表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
307/324

作戦開始は、明朝の予定だった。

 作戦開始は、明朝の予定だった。


 フェリクスが算出した最適なタイミングは、日の出と同時——魔力の流れが最も安定する瞬間だった。各要所の部隊は夜のうちに最終準備を完了し、明朝に備える。それが計画だった。余裕を持たせた計画だった。念入りに計算された計画だった。


 だが、虚淵は計画を待ってはくれなかった。


「侵食速度が加速しています!」


 フェリクスの声が通信の魔術を通じて各要所に響いた。声にいつもの冷静さがない。いつもは淡々と分析結果を述べる男が、明らかに焦っている。手帳のページをめくる音が、通信越しに聞こえる。


「予測の二倍のペースです。このままでは——明朝まで持たない可能性がある。南東の第八要所付近の大地が急速に消失しています。あと六時間でその要所が虚淵に呑まれる」


 ヴァルゼンの胃が縮み上がった。六時間。つまり猶予はほとんどない。一つの要所が失われれば、八箇所の同時接続は不可能になる。回路図に穴が開くのだ。


「持たないって——じゃあ、今すぐ始めないと——」


「その通りです。しかし計画より十二時間も早い。各要所の準備が間に合っていない可能性が——」


 通信が入った。


 最初は東の要所から。人間の将軍の声だった。


「こちら東方第一要所。準備完了。いつでもいける」


 ヴァルゼンが目を丸くした。


「え? もう準備——」


 西の要所から。魔族の指揮官の低い声。


「西方、準備完了だ。予定より早く終わった。我らは魔王殿の号令を待つのみ」


 南の要所から。精霊の守護者の静かな声。


「精霊たちは自然の流れに従って動く。……準備は、とうに整っている。風がそう告げた」


 北東の要所から。ベリオスの低い声が響いた。いつもの不機嫌そうな声だが、そこに揺るぎない覚悟が滲んでいた。


「北東、準備完了。遅いぞ、偽魔王。俺たちはとっくに待っていた」


 次々と通信が入る。八箇所すべての要所から。


「第三要所、準備完了」


「第五要所、完了しております」


「第六要所、万全です」


「待ってたぞ、魔王」


「第九要所、準備完了。陛下のお言葉をお待ちしております」


「こちら第十一要所。いつでもどうぞ」


「第十二要所も完了です。信じてます、魔王様」


 ヴァルゼンは呆然としていた。


「全部……? 全部の要所が、もう準備完了してるんですか?」


 フェリクスがモノクルの奥で目を瞠った。手帳を落としかけ、慌てて拾い上げた。


「……信じられない。計画より十二時間も早い。各要所が自主的に準備を前倒ししていたということですか。私の計画を無視して——いや、私の計画を超えて」


 ザガンが静かに微笑んだ。尾の先が穏やかに揺れている。


「おそらく、各要所の指揮官が独自に判断したのでしょう。虚淵の加速を肌で感じ、計画通りでは間に合わないと。各自が自分の持ち場で最善を尽くし、そして——陛下がいつ命令を出してもいいように、準備を整えていた」


「僕は命令なんか出してませんが……」


「ええ。だからこそです。命令がなくとも動く。それは上から縛られたからではない——陛下への信頼です。この方のために最善を尽くそう、この方に恥じない仕事をしよう、と各自が自発的に思った。それが結果として、全要所の準備完了に繋がった」


 フェリクスが手帳に書き込みながら、唸った。


「魔王殿が事前に密命を出していたに違いない。各要所に個別の指示を、私に知られないように——」


「出してません」


「……出していない? ということは、各要所の指揮官が全員、独立して同じ判断をした? 人間も魔族も精霊も、全員が? そんなことが——統計学的にありえない」


「ありえます」ザガンが穏やかに言った。「この陛下の下では。四百七十年の経験をもって申し上げますが——これは陛下の人望がなした奇跡です。命令を待つのではなく、自ら考え、自ら動く。それは強制で生まれる行動ではありません。信頼から生まれる行動です」


 フェリクスは何か言おうとして、口を閉じた。そして手帳に「分析不能」と書き込み、その下に小さく「しかし、事実である」と付け加えた。さらにしばらく考えた後、もう一行付け足した。「これが、人望というものか」。


 分析者がついに分析を諦めた瞬間だった。理屈で説明できないことが世界にはある。フェリクスは三十二年の人生で、初めてそれを認めた。


 各要所から「準備完了」の報告が揃った。


 八箇所すべて。


 ヴァルゼンが知らない間に、各勢力が自発的に動いていたのだ。


 命令ではない。恐怖でもない。信頼が、世界を動かしていた。


 通信の向こうで、各要所の兵士たちの声が聞こえた。「魔王様、待ってますよ」「俺たちは準備万端だ」「いつでもいけるぞ」。一つ一つは小さな声だったが、八箇所から同時に届くそれは、一つの大きなうねりになっていた。


 ヴァルゼンは深呼吸した。


 まだ怖かった。まだ手は震えていた。


 でも——世界中の人々が、自分を信じて動いてくれている。


 その事実が、震える心を支えていた。


「……行けます」


 小さな声だった。


 だが、その声は通信の魔術を通じて、八つの要所すべてに届いた。


 世界が——動き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ