作戦会議は二日目に入った。
作戦会議は二日目に入った。
分散型の構造が決まった以上、次は各メンバーの具体的な役割だった。
フェリクスが広げた世界地図の上に、魔力の要所を示す光点が浮かんでいた。全部で八箇所。世界の東西南北に散らばるそれらを同時に起動し、ヴァルゼンを通じて接続する。それが作戦の全容だった。光点は地図の上で青白く脈打ち、まるで世界そのものの心臓の鼓動のようだった。
「役割を確定させましょう」
フェリクスが全員を見渡した。モノクルの奥の瞳が、研ぎ澄まされた光を帯びている。
「まず前線。虚淵の侵食体が作戦を妨害しに来る可能性が高い。各要所が起動する間、侵食体を食い止める前線指揮が必要です」
「俺だ」
エルヴィンが真っ先に手を挙げた。聖剣の柄に手をかけ、不敵な笑みを浮かべている。金髪が燭台の光に輝き、碧い瞳に闘志が宿っていた。
「前線指揮は俺が引き受ける。虚淵の化物がどれだけ来ようと、ヴァルゼンに指一本触れさせはしない。聖剣にかけて誓う」
グリゼルダが頷いた。銀髪が揺れ、大剣の柄を握る手に力が入った。
「防衛線の統制は私が担う。エルヴィンが前に出る分、側面と後方は私が守る。隙は作らせない。一匹たりとも通さん」
「術式管理は僕の担当ですね」
フェリクスがモノクルの位置を直した。薄い笑みがいつもより少しだけ力強い。
「全要所の起動タイミングと魔力量の調整。八箇所を同時に管理し、一秒の狂いも許されない精密作業ですが——まあ、得意分野です。むしろ腕が鳴る」
ミラベルが静かに手を挙げた。小さな手だったが、迷いはなかった。
「全軍の回復は私が引き受けます。各要所に治癒の中継点を設けて、どこの部隊が傷ついてもすぐに対応できるようにします。治癒師団の皆さんにも協力を仰ぎます」
「魔族部隊の統率は、この老骨にお任せを」
ザガンが軽く頭を下げた。琥珀の瞳が穏やかに光っている。
「魔族の長老方との連携は私が担います。四百年の貸し借りがございますので——少々の無理は通せるかと。若い者たちの手綱も、年寄りの役目です」
セラフィオンが最後に口を開いた。半透明の翼が微かに明滅し、金色の瞳の幾何学紋様がゆっくりと回転した。
「神々の力を、この作戦に提供する。上位神群からの承認は得ている。再起動に必要な始原の魔力を、我が身を通じて注ぐ」
六人の役割が確定した。
前線指揮——エルヴィン。防衛線統制——グリゼルダ。術式管理——フェリクス。全軍回復——ミラベル。魔族統率——ザガン。神の力——セラフィオン。
そして——
「残るは核心ですね」
フェリクスがヴァルゼンを見た。
「全要所の魔力を一人で接続するハブの役割。八箇所の要所から流れ込む魔力を、あなたの身体を通じて一つに繋ぎ、循環を再起動させる。これが——作戦の核心です。最も重要で、最も代替の利かない役割」
ヴァルゼンは小さく頷いた。自分がやるしかないということは、理解していた。理解はしていたが——
「……僕の役割、一番地味ですね。みんなが戦ってる間、僕は目を閉じて立ってるだけで」
一瞬の沈黙。
そして、全員が口を揃えた。
「「「それが一番重要だ」」」
ヴァルゼンが目を丸くした。声の見事な一致に、思わず一歩後ずさった。
「え? でも、僕は戦わないし、術式も組まないし、治癒もできないし——やることは『繋ぐ』だけで——」
「だからこそだ」エルヴィンが一歩前に出た。碧い瞳が真っ直ぐにヴァルゼンを捉えている。「俺たちが全力で戦える理由は、核心にお前がいるからだ。お前が繋いでくれるから、俺たちはそれぞれの持ち場で力を尽くせる」
「ヴァルゼン様」グリゼルダが姿勢を正した。刀傷の走る頬に、真剣な表情が浮かんでいる。「あなたが倒れたら、全てが崩れる。つまりあなたは——この作戦で最も守られるべき存在であり、最も重要な存在です」
「そうです、魔王殿」フェリクスが目を光らせた。モノクルが分析者の興奮に曇りかけている。「最も危険で最も重要な核心を、一人で担う覚悟。それを『地味』と称する謙虚さ——実にあなたらしい」
(いや、本当に地味だと思ったんだけど。みんなが戦ってる間、僕は目を閉じて立ってるだけでしょ? 外から見たら何もしてないように見えるでしょ?)
ミラベルが微笑んだ。翡翠色の瞳が少し潤んでいた。いつものことだったが、今日の涙には特別な光が宿っていた。
「ヴァルゼン様は、いつもそうです。ご自分の役割を過小評価される。でも——私たちはみんな知っています。あなたがいなければ、私たちは一つになれないんです」
ザガンが深く頷いた。尾の先が、ゆっくりと揺れた。
「陛下。あなたは『繋ぐ』お方です。それは戦うことよりも、癒すことよりも、分析することよりも——遥かに稀有な才能です。四百七十年生きて、そのことを知りました」
セラフィオンの金色の瞳が、ヴァルゼンを見据えた。幾何学紋様が静かに回転している。
「器の大きさではない。どれだけ多くの力を繋げるかだ。汝はそれに最も適している」
ヴァルゼンは言葉を失っていた。
全員が、自分の役割を「最も重要だ」と言ってくれている。
それが誤解なのかどうか、今のヴァルゼンにはわからなかった。
エルヴィンがヴァルゼンの肩に手を置いた。今度は加減が効いていた。温かく、しかし力強い手だった。
「お前の後ろは俺が守る。前に出るな。お前は——世界を繋げ」
その言葉の重みが、ヴァルゼンの胸に沈んでいった。
「……わかりました」
小さな声だった。だが、確かな頷きだった。
自分にしかできないこと。それが何なのか、まだ完全には理解できていない。でも——やるしかないのだ。この仲間たちのために。




