴァルゼンの意識の中で同時に起きていた。

 一人一人の戦いが、魔力の波動となって伝わってくる。それは情報過多というレベルではなかった。世界中の痛みと叫びが、そのまま意識に注ぎ込まれているようなものだ。

 それを感じながら、糸を紡ぎ続ける。


 六本目。七本目。八本目。


 時間の感覚が消えた。

 どれほど経ったのか、わからない。ヴァルゼンの肉体は核心の魔法陣の上に立ったまま、一歩も動いていない。外から見れば、相変わらず「目を閉じて立っているだけ」だ。風が灰銀の髪を揺らし、ローブの裾がはためく。ただそれだけの、絵画のように静止した風景。


 しかしヴァルゼンの内側では──人生で最も激しい戦いが繰り広げられていた。


 十二本目を繋いだとき、全身が震え始めた。

 魔力感知の限界が近い。集中力が削られていく。こめかみの痛みが鋭さを増し、意識の端が霞む。


 もう無理かもしれない──


 その弱音が浮かんだ瞬間、北の要所から強い魔力の波動が伝わってきた。

 エルヴィンが聖剣を全力で振り抜いたのだ。歪みの怪物の群れを薙ぎ払い、一時的に前線を押し返した。聖剣の白金の輝きが、魔力の糸越しにヴァルゼンの意識を照らした。


 その衝撃が、魔力の糸を通じてヴァルゼンに届いた。


 まるで「まだやれるだろう」と言われたような気がした。エルヴィンの声は聞こえない。でも──あの男の真っ直ぐな意志が、魔力の波動に乗って伝わってくるのだ。


 ヴァルゼンは唇を噛んだ。

 噛んだ、という自覚すらなかった。ただ意識を振り絞り、十三本目の糸に手を伸ばした。


 十五本目。二十本目。

 繋いだ糸が安定し始める。一度繋がった糸同士が互いを補強し合い、次の接続を容易にしていく。雪だるま式とまではいかないが、序盤の苦しさに比べれば──ほんの少しだけ、楽になった。


 再起動率──10パーセント。


 世界のほんの片隅で、枯れていた草原に微かな緑が戻った。

 大陸の北東部、小さな村の外れに広がる荒れ地。そこに──一本の草が芽吹いた。

 誰も気づかないほどの、小さな変化。

 だがヴァルゼンには感じられた。魔力の流れが通ったその場所に、生命が息を吹き返した。


 世界が、応えてくれている。


 残りは90パーセント。

 途方もない道のりだった。


 それでもヴァルゼンは、糸を紡ぎ続けた。

 目を閉じたまま。一歩も動かず。内心で悲鳴を上げながら。

 外からは何もしていないように見える──最弱の魔王の、最も激しい戦い。


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